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傾く方へ。
ベッドに身を沈めた。
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通話を開始する前に、何となくベッドの上に正座する。
木内さん相手に、私は何を緊張しているのだろう。
そう思いつつもゴクリと唾を飲み込み、気合いを入れてから通話の方へスライドした。
「はい…。」
『あ、もしもし?』
木内さんの声だ。
機械を挟んで距離は感じるけれど、あの日知ってそれから忘れられない木内さんの声。
「どうしたんですか?急に…。」
『や…、何となく?暇で…。そっちはどうしてるかと思って…。』
そのまま少しの間沈黙が続いた。
暇でそちらからかけてきた癖に話題の用意はないらしい。
行き当たりばったりで、気が利かなくて。
それが凄く木内さんらしいと思って笑った。
『ん?何笑ってんの?』
「いえ、別に。」
『あっそ…。』
気恥ずかしくて会話が途切れてしまう。
だけど不思議と嫌な感じはしなくて、私は木内さんが飽きてこの通話を終わらせてしまう事を危惧して、どうでもいい事を話し始める。
「私ね。」
『ん?』
「身長が162cmなんです。」
『へー、微妙…。』
「ね。自分でも思います。」
忌憚のない感想に笑う。
だけど木内さんの声は優しくて。
言葉を選んではくれないけれど、どんな話でも聞いてくれそうな不思議な包容力を感じた。
私はそのまま話し続ける。
「あと、スッピンは結構男顔なんですよ。」
『あー、確かに…。』
「確かにって…、あ。」
そうだった。
この人にはスッピンを見られているんだった。
自分からあの日を連想させる話を振ってしまい狼狽える。
「やっぱ、わす、忘れて下さい!」
『ふっ。無理だろ。今ので完全に蘇ったわ。』
「もー。最悪。」
木内さんは再度『フッ』と鼻で笑った。
『いつもザ女!みたいな服着て大人しそうにニコニコしてるから…あの時はギャップで引いたわ。』
「もー!言い方!木内さんホント言い方に悪意がありますよ。」
『いや、だって、痩せてて胸小さくてさ。素顔が凛々しくて意外と口悪くて…。途中少年を抱いてるかと思ったわ。』
「酷い!」
あまりにもな言い草なのに楽しい。
こちらも気を遣わないでいられるから心地が良いんだ。
こんなにポンポンとテンポ良く言い合える人は同性の友人でも少ない。
「だったら抱かなきゃ良いじゃないですか!だいたい最初は私じゃ勃たないとか言ってたくせに!」
『なー。自分でびっくりしたわ。』
「あれだけ好き勝手しておいて、ほんと失礼。」
『なー。でも可愛く見えっちゃったんだよなー。』
ドキリと心臓が鳴る。
木内さんの可愛いに私は弱い。
今までも可愛いと言葉をくれる男性はそれなりにいたけれど、どれも裏がある気がして嬉しくても心から受け取れなかった。
だけど木内さんは私にお世辞を言ったり気を遣っていない事がわかるから。
酷い言葉の中に急に挟まれる可愛いが本当な気がして、それを聞く度に鳩尾の辺りがうずうずとむず痒くなる程嬉しくなった。
『君ってさ地味に男ウケするじゃん?俺そういう女嫌いなんだよね。』
「はー…、そうですか。」
『でも本当の君は口悪いし、流され易すいのに最終的に変に頑固だし…。ギャップ?なんか、キたんだよね…、股間に。』
「結局下ネタですか?ホント最低。」
会話の内容が下世話過ぎてまた笑った。
つられて木内さんも笑っている。
楽しいな。
チラッと時計を見ると1時半を過ぎていた。
もっと話していたい。
そう思ってるのが私だけじゃないといいな。
不意に途切れた会話。
木内さんが真面目な声で話題を変えた。
『岡田君は必ず戻ってくるよ。』
「え…?何を根拠に…。」
『君が良い女だから。』
言葉が出なかった。
良い女だと言われて一瞬喜んでしまったけれど、壱哉が戻って来る発言には複数の想いが湧いてくる。
木内さんに何が分かるんだって苛立ち。
この期に及んでも壱哉が戻って来るのかもしれないとの仄かな期待。
そして二人で楽しかった会話の中に突如他の男の名前を宛てがわれた悲しさ。
どうして私はショックを受けているのだろう?
