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傾く方へ。
働かない頭。
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キッチンで味噌汁と野菜炒めを作っていると木内さんが帰ってきた。
時計を見ると22時過ぎ。
「ただいまー。うお、美味そうな匂い。」
「おかえりなさい。」
木内さんは作業台に背負っていたリュックの中身を出すと、今度はソファー部屋とは反対側にある洋服部屋へ向かった。
一緒に住んで分かった事がある。
木内さんは帰ってきてすぐ部屋着に着替える派な事とか、取り敢えず作業台に何でも乗せる事。
ソファーの部屋は寛ぐ為の物しか置いていなくて、洋服の部屋は押し入れ以外にもハンガーラックや後付けのクローゼット等が壁が見えない程みっちり並んでいる。
空のリュックを片手に洋服部屋に消えた木内さんが、数分後上下スウェットスタイルでリビングに出てきた。
手には先程まで着ていた服を持ち、ダイニングテーブルに夕飯を並べている私に軽く微笑みながら今度は洗面所の方へ消えて行く。
洗濯物を出して手を洗っているのだろう。
全く自炊しないとか、生活感があるんだかないんだか分からないインテリアに初めは驚いたけれど、一緒に生活してみれば家主もこの家も住み良くて落ち着いてしまった。
いつか終わりの来るこの生活に名残惜しさを感じている。
「君も仕事だったのに…。俺の分までいつも悪いね。」
身支度を終えた木内さんがダイニングターブルに着いた。
「いえいえ。ただで住まわせてもらってますし、私は早番で上がれる日も木内さんより多いので…。大した物も作れませんし、これくらいは全然です。」
「いや、ホント助かってるよ。ありがとうな。」
私も向かいの席に着く。
向かい合ってまた同時に「いただきます」を言った瞬間。
コンコンッ
予期しないノックの音に二人で顔を見合わせる。
「誰でしょう?」
「いや、分からん…。」
コンコンッ
また聞こえた。
確実に誰か訪ねてきている。
木内さんは立ち上がり玄関へ向かった。
私も立ち上がりロールカーテンの隙間から彼を見守る。
木内さんはスコープを見るためにドアに張り付くと、「え…。」と呟きそのまま固まってしまった。
「…凛子…?」
その言葉に耳を疑う。
凛さんがドアの向こうに居るって事?
木内さんの話では一回もここへ来た事がない筈だけれど、今になって急に?
混乱して自分の置かれている状況が理解できない。
コンコンッ
「みー?居るでしょ?」
ドア越しに響く声。
確かに凛さんだ。
動かない木内さん。
私も動けない。
「みー?ユリも居るでしょ?」
ドキッと心臓が跳ねる。
同時に冷たい汗が背中に流れた。
私が居る事も分かっている。
「大丈夫だから。入れて?」
大丈夫だから。ってどういう意味だろう?
ここでハッとする。
私って、完全に浮気相手じゃん。
客観的に見たら、セフレの家に居座ってたら本命彼女がご登場してしまった状態でしかないではないか。
端的に言って修羅場だ。
気付いた途端に心臓がバクバクと主張を強める。
ハッハッと呼吸も浅く速くなる。
どうしようどうしよう。
「みー?ユリ?大丈夫だから。…開けて?」
離れていて聞こえない筈なのに、木内さんが唾を飲んだのが分かった。
そろそろと動き出す木内さん。
恐る恐る解錠し、扉を開いていく。
ゆっくりだけど確実に開いていく隙間。
半分ほど開いた所でひょっこりと人影が動き覗き込んできた。
街頭からの逆光でシルエットしか見えないけれど紛れもない凛さんだ。
「ごめんね、急に。とりあえず入るね。」
明るい声色。
だけど有無を言わせない雰囲気。
声を発せない様子で木内さんは身体を避けて凛さんを通した。
玄関で靴を脱ぐ仕草。
暗くてよく見えないけれど、あのパンプスだって分かった。
それを脱いでいる。
家に入るのだから当たり前の事だ。
それでも私が選び身に着けていてくれた物を目の前で脱ぐという行為に、私との決別の意思なのではないかと勘ぐってしまい場違いにも胸が痛くなった。
これから修羅場なのだから決別も当然の事なのに。
裸足になった凛さんがタトタトと軽快な音をたてて廊下を歩いてくる。
