傾く方へ

seitennosei

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傾く方へ。

知りたくなかった。

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ダボダボのTシャツ。
顔を埋めると木内さんの匂いがする。
気恥しいのを悟られない様、涼しい顔でリビングへ入ると、ベッドと反対側の空間に置いてあるダイニングテーブルに木内さんはいた。
「夕飯まだでしょ?俺自炊しないからカップ麺しかないけど…。」
「え?木内さんが用意してくれたんですか?ありがとうございます。」
礼を言い椅子に座る。
私の前にお湯の入ったカップ麺を置くと、木内さんは自分の分を持ちながら向かいの席に座った。
「お湯入れたばっかだから今から3分ね。」
「どうも。」
「んー。」
キッチンから持ってきた2膳のお箸をそれぞれの蓋の上に乗せていく。
どちらも黒くて長めのお箸。
お風呂を借りた時、もっと言えば玄関を入った時からの疑問。
「この家…凛さんの物とか全然置いてないんですね?」
「んー?…んー。」
「他人の物を部屋に置いときたくないタイプですか?」
「いや…。そんなんじゃないから…。君はさっき買ったお泊まりセット置いといて良いよ。」
「え?」
「帰れない理由があんでしょ?今日から暫くうちに居れば良いよ。」
「え?」
「あー、理由は話せる様になったら教えてよ。普通に心配だし。」
展開に着いていけなかった。
疑問が増すばかりだ。
「いや、あの、理由なんて全然話せますけど、でも、そうじゃなくて、私がここに居たら凛さん来る時とか困るじゃないですか?」
「ははは、大丈夫大丈夫。」
彼はないないといった感じで顔の前で手を振り笑い飛ばす。
「凛子はここへは来ないよ。来た事もないし。」
「へ?一度も?」
「うん。一回も。」
何年も付き合っていてそんな事ってあるのだろうか。
だけど木内さんと凛さんの関係は何処か特殊な感じがして。
凡人な私には理解が及ばない事情があるのかもしれない。
道理で女っ気のない部屋をしている訳だと納得もできた。
「あ、3分経つよ。」
テーブルの上のスマホを覗いて木内さんが言い、続けてピピピピと電子音が響く。
蓋を剥がし、二人同時に「いただきます。」と手を合わせた。
ジャンキーで人の気持ちとかお構い無しで、礼節なんて重んじなさそうに見える木内さんのいただきますが意外で笑ってしまった。
そう言えば私達は一緒に食卓を囲んだ事がなかった。
会えば身体を重ねる事に夢中で。
その後は気絶するみたいに眠って。
性欲と惰眠に塗れて、もっと手前の通常のコミュニケーション手段を一切とっていなかった。
木内さんと食べるとカップラーメンでも美味しいんだ。
何でもない話でも楽しいんだ。
身に染みて実感しながら、私はそれを知りたくなかったと思った。
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