今の私は本当はどう思うのが正解なのか。
『岡田君じゃ凛子は手に負えないとか他にも理由はあるけど…。君は当初俺が思っていたよりもずっと良い女だって分かった。凛子も良い女だけど良い彼女にはならない。岡田君の目が覚めたら必ず戻ってくるよ。』
「そう…ですかね…?」
でも木内さんはその良い彼女ではない凛さんを手放したくないんでしょ?
なんてお門違いな不満をぶつけそうになってグッと飲み込んだ。
木内さんは、私と木内さんの間の話なんてしていない。
私と壱哉の話をしているんだ。
私と木内さんは何処まで行っても只の同士なんだ。
そう分かっていたのに胸が痛い。
そして胸を痛めている自分にショックを受けた。
一度寝たくらいで木内さんに持っていかれ過ぎだ!
目を覚ませ!
自分に言い聞かせて言葉を振り絞る。
「じゃあ、これからも協力し合って奴らが戻るのをお互い気長に待ちますか!」
『ははっ。空元気感やばっ。』
また二人で笑い合ってふざけた空気が戻った。
だけど私の心中は重たいままだ。
『でもそうだな…。君には感謝してるよ。今までは誰にも相談出来なかったし、凛子と付き合ってからの5年間ずっと一人で悶々としてたからな…。』
何時に無く明るい声。
感謝なんて要らないのに。
残酷な程嬉しそうに言う。
『これからは穏やかに凛子を待っていられる。』
「応援してます。」
心にも無い事を言って通話を終えた。
木内さんの事は、壱哉との関係に傷付いた自分と重ねて、こんな辛い想いを5年間もしていたんだって同情していた。
共感して苦しくもなった。
だけど、「岡田君は戻ってくる。」って言葉でハッとした。
木内さんは何度も戻ってくる凛さんを待っていた。
裏を返せば、どれだけフラフラしていても凛さんは木内さんの元へと必ず帰っている。
この5年間。
何回も。
今回も例外なくそうなのだろう。
ここにきて初めて凛さんに腹が立った。
そんなに大事なら余所見しなきゃ良いのに。
そしてまたハッとする。
私は何に対して嫉妬しているのだろう。
壱哉とはもう別れようって思っている事を隠して同士の振りを続けて。
私は一体どうしたいのだろう。
時刻は2時を回っていた。
もう止めよう。
考えたって意味が無い。
深くため息を吐いて私はベッドに身を沈めた。
木内さん相手に、私は何を緊張しているのだろう。
そう思いつつもゴクリと唾を飲み込み、気合いを入れてから通話の方へスライドした。
「はい…。」
『あ、もしもし?』
木内さんの声だ。
機械を挟んで距離は感じるけれど、あの日知ってそれから忘れられない木内さんの声。
「どうしたんですか?急に…。」
『や…、何となく?暇で…。そっちはどうしてるかと思って…。』
そのまま少しの間沈黙が続いた。
暇でそちらからかけてきた癖に話題の用意はないらしい。
行き当たりばったりで、気が利かなくて。
それが凄く木内さんらしいと思って笑った。
『ん?何笑ってんの?』
「いえ、別に。」
『あっそ…。』
気恥ずかしくて会話が途切れてしまう。
だけど不思議と嫌な感じはしなくて、私は木内さんが飽きてこの通話を終わらせてしまう事を危惧して、どうでもいい事を話し始める。
「私ね。」
『ん?』
「身長が162cmなんです。」
『へー、微妙…。』
「ね。自分でも思います。」
忌憚のない感想に笑う。
だけど木内さんの声は優しくて。
言葉を選んではくれないけれど、どんな話でも聞いてくれそうな不思議な包容力を感じた。
私はそのまま話し続ける。
「あと、スッピンは結構男顔なんですよ。」
『あー、確かに…。』
「確かにって…、あ。」
そうだった。
この人にはスッピンを見られているんだった。
自分からあの日を連想させる話を振ってしまい狼狽える。
「やっぱ、わす、忘れて下さい!」
『ふっ。無理だろ。今ので完全に蘇ったわ。』
「もー。最悪。」
木内さんは再度『フッ』と鼻で笑った。
『いつもザ女!みたいな服着て大人しそうにニコニコしてるから…あの時はギャップで引いたわ。』
「もー!言い方!木内さんホント言い方に悪意がありますよ。」
『いや、だって、痩せてて胸小さくてさ。素顔が凛々しくて意外と口悪くて…。途中少年を抱いてるかと思ったわ。』
「酷い!」
あまりにもな言い草なのに楽しい。
こちらも気を遣わないでいられるから心地が良いんだ。
