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傾く方へ。
お別れ。
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伸し掛る華奢な身体。
静かに上下する背中。
それはいつの間にか寝息をたてていた。
泣き止んだ途端、今度は眠ってしまった様だ。
私はそれを撫で擦りながら不思議な気持ちになっていた。
やれやれと呆れつつ、凛さんを抱えたままベッドに仰向けに寝転ぶ。
今この胸に抱いている生き物を、私は可哀想で可愛いと感じている。
凛さんを抱き締め、その頭に顎を乗せながら思う。
この人もきっと何かに呪われているんだ。
言動の矛盾。
振り回された怒り。
今でも受け入れ難い気持ちが完全に払拭される事はないけれど。
結果として私はやっぱり凛さんを嫌いにはなれないみたいだ。
だからと言って受け入れられそうもない。
もう離れるしかないのだと思う。
凛さんとも。
木内さんとも…。
木内さんの気持ちが私にあるのだと凛さんは思っているらしかった。
だったら身を引いてくれよ。
アンタが今傷付いているのは自業自得なのだから。とも思う。
だけどそう言えなかった。
木内さんがお兄さんの呪いから凛さんを手放せない様に、凛さんもまた何かの呪いで人を試さずにはいられないのだろう。
そして彼女がその生き方を続けていくには木内さんという存在が必要不可欠なんだ。
私はどうだろう?
こんな子供の様に取り乱す凛さんから木内さんを取り上げたとして、果たして手放しで幸せになれるのだろうか?
凛さんと引き離された木内さんは、その後でスッキリ凛さんを忘れ私を愛してくれるのだろうか?
残念だけれど、それは有り得ない。
本当に凛さんの言う通り、今木内さんの気持ちが私に傾いているのだとしても、きっと上手くはいかない。
私の心臓の音を感じながら眠り続ける凛さんの頭を撫でる。
可哀想に…。
涙が頬を伝った。
それが意味するのは凛さんが憐れでなのか。
それとも木内さんと離れる事を決意したからなのかは自分でも分からなかった。
夥しい数の書類を前に溜息が漏れる。
年に数回使うか使わないかの印鑑。
「一生分押した気がする…。」
異動願い、社員登録、転居届、退館届、社員研修参加願い、新居の契約書類、退去届、交通費申請書、入館届け、入館研修申し込み書…。
会社と退館するビルとこれから入館するビル。
そして今の住まいを引き払う手続きと新居の契約。
心機一転、ちゃんとした大人になろうとするとこれだけやる事があるのか…。
私は結局、土壇場になって丸山マネージャーの話を受ける事にした。
色んなタイミングが全て揃っているんだ。
今しかないと思った。
未来のない関係の木内さんと会う為に隣人と揉めているマンションに住み続け、凛さんが心に引っかかったまま、社員の話を蹴って今の状態を続ける?
こんな馬鹿な話なんてないだろう。
ちょっと冷静になったら直ぐに心が決まった。
ギリギリまで返事を伸ばしていたせいで、決まった瞬間異動日が告げられた。
今週末が今の店舗最後の出勤となる。
来週には引越し、新店舗がオープンするまでは本社で研修と出店準備をする事になった。
後は木内さんにハッキリお別れを言おう。
付き合っている訳でもないし、お互いに好意を口にした事もないんだ。
あっさり受け入れられるかもしれない。
それはそれでかなり寂しいけれど、引き留められるのもまた辛い。
だからお別れだけしたら異動も引越しも黙っていなくなろうと思っている。
異動を決めてからのここ数日は理由を付けては木内さんと会う事を避けていた。
お誘いは毎日来ている。
あまり引っ張るのも良くない。
今日蹴りを着けよう。
だけど荷造りの形跡で引越しがバレてしまうから自宅では会えない。
お別れするのにホテルって訳にもいかなし…。
『話があるので家に行って良いですか?』
『話したらすぐに帰ります。』
そうメッセージした。
静かに上下する背中。
それはいつの間にか寝息をたてていた。
泣き止んだ途端、今度は眠ってしまった様だ。
私はそれを撫で擦りながら不思議な気持ちになっていた。
やれやれと呆れつつ、凛さんを抱えたままベッドに仰向けに寝転ぶ。
今この胸に抱いている生き物を、私は可哀想で可愛いと感じている。
凛さんを抱き締め、その頭に顎を乗せながら思う。
この人もきっと何かに呪われているんだ。
言動の矛盾。
振り回された怒り。
今でも受け入れ難い気持ちが完全に払拭される事はないけれど。
結果として私はやっぱり凛さんを嫌いにはなれないみたいだ。
だからと言って受け入れられそうもない。
もう離れるしかないのだと思う。
凛さんとも。
木内さんとも…。
木内さんの気持ちが私にあるのだと凛さんは思っているらしかった。
だったら身を引いてくれよ。
アンタが今傷付いているのは自業自得なのだから。とも思う。
だけどそう言えなかった。
木内さんがお兄さんの呪いから凛さんを手放せない様に、凛さんもまた何かの呪いで人を試さずにはいられないのだろう。
そして彼女がその生き方を続けていくには木内さんという存在が必要不可欠なんだ。
私はどうだろう?
こんな子供の様に取り乱す凛さんから木内さんを取り上げたとして、果たして手放しで幸せになれるのだろうか?
凛さんと引き離された木内さんは、その後でスッキリ凛さんを忘れ私を愛してくれるのだろうか?
残念だけれど、それは有り得ない。
本当に凛さんの言う通り、今木内さんの気持ちが私に傾いているのだとしても、きっと上手くはいかない。
私の心臓の音を感じながら眠り続ける凛さんの頭を撫でる。
可哀想に…。
涙が頬を伝った。
それが意味するのは凛さんが憐れでなのか。
それとも木内さんと離れる事を決意したからなのかは自分でも分からなかった。
夥しい数の書類を前に溜息が漏れる。
年に数回使うか使わないかの印鑑。
「一生分押した気がする…。」
異動願い、社員登録、転居届、退館届、社員研修参加願い、新居の契約書類、退去届、交通費申請書、入館届け、入館研修申し込み書…。
会社と退館するビルとこれから入館するビル。
そして今の住まいを引き払う手続きと新居の契約。
心機一転、ちゃんとした大人になろうとするとこれだけやる事があるのか…。
私は結局、土壇場になって丸山マネージャーの話を受ける事にした。
色んなタイミングが全て揃っているんだ。
今しかないと思った。
未来のない関係の木内さんと会う為に隣人と揉めているマンションに住み続け、凛さんが心に引っかかったまま、社員の話を蹴って今の状態を続ける?
こんな馬鹿な話なんてないだろう。
ちょっと冷静になったら直ぐに心が決まった。
ギリギリまで返事を伸ばしていたせいで、決まった瞬間異動日が告げられた。
今週末が今の店舗最後の出勤となる。
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後は木内さんにハッキリお別れを言おう。
付き合っている訳でもないし、お互いに好意を口にした事もないんだ。
あっさり受け入れられるかもしれない。
それはそれでかなり寂しいけれど、引き留められるのもまた辛い。
だからお別れだけしたら異動も引越しも黙っていなくなろうと思っている。
異動を決めてからのここ数日は理由を付けては木内さんと会う事を避けていた。
お誘いは毎日来ている。
あまり引っ張るのも良くない。
今日蹴りを着けよう。
だけど荷造りの形跡で引越しがバレてしまうから自宅では会えない。
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そうメッセージした。
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