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傾く方へ。
お買い上げありがとうございます。
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倉庫の奥から掘り起こした大きな箱。
高さは20cm程だけど、奥は60cmで横は1m程にもなる大きさ。
フタを開け中を確認すると、不織布に包まれたニーハイブーツが横たわっていた。
黒い合皮エナメルのブーツ。
ヒールは5cmと低めだけれどピンで尖っていて地面に刺さりそうな鋭角さをしている。
そして下から上まで続いているレースアップがハードな雰囲気を醸し出し、まるでSMの女王様の為に作ったようなデザインだ。
これは凛さんでないと履けないと思う…。
数年前からニーハイブーツブームが来ていて需要が無いわけではないけれど、ここまで攻めているデザインだと、こんな都下のファッションビルでは手に取る人自体少ない。
結局売れないまま去年の冬から倉庫に眠っていた。
「予算的にもう一足いけそうなんだよね…。何でも良いからユリのオススメ持ってきてよ!」
先程承った凛さんからのリクエスト。
それを受け、私は倉庫で永い冬眠についていたこのブーツを目覚めさせに来たのだ。
片方を取り出し、カビなど生えていないか隅々まで確認する。
「よし!大丈夫。」
箱に戻し軽く不織布に包むとフタを適当に被せた状態で凛さんの元へ走った。
小走りで店舗に戻ると、凛さんは椅子に座ったまま裸足を少し浮かせて待っていて。
その姿があどけない子供の様でまた可愛いと思った。
「お待たせしました!」
そう声を掛けると振り返り笑顔を見せる凛さん。
「ユリ!えー、ちょっと…。汗かいてるじゃん!走ったの?ゆっくりで良いのに。」
「いえいえ。早く凛さんに見せたくて。」
「まったく…。ほんと商売上手だな。」
「えへへ…。」
屈んで地面に置いた箱からブーツを取り出す。
そして中に入っている型崩れ防止のあんこと、湿気取りの乾燥剤を掘り出していく。
これだけの大物になると付属のシリカゲルも夥しい量になる。
ザコザコと夢中になってブーツを履ける状態にしようとしている私の首を凛さんは再度指で擽ってきた。
お茶目な悪戯だと思った。
「ふふっ、ちょっと凛さん!」
なんの緊張感もなく笑いながら顔を上げた私は固まる事になる。
凛さんが何時になく真剣な顔をしていた。
「凛さん…?」
「これ…。キスマーク?」
「あ…、え?あー、あの…。」
「だから最近ずっとストール巻いてんの?」
どうしよう。
どうしよう。
ホテルの時程酷くはないけれど、この前家でいたした時も相当数付けられた。
さっき擽った時に見えてしまったのか。
若しくは何か分かっていて確認するために擽ってきたのか。
凛さんは何を何処まで知ってるんだろう?
今私はカマかけられてるのだろうか?
「あ、あはは…。ねぇ。そりゃあ、私だって子供じゃないですから…。こんなのの一つや二つ付けられる事もしますよ?そりゃ…」
「岡田くん?」
「あー、いや…。」
「それとも…みー?」
全身から汗が吹き出す。
まさか凛さんの口から確信に迫る言葉が飛び出してくるとは思わなかった。
みーとは木内さんの事なのだろう。
彼をそう呼んでいるとは初耳だったけれど直ぐに分かった。
凛さんは真っ直ぐにこちらを見ている。
嘘は吐きたくない。
だけど本当の事なんて言える訳がない。
私は真っ直ぐに見返すと事実だけを話す。
「木内さんは…凛さんを一番に想っていますよ。私も…上手くいっていないとはいえ壱哉とまだ付き合っています…。木内さんと私は同士なんです。ただそれだけです。」
「…。」
口を噤む凛さん。
鋭い目はこちらへ向けられたままだ。
だけど私に嘘を吐かせないという圧力はあっても、そこに怒りや悲しみの色は見られない。
ただ純粋に真実を求めていそうな。
どんな答えでも受け入れようと覚悟していそうな。
そんな瞳だった。
「正直に言うと、木内さんの事も壱哉の事も嫌いじゃないです。だから二人の気持ちが向いている凛さんに嫉妬もします。」
凛さんはふっと微かに視線を落とし、自嘲する様に小さく笑う。
その意図する所が気になったけれど、私は受け流して続けた。
「でも私、凛さんの事も好きなんです。」
「え?」
今度は驚いた様に大きい目を真ん丸にして私を見てきた。
それを真っ直ぐ見返す。
「自分勝手だなって思うし、嫉妬して悔しくなって、憧れと妬みが混ざって何でよって腹立って…。でも何か嫌いになれないんです。凛さんの事。」
「…なんで。」
「ふふっ、そんなのこっちが知りたいですよ。何でって自分でも思いますよ。」
見詰め合う凛さんの瞳が小刻みに揺れる。
こんなに動揺している姿を見るのは初めてだ。
「しかも何でって…。ふふっ…凛さんは私に嫌われたいんですか?」
「違う!…違うよ…。」
「じゃあ、何で…。」
私の彼氏だって分かっていて壱哉に近付いたんですか?
