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傾く方へ。
オーシャンズ。
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青く強い光に目が眩む。
『オーシャンズ』と大きく書かれた看板。
その下にはご休憩とご宿泊の文字が続く。
「え?」
開いた口を閉じられないまま私は目の前の建物を見上げた。
5階建て程のビルの上にも大きな看板があり、その周囲をビカビカと下品に光るネオン達。
うん。
これはラブホテルだ。
なんの変哲もなく。
絵に描いた様な典型的なやつ。
嘘だろ?と思った。
私だって、今日二人が最終的にこういう所へ行くだろう事は覚悟していた。
だけど、食事もせずバーで飲むわけでもなく、初っ端からこうもやる気満々な所へ直行しますかね?
私は何の迷いもなく一直線にここを目指してきた木内さんを疑った。
「本当にここに二人は居るんですか?」
「うん。」
即答だ。
彼はさっき、私を待っている間に二人は行ってしまったと言っていた。
どうして二人がここに居るって分かるのだろう。
その説明が欲しいところだけれど…。
「ここはビーチリゾートをコンセプトにした内装でさ。あと飯も美味いんだよね。凛子はここがお気に入り。」
「はぁ…そうですか…。」
ダメだ。
この人に好き勝手喋らせていたらどうでも良い情報しか出てこない。
とりあえず私はひとつ重要な事を確認する事にする。
「あの、念の為確認しますけど…。私をここに連れ込む為の嘘じゃないですよね?」
「はー?」
木内さんは心外そうに不満げな声を上げた後「いやいや、ないないない!」と言い鼻で笑い私を見た。
腹が立つ。
一応確認しただけなのに、そこまで全力否定しなくても良いではないか。
「…あ、そうですか。なら良いですけど。」
面白くないのを隠さずにいると、木内さんは私の顔を覗き込んで更に追い討ちをかけてきた。
「君、自信なさげに控えめな空気出しといて実は結構自意識過剰ちゃん?」
カチン。
その瞬間、私の中の何かが切れた。
そもそも、ろくに説明もなく強引に可笑しな状況に巻き込んだのはそちらなのに。
ちょっと確認したら自意識過剰って。
こういう奴に限って、何かあった後で抗議したら「ホイホイ着いて行く女も悪い。」とか言うじゃん。
少しでも同じ気持ちかもなんて共感するんじゃなかった。
「分かってますよ!木内さんが私に興味無いのは!だけど状況的にお互い自暴自棄になっても可笑しくないし、性的にじゃなくても木内さんが危ない人な可能性だって全然あるし!私は木内さんの事何も知らないし。信用出来ないし。だからもう帰ります!」
「あー、ごめんごめん。からかって悪かった。」
踵を返そうとした肩を掴まれる。
そして覗き込んでくる真剣な顔。
真っ直ぐに私を捕らえている。
「本当に悪かった。」
出会って数日だけれど、こんな真面目な顔が出来るとは知らなかった。
途端に毒気を抜かれてしまう。
帰る帰らないは別としても怒りは治めることにした。
「もう良いです。」
「そうだよな。得体の知れない男にこんな所連れてこられたら不安だよな?悪かった。俺…」
木内さんは優しげな声で寄り添う発言をした後、一旦言葉を詰まらせる。
そして覚悟を決めた顔をした後で深呼吸をしてから再度口を開いた。
「凛子じゃないと勃たないんだよ。」
「は、はあ…?」
面食らってしまった。
真剣に何を言い出したかと思えば。
凛さんに夢中なのは分かっていたがここまでとは…。
「俺さ、凛子と付き合ってから女の子全部切ったって言ったけど、それ真面目とか一途とかじゃなくて凛子以外に勃たなくなったからなんだよね。」
「…そう…ですか…。」
爛れてやがる。
凛さんじゃないと勃たないって。
他の人で試した事があるって事?
この人も元々は浮気する様な人なんだな。
何一つ印象の良くない木内さんの唯一のプラスな面だと思われた一途さ。
それまで危うくなり、私の中での彼に対する評価は地に落ちた。
「でも私には要らない情報です。それ…」
「凛子ってドSなんだよ。セックスの主導権は完全に凛子が握ってるし。大体騎乗位だし。痛い事とかもしてくるし。」
「わっかりました!もう良いです!」
ドン引きだ。
内容にも、聞いてもいない事を無理矢理カミングアウトしてくる今の状況にも。
私は一体何を聞かされているのだろう?
ホテルの前で訳の分からない話を聞かされるこっちの身にもなって欲しい。
それでも空気を読まない木内さんの口は止まってくれない。
「俺はMなんだと思う。だから君みたいな如何にも男に主導権を握らせるタイプには反応しないから安心して欲しい。」
「分かりました!分かりましたから!」
「信じて欲しい。俺にとって君はナシだから!」
ズキン
胸に刺さる。
結構な衝撃で少しの間呼吸も忘れた。
なんて残酷な言葉。
ナシ。
私はナシ。
そうか私ってナシなんだ…。
私だって木内さんなんてナシだ!って言い返してやろうかとも思ったけれど、彼は全く悪気なく、寧ろ私を安心させようとして発した言葉だと分かっているから飲み込んだ。
ズーンと重たく胸を沈ませる感情。
何で私こんなにショックを受けているのだろう?