静かに扉を閉めた木内さんは俯いている。
混乱し働かない頭の片隅で、こういう時本当に男は頼りないなと思った。
時計を見ると22時過ぎ。
「ただいまー。うお、美味そうな匂い。」
「おかえりなさい。」
木内さんは作業台に背負っていたリュックの中身を出すと、今度はソファー部屋とは反対側にある洋服部屋へ向かった。
一緒に住んで分かった事がある。
木内さんは帰ってきてすぐ部屋着に着替える派な事とか、取り敢えず作業台に何でも乗せる事。
ソファーの部屋は寛ぐ為の物しか置いていなくて、洋服の部屋は押し入れ以外にもハンガーラックや後付けのクローゼット等が壁が見えない程みっちり並んでいる。
空のリュックを片手に洋服部屋に消えた木内さんが、数分後上下スウェットスタイルでリビングに出てきた。
手には先程まで着ていた服を持ち、ダイニングテーブルに夕飯を並べている私に軽く微笑みながら今度は洗面所の方へ消えて行く。
洗濯物を出して手を洗っているのだろう。
全く自炊しないとか、生活感があるんだかないんだか分からないインテリアに初めは驚いたけれど、一緒に生活してみれば家主もこの家も住み良くて落ち着いてしまった。
いつか終わりの来るこの生活に名残惜しさを感じている。
「君も仕事だったのに…。俺の分までいつも悪いね。」
身支度を終えた木内さんがダイニングターブルに着いた。
「いえいえ。ただで住まわせてもらってますし、私は早番で上がれる日も木内さんより多いので…。大した物も作れませんし、これくらいは全然です。」
「いや、ホント助かってるよ。ありがとうな。」
私も向かいの席に着く。
向かい合ってまた同時に「いただきます」を言った瞬間。
コンコンッ
予期しないノックの音に二人で顔を見合わせる。
「誰でしょう?」
「いや、分からん…。」
コンコンッ
また聞こえた。
確実に誰か訪ねてきている。
木内さんは立ち上がり玄関へ向かった。
私も立ち上がりロールカーテンの隙間から彼を見守る。
木内さんはスコープを見るためにドアに張り付くと、「え…。」と呟きそのまま固まってしまった。
「…凛子…?」
その言葉に耳を疑う。
凛さんがドアの向こうに居るって事?
木内さんの話では一回もここへ来た事がない筈だけれど、今になって急に?
混乱して自分の置かれている状況が理解できない。
コンコンッ
「みー?居るでしょ?」
ドア越しに響く声。
確かに凛さんだ。
動かない木内さん。
私も動けない。
「みー?ユリも居るでしょ?」
ドキッと心臓が跳ねる。
同時に冷たい汗が背中に流れた。
私が居る事も分かっている。
「大丈夫だから。入れて?」
大丈夫だから。ってどういう意味だろう?
ここでハッとする。
私って、完全に浮気相手じゃん。
客観的に見たら、セフレの家に居座ってたら本命彼女がご登場してしまった状態でしかないではないか。
端的に言って修羅場だ。
気付いた途端に心臓がバクバクと主張を強める。
ハッハッと呼吸も浅く速くなる。
どうしようどうしよう。
「みー?ユリ?大丈夫だから。…開けて?」
離れていて聞こえない筈なのに、木内さんが唾を飲んだのが分かった。
そろそろと動き出す木内さん。
恐る恐る解錠し、扉を開いていく。
ゆっくりだけど確実に開いていく隙間。
半分ほど開いた所でひょっこりと人影が動き覗き込んできた。
街頭からの逆光でシルエットしか見えないけれど紛れもない凛さんだ。
「ごめんね、急に。とりあえず入るね。」
明るい声色。
だけど有無を言わせない雰囲気。
声を発せない様子で木内さんは身体を避けて凛さんを通した。
玄関で靴を脱ぐ仕草。
暗くてよく見えないけれど、あのパンプスだって分かった。
それを脱いでいる。
家に入るのだから当たり前の事だ。
それでも私が選び身に着けていてくれた物を目の前で脱ぐという行為に、私との決別の意思なのではないかと勘ぐってしまい場違いにも胸が痛くなった。
これから修羅場なのだから決別も当然の事なのに。
裸足になった凛さんがタトタトと軽快な音をたてて廊下を歩いてくる。
静かに扉を閉めた木内さんは俯いている。
混乱し働かない頭の片隅で、こういう時本当に男は頼りないなと思った。
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