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傾く方へ。
深い溜め息。
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夜の公園。
「ごめん。別れて欲しい。」
壱哉は呟く様に言った。
俯き、こちらを見ないで気まずそうにしている。
私はやっと言ったかと思った。
2人並んでベンチに腰掛ける誰もいない広い園内。
仕事後にこんな所に連れてこられて、寒い時期では無いとはいえ、20分程無言で壱哉は黙っていた。
それを私は根気よく待ってあげたんだ。
これだけ言い難そうにされれば、今から切り出されるのは別れ話なんだろうなって事くらい馬鹿でも分かる。
ヘアミストを投げ捨ててから覚悟も心の準備もしていた。
特に今日木内稔からのメッセージが来てからは、カウントダウンを始めてもいたから衝撃はそれ程無い。
だからと言って「はいそうですか」と簡単には割り切れない。
無駄だと知りながら、私は食い下がる事にした。
「来月…。来月の私の誕生日まで待って欲しい…。」
「え!?来月!?…あー…、うーん。」
そうだよね。
今すぐ別れたいよね?
明日凛さんと会うんだもんね。
浮気はしたくないもんね。
綺麗な身で凛さんと会いたいのだろう。
だからこそ、そうはさせない。
「プレゼントとかお祝いとかいらないから…。ただ当日一緒にいて欲しいの。それを最後にするから…。」
壱哉の方を向いて訴える。
目を合わせてくれないまま壱哉はまた黙り込んだ。
もっと困れば良いと思う。
いい気味だと思いつつも胸がチリッと痛む。
私の事じゃなくて、明日の凛さんとの事を考えて悩んでいる姿。
浮気はしたくない。
でも明日の凛さんとのチャンスを逃したくない。
そんな心情が顔に滲み出ている。
もう壱哉にとって私の存在って邪魔でしかないんだ。
そう気付いたら段々と腹が立ってきた。
浮気はしないって言えば立派だけれど、壱哉の場合は自己満足で彼女を切っているだけだ。
本当に誠実な人は心変わりしない様な努力もしている。
それで心変わりの可能性がゼロになる訳では無いにしろ、こんな次の女とのチャンスが来たから切っちゃおうみたいな状況には普通はならないだろう。
思えば壱哉はハッキリしない人だった。
始まりだって告白らしい告白もなかった。
男らしい見た目と、グイグイとアプローチする雰囲気で皆騙されているけれど、実の所は優柔不断だ。
だから肝心な事を言うのにも時間がかかり、結局ギリギリになって慌てて雑な対応になる。
私だってもう別れるしかないって理解している。
だけど、もう少し苦しめば良い。
「壱哉、まさか次の人なんて居ないよね?」
「…へ?」
「本当は前から私の事、もう好きじゃ無くなってたのに…次の人見つかるまでダラダラ続けて?それで次が見付かったから、今すぐ別れたいみたいな、…まさかそんな卑怯な感じじゃないよね?」
壱哉は目を見開いた。
動かない状態で、ゴクリと唾を飲む音と同時に喉仏だけが上下している。
もっと…、もっと苦しめ。
「浮気嫌いなのは知ってるよ?でも次の人出来たからって急に振るのは浮気じゃなくても誠実じゃないよね?壱哉は浮気をしないってだけで不誠実な人なの?」
金縛りに合っているみたいに動かない壱哉。
私の発言の意図を探る様に頭をフル回転させ処理落ちしている。
ここで畳み掛けよう。
「そうじゃないなら来月まで待てるよね?来月になったら納得して別れるって約束する。その後誰とすぐに付き合っても文句も言わないよ?それでもダメ?」
きっとさっきまで壱哉は凛さんとの事を私に馬鹿正直に言うつもりでいたと思う。
だけどその道を絶たれ、今返答出来ずにいる。
馬鹿な壱哉。
私の詭弁に乗らずにハッキリと切ってしまえば良いのに。
これから別れる女になんてどう思われたって構わないだろうに。
