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傾く方へ。
嫌いになりたい。
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壱哉はどうしてこんな事をしたのだろう。
気安くチャラい雰囲気はあっても、本当の彼は慎重で臆病で。
こんな強行的な行動に出る事なんて今までなかった。
本来の壱哉はこう言う人間ではない。
それに別れるつもりの男を部屋に入れてしまったこちらにも落ち度はある。
落ち着いてきた私は鼻を啜りながら身体を起こす。
そして依然仰向けに倒れている壱哉に向かい訊ねた。
「ねぇ、どうして?」
覆っていた両手を離し、顔をこちらへ向ける壱哉。
その目は赤かった。
少し泣いていたのかもしれない。
それを見据え再度問い掛ける。
「どうしてこんな事したの?」
「凛子ちゃんが…」
「…うん。」
「ユリが俺を待ってるって言ってた…。」
「…え?」
意味が分からなかった。
慌てて凛さんが靴を買いに来た日の会話を思い起こす。
私、壱哉を待ってるなんて言ったっけ?
いや、言うわけがない。
私はあの時嘘は吐かないって決めて、正直に思っている事を話したんだから。
そして既にその時待っているだけの気持ちが壱哉に対して残っていなかった。
じゃあ、凛さんが嘘を吐いて壱哉をけしかけたって事?
突然沸いた凛さんへの不信感。
黙り込んだ私の変化には気付かず、壱哉は続ける。
「凛子ちゃんと居てやっぱ違うなってなって。やっぱ止めようって言ったら泣いちゃって。そんで木内とユリが会ってるって言い出して…。」
凛さんが泣いた?
にわかには信じがたいけれど、壱哉が全くの嘘を吐いているとも思えない。
私の知らない凛さんが確実に存在している。
「『私が岡田くんを好きになっちゃったから、みーは当て付けでユリに手を出してる』って泣きながら言うんだ。そんでユリは巻き込まれただけだから責めないでって。悪いのは自分と木内だからって…。俺その時初めて凛子ちゃんに彼氏が居るって知って…。」
ちょっと待って。
こんな事思いたくないけれど、確信してしまいそうになる。
凛さんが私と木内さんを引き離す為に壱哉をけしかけたって事?
「ユリはまだ俺の事好きで待ってるから、凛子ちゃんの事は気にしないで木内からユリを取り戻して二人で幸せになって欲しいって…。」
疑惑が核心へ変わっていく。
凛さんはクソだ。
そして汚くて弱くて醜い。
私の憧れていた凛さん像は全て幻だった。
木内さんも壱哉も私も大概自分勝手だけれど、それでもそれぞれが凛さんに対して誠実でいようと頑張っていた時があった。
だけど凛さんはどうだろう。
終始平気で嘘を吐いて周囲を振り回し傷付ける。
こんな必死に取り戻そうとするくらいなら、最初から木内さんだけ見ていれば良かったのに。
イタズラに壱哉にちょっかいを掛けたのは凛さんではないか。
全てが凛さんから始まっているのに…。
「ユリは今いじけてて素直になれないと思うけど早く戻ってきて抱きしめて欲しいって思ってるって凛子ちゃんが…。」
「ねぇ…、それ信じたの?」
自分でも驚く程冷めた声が出た。
壱哉がここまで馬鹿だったとは…。
何でもかんでも鵜呑みにし、自分では考えもせずに行動に起こすなんて。
軽率さに呆れ果てて冷えきる。
壱哉はハッと息を呑み上体を起こした。
そしてそろそろと畏まった様に正座し私の正面で項垂れ呟く。
「信じ…た…。」
「はー…。壱哉ホントに馬鹿だね。凛さんは壱哉の事少しも好きじゃないよ。」
「え…?」
同情してしまう。
魅力的だと思っていた女に言い寄られ付き合っていた彼女と別れ様としたのに、その彼女に別れの延長を持ち掛けられて。
女とダメになったから彼女に戻ろうとしたら、今度は延長を持ち掛けていた筈の彼女はもう既に自分を好きじゃなかった。
自業自得ではあるもののその現状だけでも可哀想なのに、そもそも女は自分を好きでもないのにイタズラにちょっかいをかけていただけだったなんて。
宛が外れ過ぎていて酷く哀れだ。
「凛さんは最初からずっと木内さんしか好きじゃないよ。…なんで壱哉に近付いたのかは分からないけど。壱哉みたいな男他にもいるみたいだし。」
「…は?」
「壱哉はあのカップルの痴話喧嘩に巻き込まれたんだよ。」
「はーっ…なん、何だよ…それ。」
何処に向ければ良いのか分からない苛立ちを感じているのだろう。
「じゃあ、俺とユリは別れる必要なかったじゃねぇか。」
「それはどうかな…。」
同情はしている。
もう壱哉に対する怒りもない。
だけど。