こんなにポンポンとテンポ良く言い合える人は同性の友人でも少ない。
「だったら抱かなきゃ良いじゃないですか!だいたい最初は私じゃ勃たないとか言ってたくせに!」
『なー。自分でびっくりしたわ。』
「あれだけ好き勝手しておいて、ほんと失礼。」
『なー。でも可愛く見えっちゃったんだよなー。』
ドキリと心臓が鳴る。
木内さんの可愛いに私は弱い。
今までも可愛いと言葉をくれる男性はそれなりにいたけれど、どれも裏がある気がして嬉しくても心から受け取れなかった。
だけど木内さんは私にお世辞を言ったり気を遣っていない事がわかるから。
酷い言葉の中に急に挟まれる可愛いが本当な気がして、それを聞く度に鳩尾の辺りがうずうずとむず痒くなる程嬉しくなった。
『君ってさ地味に男ウケするじゃん?俺そういう女嫌いなんだよね。』
「はー…、そうですか。」
『でも本当の君は口悪いし、流され易すいのに最終的に変に頑固だし…。ギャップ?なんか、キたんだよね…、股間に。』
「結局下ネタですか?ホント最低。」
会話の内容が下世話過ぎてまた笑った。
つられて木内さんも笑っている。
楽しいな。
チラッと時計を見ると1時半を過ぎていた。
もっと話していたい。
そう思ってるのが私だけじゃないといいな。
不意に途切れた会話。
木内さんが真面目な声で話題を変えた。
『岡田君は必ず戻ってくるよ。』
「え…?何を根拠に…。」
『君が良い女だから。』
言葉が出なかった。
良い女だと言われて一瞬喜んでしまったけれど、壱哉が戻って来る発言には複数の想いが湧いてくる。
木内さんに何が分かるんだって苛立ち。
この期に及んでも壱哉が戻って来るのかもしれないとの仄かな期待。
そして二人で楽しかった会話の中に突如他の男の名前を宛てがわれた悲しさ。
どうして私はショックを受けているのだろう?
今の私は本当はどう思うのが正解なのか。
『岡田君じゃ凛子は手に負えないとか他にも理由はあるけど…。君は当初俺が思っていたよりもずっと良い女だって分かった。凛子も良い女だけど良い彼女にはならない。岡田君の目が覚めたら必ず戻ってくるよ。』
「そう…ですかね…?」
でも木内さんはその良い彼女ではない凛さんを手放したくないんでしょ?
なんてお門違いな不満をぶつけそうになってグッと飲み込んだ。
木内さんは、私と木内さんの間の話なんてしていない。
私と壱哉の話をしているんだ。
私と木内さんは何処まで行っても只の同士なんだ。
そう分かっていたのに胸が痛い。
そして胸を痛めている自分にショックを受けた。
一度寝たくらいで木内さんに持っていかれ過ぎだ!
目を覚ませ!
自分に言い聞かせて言葉を振り絞る。
「じゃあ、これからも協力し合って奴らが戻るのをお互い気長に待ちますか!」
『ははっ。空元気感やばっ。』
また二人で笑い合ってふざけた空気が戻った。
だけど私の心中は重たいままだ。
『でもそうだな…。君には感謝してるよ。今までは誰にも相談出来なかったし、凛子と付き合ってからの5年間ずっと一人で悶々としてたからな…。』
何時に無く明るい声。
感謝なんて要らないのに。
残酷な程嬉しそうに言う。
『これからは穏やかに凛子を待っていられる。』
「応援してます。」
心にも無い事を言って通話を終えた。
木内さんの事は、壱哉との関係に傷付いた自分と重ねて、こんな辛い想いを5年間もしていたんだって同情していた。
共感して苦しくもなった。
だけど、「岡田君は戻ってくる。」って言葉でハッとした。
木内さんは何度も戻ってくる凛さんを待っていた。
裏を返せば、どれだけフラフラしていても凛さんは木内さんの元へと必ず帰っている。
この5年間。
何回も。
今回も例外なくそうなのだろう。
ここにきて初めて凛さんに腹が立った。
そんなに大事なら余所見しなきゃ良いのに。
そしてまたハッとする。
私は何に対して嫉妬しているのだろう。
壱哉とはもう別れようって思っている事を隠して同士の振りを続けて。
私は一体どうしたいのだろう。
時刻は2時を回っていた。
もう止めよう。
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深くため息を吐いて私はベッドに身を沈めた。
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