なんか急に全てがどうでも良く思えた。
ひゅーっと自意識が遠のいて、それまでやかましかった木内さんの声とか、騒がしかった喧騒とかが膜を張ったみたいに現実味を欠いて。
気が付いたら私はオーシャンズの502号室前に立っていた。
『オーシャンズ』と大きく書かれた看板。
その下にはご休憩とご宿泊の文字が続く。
「え?」
開いた口を閉じられないまま私は目の前の建物を見上げた。
5階建て程のビルの上にも大きな看板があり、その周囲をビカビカと下品に光るネオン達。
うん。
これはラブホテルだ。
なんの変哲もなく。
絵に描いた様な典型的なやつ。
嘘だろ?と思った。
私だって、今日二人が最終的にこういう所へ行くだろう事は覚悟していた。
だけど、食事もせずバーで飲むわけでもなく、初っ端からこうもやる気満々な所へ直行しますかね?
私は何の迷いもなく一直線にここを目指してきた木内さんを疑った。
「本当にここに二人は居るんですか?」
「うん。」
即答だ。
彼はさっき、私を待っている間に二人は行ってしまったと言っていた。
どうして二人がここに居るって分かるのだろう。
その説明が欲しいところだけれど…。
「ここはビーチリゾートをコンセプトにした内装でさ。あと飯も美味いんだよね。凛子はここがお気に入り。」
「はぁ…そうですか…。」
ダメだ。
この人に好き勝手喋らせていたらどうでも良い情報しか出てこない。
とりあえず私はひとつ重要な事を確認する事にする。
「あの、念の為確認しますけど…。私をここに連れ込む為の嘘じゃないですよね?」
「はー?」
木内さんは心外そうに不満げな声を上げた後「いやいや、ないないない!」と言い鼻で笑い私を見た。
腹が立つ。
一応確認しただけなのに、そこまで全力否定しなくても良いではないか。
「…あ、そうですか。なら良いですけど。」
面白くないのを隠さずにいると、木内さんは私の顔を覗き込んで更に追い討ちをかけてきた。
「君、自信なさげに控えめな空気出しといて実は結構自意識過剰ちゃん?」
カチン。
その瞬間、私の中の何かが切れた。
そもそも、ろくに説明もなく強引に可笑しな状況に巻き込んだのはそちらなのに。
ちょっと確認したら自意識過剰って。
こういう奴に限って、何かあった後で抗議したら「ホイホイ着いて行く女も悪い。」とか言うじゃん。
少しでも同じ気持ちかもなんて共感するんじゃなかった。
「分かってますよ!木内さんが私に興味無いのは!だけど状況的にお互い自暴自棄になっても可笑しくないし、性的にじゃなくても木内さんが危ない人な可能性だって全然あるし!私は木内さんの事何も知らないし。信用出来ないし。だからもう帰ります!」
「あー、ごめんごめん。からかって悪かった。」
踵を返そうとした肩を掴まれる。
そして覗き込んでくる真剣な顔。
真っ直ぐに私を捕らえている。
「本当に悪かった。」
出会って数日だけれど、こんな真面目な顔が出来るとは知らなかった。
途端に毒気を抜かれてしまう。
帰る帰らないは別としても怒りは治めることにした。
「もう良いです。」
「そうだよな。得体の知れない男にこんな所連れてこられたら不安だよな?悪かった。俺…」
木内さんは優しげな声で寄り添う発言をした後、一旦言葉を詰まらせる。
そして覚悟を決めた顔をした後で深呼吸をしてから再度口を開いた。
「凛子じゃないと勃たないんだよ。」
「は、はあ…?」
面食らってしまった。
真剣に何を言い出したかと思えば。
凛さんに夢中なのは分かっていたがここまでとは…。
「俺さ、凛子と付き合ってから女の子全部切ったって言ったけど、それ真面目とか一途とかじゃなくて凛子以外に勃たなくなったからなんだよね。」
「…そう…ですか…。」
爛れてやがる。
凛さんじゃないと勃たないって。
他の人で試した事があるって事?
この人も元々は浮気する様な人なんだな。
何一つ印象の良くない木内さんの唯一のプラスな面だと思われた一途さ。
それまで危うくなり、私の中での彼に対する評価は地に落ちた。
「でも私には要らない情報です。それ…」
「凛子ってドSなんだよ。セックスの主導権は完全に凛子が握ってるし。大体騎乗位だし。痛い事とかもしてくるし。」
「わっかりました!もう良いです!」
ドン引きだ。
内容にも、聞いてもいない事を無理矢理カミングアウトしてくる今の状況にも。
私は一体何を聞かされているのだろう?
ホテルの前で訳の分からない話を聞かされるこっちの身にもなって欲しい。
それでも空気を読まない木内さんの口は止まってくれない。
「俺はMなんだと思う。だから君みたいな如何にも男に主導権を握らせるタイプには反応しないから安心して欲しい。」
「分かりました!分かりましたから!」
「信じて欲しい。俺にとって君はナシだから!」
ズキン
胸に刺さる。
結構な衝撃で少しの間呼吸も忘れた。
なんて残酷な言葉。
ナシ。
私はナシ。
そうか私ってナシなんだ…。
私だって木内さんなんてナシだ!って言い返してやろうかとも思ったけれど、彼は全く悪気なく、寧ろ私を安心させようとして発した言葉だと分かっているから飲み込んだ。
ズーンと重たく胸を沈ませる感情。
何で私こんなにショックを受けているのだろう?
なんか急に全てがどうでも良く思えた。
ひゅーっと自意識が遠のいて、それまでやかましかった木内さんの声とか、騒がしかった喧騒とかが膜を張ったみたいに現実味を欠いて。
気が付いたら私はオーシャンズの502号室前に立っていた。
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