「凛さんがちょっかい掛けてくる前から壱哉は凛さんに惹かれてたじゃん。壱哉は彼女がいてもそういう風になる人なんだよ。今回別れていなくても私と壱哉はいずれこうなってた。」
凛さんとの事は切っ掛けではあるけれど、全てが彼女のせいではない。
壱哉は黙り込んだ。
「私だってちゃんと別れる前に木内さんに本気になっちゃったし、壱哉を責められないから。」
今は本心からお互い様だと思っている。
「だからこそ、もう本当に別れたい。私達このままじゃダメなんだよ。」
言うべき事は言い切った。
後は壱哉に伝わったかどうかだけ。
反応を待って黙っていると、俯いていた壱哉が顔を上げて私を見てきた。
丸く大きな目を充血させて、捨てられた子犬の様に瞳だけで縋ってくる。
それでもダメなものはダメだ。
私は強い意志を持ってジッと見返す。
暫しそのまま見詰め合っていると「分かった…。」と壱哉は呟いた。
そしてベッドから立ち上がりテーブルに置いてあったブランドのショップバッグを手に取る。
「もう本当にダメなんだよな?」
「うん。」
「そうか…。じゃあ、これ…。」
目の前に差し出されるショップバッグ。
「誕生日おめでとう。」
「え…、いや、嬉しいけど…受け取れないでしょ…。」
躊躇う私を、壱哉は困った笑顔で諭す。
「ゴメンな。こんな誕生日にしちゃって。これ、調子こいて奮発しちゃったけど指輪とかじゃないし…。あんま重く思わないで受け取って欲しい。お詫びとしてで良いから。」
私もベッドを降り向かい合う。
「…わかった。ありがとう。」
手を伸ばしショップバッグを受け取る事にした。
今度は自然な笑顔の壱哉。
「フリマアプリで売るなよ?」
「あはっ。そこまで鬼じゃないよ。」
「ははっ。…はー。」
少しの間が空く。
それを振り切る様に壱哉がまた笑う。
「はは。んじゃ、帰るな。」
「うん。」
最後は私も笑顔で返した。
玄関に向かう背中を見送る。
恋人とお別れをする時はいつも、別れたくて別れる筈なのに、ほんの少し寂しさを感じてしまうから不思議だ。
納得いかない事や不満の沢山あるお付き合いだったけれど、最終的には私の話を聞いて理解してくれた。
今私は壱哉に対して負の感情は全く抱いていない。
スッキリした気持ちで一人の人間として尊重出来る。
だからこそ今私の胸にドロドロと渦巻くモノは100%凛さんに対して向かっていた。
凛さんの目的が分からない。
何を考えているのかも分からない。
けれど確かな事は、周囲が傷付くと分かっていて嘘を吐く様な人だって事だ。
凛さんに怒りが湧く。
私は凛さんを嫌いになれるだろうか?
本人を目の前にするとやっぱり出来ないかもしれないけれど…。
初めて本気で嫌いになりたいと思った。
気安くチャラい雰囲気はあっても、本当の彼は慎重で臆病で。
こんな強行的な行動に出る事なんて今までなかった。
本来の壱哉はこう言う人間ではない。
それに別れるつもりの男を部屋に入れてしまったこちらにも落ち度はある。
落ち着いてきた私は鼻を啜りながら身体を起こす。
そして依然仰向けに倒れている壱哉に向かい訊ねた。
「ねぇ、どうして?」
覆っていた両手を離し、顔をこちらへ向ける壱哉。
その目は赤かった。
少し泣いていたのかもしれない。
それを見据え再度問い掛ける。
「どうしてこんな事したの?」
「凛子ちゃんが…」
「…うん。」
「ユリが俺を待ってるって言ってた…。」
「…え?」
意味が分からなかった。
慌てて凛さんが靴を買いに来た日の会話を思い起こす。
私、壱哉を待ってるなんて言ったっけ?
いや、言うわけがない。
私はあの時嘘は吐かないって決めて、正直に思っている事を話したんだから。
そして既にその時待っているだけの気持ちが壱哉に対して残っていなかった。
じゃあ、凛さんが嘘を吐いて壱哉をけしかけたって事?
突然沸いた凛さんへの不信感。
黙り込んだ私の変化には気付かず、壱哉は続ける。
「凛子ちゃんと居てやっぱ違うなってなって。やっぱ止めようって言ったら泣いちゃって。そんで木内とユリが会ってるって言い出して…。」
凛さんが泣いた?
にわかには信じがたいけれど、壱哉が全くの嘘を吐いているとも思えない。
私の知らない凛さんが確実に存在している。
「『私が岡田くんを好きになっちゃったから、みーは当て付けでユリに手を出してる』って泣きながら言うんだ。そんでユリは巻き込まれただけだから責めないでって。悪いのは自分と木内だからって…。俺その時初めて凛子ちゃんに彼氏が居るって知って…。」
ちょっと待って。
こんな事思いたくないけれど、確信してしまいそうになる。
凛さんが私と木内さんを引き離す為に壱哉をけしかけたって事?