そう続けようとして止めた。
私は知りたくないのかもしれない。
本当の凛さんを。
もしかしたら凛さんは、私の想い描き憧れている「自由で奔放で絶対的な自我の持ち主」ではないのかもしれない。
本当の姿は普通で弱い女の子で。
何が彼女をそうさせるのかは分からないけれど、他者を巻き込んで試す事でしか自身の存在を感じられない、酷く自我の気薄な人間なのではないかという気がしてきた。
そう予測が立っても、私は確信したくないんだ。
凛さんには格好良くいて欲しい。
この期待こそが彼女を苦しめ、現状の矛盾した行動に向かわせているのかもしれないと頭の片隅に過ぎらせながらも、今の私は私の望む凛さん像を押し付け続ける事を選んだ。
それはきっと復讐の意味もあって。
身勝手によく分からない状態に巻き込まれた私には、多少の意地悪は許されるだろうと思ってしまった。
「凛さん!そんな事より、ブーツ履いてみて下さい!」
「え?…あ、ああ。」
無理矢理話題を変えた私に一瞬遅れて凛さんは答えた。
「そうだったね。ユリがわざわざ倉庫に走ってくれたブーツだもんね。」
「そうですよ!店頭には出してないですけど内側にちょこっとキズがあって、買う人がいたら60パーoffで良いって言われてますから!絶対買って下さいね!」
「あはは、マジか。こりゃもう逃げられないね。」
もういつもの凛さんだった。
ホッとした様なもっと気に病んで欲しい様な思いの狭間でモヤモヤする。
だけど今はこれでいい。
「お買い上げありがとうございます!」
私は大袈裟にテンションを上げ、満面の笑みを凛さんへ向けた。
高さは20cm程だけど、奥は60cmで横は1m程にもなる大きさ。
フタを開け中を確認すると、不織布に包まれたニーハイブーツが横たわっていた。
黒い合皮エナメルのブーツ。
ヒールは5cmと低めだけれどピンで尖っていて地面に刺さりそうな鋭角さをしている。
そして下から上まで続いているレースアップがハードな雰囲気を醸し出し、まるでSMの女王様の為に作ったようなデザインだ。
これは凛さんでないと履けないと思う…。
数年前からニーハイブーツブームが来ていて需要が無いわけではないけれど、ここまで攻めているデザインだと、こんな都下のファッションビルでは手に取る人自体少ない。
結局売れないまま去年の冬から倉庫に眠っていた。
「予算的にもう一足いけそうなんだよね…。何でも良いからユリのオススメ持ってきてよ!」
先程承った凛さんからのリクエスト。
それを受け、私は倉庫で永い冬眠についていたこのブーツを目覚めさせに来たのだ。
片方を取り出し、カビなど生えていないか隅々まで確認する。
「よし!大丈夫。」
箱に戻し軽く不織布に包むとフタを適当に被せた状態で凛さんの元へ走った。
小走りで店舗に戻ると、凛さんは椅子に座ったまま裸足を少し浮かせて待っていて。
その姿があどけない子供の様でまた可愛いと思った。
「お待たせしました!」
そう声を掛けると振り返り笑顔を見せる凛さん。
「ユリ!えー、ちょっと…。汗かいてるじゃん!走ったの?ゆっくりで良いのに。」
「いえいえ。早く凛さんに見せたくて。」
「まったく…。ほんと商売上手だな。」
「えへへ…。」
屈んで地面に置いた箱からブーツを取り出す。
そして中に入っている型崩れ防止のあんこと、湿気取りの乾燥剤を掘り出していく。
これだけの大物になると付属のシリカゲルも夥しい量になる。
ザコザコと夢中になってブーツを履ける状態にしようとしている私の首を凛さんは再度指で擽ってきた。
お茶目な悪戯だと思った。
「ふふっ、ちょっと凛さん!」
なんの緊張感もなく笑いながら顔を上げた私は固まる事になる。
凛さんが何時になく真剣な顔をしていた。
「凛さん…?」
「これ…。キスマーク?」
「あ…、え?あー、あの…。」
「だから最近ずっとストール巻いてんの?」
どうしよう。
どうしよう。
ホテルの時程酷くはないけれど、この前家でいたした時も相当数付けられた。
さっき擽った時に見えてしまったのか。
若しくは何か分かっていて確認するために擽ってきたのか。
凛さんは何を何処まで知ってるんだろう?
今私はカマかけられてるのだろうか?
「あ、あはは…。ねぇ。そりゃあ、私だって子供じゃないですから…。こんなのの一つや二つ付けられる事もしますよ?そりゃ…」
「岡田くん?」
「あー、いや…。」
「それとも…みー?」
全身から汗が吹き出す。
まさか凛さんの口から確信に迫る言葉が飛び出してくるとは思わなかった。
みーとは木内さんの事なのだろう。
彼をそう呼んでいるとは初耳だったけれど直ぐに分かった。
凛さんは真っ直ぐにこちらを見ている。
嘘は吐きたくない。
だけど本当の事なんて言える訳がない。
私は真っ直ぐに見返すと事実だけを話す。
「木内さんは…凛さんを一番に想っていますよ。私も…上手くいっていないとはいえ壱哉とまだ付き合っています…。木内さんと私は同士なんです。ただそれだけです。」
「…。」
口を噤む凛さん。
鋭い目はこちらへ向けられたままだ。
だけど私に嘘を吐かせないという圧力はあっても、そこに怒りや悲しみの色は見られない。
ただ純粋に真実を求めていそうな。
どんな答えでも受け入れようと覚悟していそうな。
そんな瞳だった。
「正直に言うと、木内さんの事も壱哉の事も嫌いじゃないです。だから二人の気持ちが向いている凛さんに嫉妬もします。」
凛さんはふっと微かに視線を落とし、自嘲する様に小さく笑う。
その意図する所が気になったけれど、私は受け流して続けた。
「でも私、凛さんの事も好きなんです。」
「え?」
今度は驚いた様に大きい目を真ん丸にして私を見てきた。
それを真っ直ぐ見返す。
「自分勝手だなって思うし、嫉妬して悔しくなって、憧れと妬みが混ざって何でよって腹立って…。でも何か嫌いになれないんです。凛さんの事。」
「…なんで。」
「ふふっ、そんなのこっちが知りたいですよ。何でって自分でも思いますよ。」
見詰め合う凛さんの瞳が小刻みに揺れる。
こんなに動揺している姿を見るのは初めてだ。
「しかも何でって…。ふふっ…凛さんは私に嫌われたいんですか?」
「違う!…違うよ…。」
「じゃあ、何で…。」
私の彼氏だって分かっていて壱哉に近付いたんですか?
そう続けようとして止めた。
私は知りたくないのかもしれない。
本当の凛さんを。
もしかしたら凛さんは、私の想い描き憧れている「自由で奔放で絶対的な自我の持ち主」ではないのかもしれない。
本当の姿は普通で弱い女の子で。
何が彼女をそうさせるのかは分からないけれど、他者を巻き込んで試す事でしか自身の存在を感じられない、酷く自我の気薄な人間なのではないかという気がしてきた。
そう予測が立っても、私は確信したくないんだ。
凛さんには格好良くいて欲しい。
この期待こそが彼女を苦しめ、現状の矛盾した行動に向かわせているのかもしれないと頭の片隅に過ぎらせながらも、今の私は私の望む凛さん像を押し付け続ける事を選んだ。
それはきっと復讐の意味もあって。
身勝手によく分からない状態に巻き込まれた私には、多少の意地悪は許されるだろうと思ってしまった。
「凛さん!そんな事より、ブーツ履いてみて下さい!」
「え?…あ、ああ。」
無理矢理話題を変えた私に一瞬遅れて凛さんは答えた。
「そうだったね。ユリがわざわざ倉庫に走ってくれたブーツだもんね。」
「そうですよ!店頭には出してないですけど内側にちょこっとキズがあって、買う人がいたら60パーoffで良いって言われてますから!絶対買って下さいね!」
「あはは、マジか。こりゃもう逃げられないね。」
もういつもの凛さんだった。
ホッとした様なもっと気に病んで欲しい様な思いの狭間でモヤモヤする。
だけど今はこれでいい。
「お買い上げありがとうございます!」
私は大袈裟にテンションを上げ、満面の笑みを凛さんへ向けた。
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