「ユリはまだ俺の事好きで待ってるから、凛子ちゃんの事は気にしないで木内からユリを取り戻して二人で幸せになって欲しいって…。」
疑惑が核心へ変わっていく。
凛さんはクソだ。
そして汚くて弱くて醜い。
私の憧れていた凛さん像は全て幻だった。
木内さんも壱哉も私も大概自分勝手だけれど、それでもそれぞれが凛さんに対して誠実でいようと頑張っていた時があった。
だけど凛さんはどうだろう。
終始平気で嘘を吐いて周囲を振り回し傷付ける。
こんな必死に取り戻そうとするくらいなら、最初から木内さんだけ見ていれば良かったのに。
イタズラに壱哉にちょっかいを掛けたのは凛さんではないか。
全てが凛さんから始まっているのに…。
「ユリは今いじけてて素直になれないと思うけど早く戻ってきて抱きしめて欲しいって思ってるって凛子ちゃんが…。」
「ねぇ…、それ信じたの?」
自分でも驚く程冷めた声が出た。
壱哉がここまで馬鹿だったとは…。
何でもかんでも鵜呑みにし、自分では考えもせずに行動に起こすなんて。
軽率さに呆れ果てて冷えきる。
壱哉はハッと息を呑み上体を起こした。
そしてそろそろと畏まった様に正座し私の正面で項垂れ呟く。
「信じ…た…。」
「はー…。壱哉ホントに馬鹿だね。凛さんは壱哉の事少しも好きじゃないよ。」
「え…?」
同情してしまう。
魅力的だと思っていた女に言い寄られ付き合っていた彼女と別れ様としたのに、その彼女に別れの延長を持ち掛けられて。
女とダメになったから彼女に戻ろうとしたら、今度は延長を持ち掛けていた筈の彼女はもう既に自分を好きじゃなかった。
自業自得ではあるもののその現状だけでも可哀想なのに、そもそも女は自分を好きでもないのにイタズラにちょっかいをかけていただけだったなんて。
宛が外れ過ぎていて酷く哀れだ。
「凛さんは最初からずっと木内さんしか好きじゃないよ。…なんで壱哉に近付いたのかは分からないけど。壱哉みたいな男他にもいるみたいだし。」
「…は?」
「壱哉はあのカップルの痴話喧嘩に巻き込まれたんだよ。」
「はーっ…なん、何だよ…それ。」
何処に向ければ良いのか分からない苛立ちを感じているのだろう。
「じゃあ、俺とユリは別れる必要なかったじゃねぇか。」
「それはどうかな…。」
同情はしている。
もう壱哉に対する怒りもない。
だけど。
「凛さんがちょっかい掛けてくる前から壱哉は凛さんに惹かれてたじゃん。壱哉は彼女がいてもそういう風になる人なんだよ。今回別れていなくても私と壱哉はいずれこうなってた。」
凛さんとの事は切っ掛けではあるけれど、全てが彼女のせいではない。
壱哉は黙り込んだ。
「私だってちゃんと別れる前に木内さんに本気になっちゃったし、壱哉を責められないから。」
今は本心からお互い様だと思っている。
「だからこそ、もう本当に別れたい。私達このままじゃダメなんだよ。」
言うべき事は言い切った。
後は壱哉に伝わったかどうかだけ。
反応を待って黙っていると、俯いていた壱哉が顔を上げて私を見てきた。
丸く大きな目を充血させて、捨てられた子犬の様に瞳だけで縋ってくる。
それでもダメなものはダメだ。
私は強い意志を持ってジッと見返す。
暫しそのまま見詰め合っていると「分かった…。」と壱哉は呟いた。
そしてベッドから立ち上がりテーブルに置いてあったブランドのショップバッグを手に取る。
「もう本当にダメなんだよな?」
「うん。」
「そうか…。じゃあ、これ…。」
目の前に差し出されるショップバッグ。
「誕生日おめでとう。」
「え…、いや、嬉しいけど…受け取れないでしょ…。」
躊躇う私を、壱哉は困った笑顔で諭す。
「ゴメンな。こんな誕生日にしちゃって。これ、調子こいて奮発しちゃったけど指輪とかじゃないし…。あんま重く思わないで受け取って欲しい。お詫びとしてで良いから。」
私もベッドを降り向かい合う。
「…わかった。ありがとう。」
手を伸ばしショップバッグを受け取る事にした。
今度は自然な笑顔の壱哉。
「フリマアプリで売るなよ?」
「あはっ。そこまで鬼じゃないよ。」
「ははっ。…はー。」
少しの間が空く。
それを振り切る様に壱哉がまた笑う。
「はは。んじゃ、帰るな。」
「うん。」
最後は私も笑顔で返した。
玄関に向かう背中を見送る。
恋人とお別れをする時はいつも、別れたくて別れる筈なのに、ほんの少し寂しさを感じてしまうから不思議だ。
納得いかない事や不満の沢山あるお付き合いだったけれど、最終的には私の話を聞いて理解してくれた。
今私は壱哉に対して負の感情は全く抱いていない。
スッキリした気持ちで一人の人間として尊重出来る。
だからこそ今私の胸にドロドロと渦巻くモノは100%凛さんに対して向かっていた。
凛さんの目的が分からない。
何を考えているのかも分からない。
けれど確かな事は、周囲が傷付くと分かっていて嘘を吐く様な人だって事だ。
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私は凛さんを嫌いになれるだろうか?
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