誠実な男で在りたい壱哉にとって、元カノになる私の発言は無視出来ないものなんだ。
馬鹿みたいだ。
どれだけ演じたって壱哉は誠実な男じゃないのだから、開き直って好きに振る舞えば楽になるのに。
「わかった…。来月までは待つよ…。」
「ありがとう…壱哉。」
「だけど、今までと全く同じには出来ない…。俺から連絡したり、休みの日に会ったり、休憩室で一緒に過ごしたり…。そう言うのもう出来ない。来月の誕生日は一緒に居る様にするけど…。」
渋々と了承するも、条件を並べる壱哉。
それはもう付き合ってるって言えないだろ。と突っ込む気にもならない。
無理なら無理って言えば良いのに。
私の真意に気付く事もない。
私は壱哉と一日でも長く一緒にいたくてごねている訳ではなく、誠実な男という自分像に囚われている壱哉が、凛さんと会う時に後ろめたさを感じる様にしむけただけ。
明日は精々嫌な引っ掛かりを持ったまま凛さんと会えば良い。
疲れた顔をしてベンチに座り込んでいる壱哉を放置しスマホを見る。
また木内稔からのメッセージがきていた。
『明日CLOSE後2人を尾行するから。』
この人ホント気持ち悪いな。
浮気ほぼ確定の彼女の後を尾けるとか…。
やっぱりメンヘラだ。
こんな茶番に付き合う義理はない。
『そうですか。』
『せいぜい頑張って下さい。』と投槍な返信をした瞬間既読が付いた。
暇か。
フッと軽く吹き出した私を壱哉がチラッと見てきたけど無視をする。
スマホを仕舞おうとしているのに、木内稔から直ぐに返信が来た。
『君も来るんだよ。』
『22時に従業員口集合ね。』
「は?」
思わず飛び出した声。
「どうした?」
壱哉が心配気に訊ねてきた。
私は「何でもない。」と返し再度スマホに視線を戻す。
断る。
そう送ろうとした矢先。
『じゃあ、決定!おやすみ!』の文字が追加で送られてくる。
『勝手に決めないで下さい!』
慌ててそう送ったけれど、それ以降返答も既読もつかなかった。
完全に巻き込まれてしまった。
私は深い溜め息を吐いた。
「ごめん。別れて欲しい。」
壱哉は呟く様に言った。
俯き、こちらを見ないで気まずそうにしている。
私はやっと言ったかと思った。
2人並んでベンチに腰掛ける誰もいない広い園内。
仕事後にこんな所に連れてこられて、寒い時期では無いとはいえ、20分程無言で壱哉は黙っていた。
それを私は根気よく待ってあげたんだ。
これだけ言い難そうにされれば、今から切り出されるのは別れ話なんだろうなって事くらい馬鹿でも分かる。
ヘアミストを投げ捨ててから覚悟も心の準備もしていた。
特に今日木内稔からのメッセージが来てからは、カウントダウンを始めてもいたから衝撃はそれ程無い。
だからと言って「はいそうですか」と簡単には割り切れない。
無駄だと知りながら、私は食い下がる事にした。
「来月…。来月の私の誕生日まで待って欲しい…。」
「え!?来月!?…あー…、うーん。」
そうだよね。
今すぐ別れたいよね?
明日凛さんと会うんだもんね。
浮気はしたくないもんね。
綺麗な身で凛さんと会いたいのだろう。
だからこそ、そうはさせない。
「プレゼントとかお祝いとかいらないから…。ただ当日一緒にいて欲しいの。それを最後にするから…。」
壱哉の方を向いて訴える。
目を合わせてくれないまま壱哉はまた黙り込んだ。
もっと困れば良いと思う。
いい気味だと思いつつも胸がチリッと痛む。
私の事じゃなくて、明日の凛さんとの事を考えて悩んでいる姿。
浮気はしたくない。
でも明日の凛さんとのチャンスを逃したくない。
そんな心情が顔に滲み出ている。
もう壱哉にとって私の存在って邪魔でしかないんだ。
そう気付いたら段々と腹が立ってきた。
浮気はしないって言えば立派だけれど、壱哉の場合は自己満足で彼女を切っているだけだ。
本当に誠実な人は心変わりしない様な努力もしている。
それで心変わりの可能性がゼロになる訳では無いにしろ、こんな次の女とのチャンスが来たから切っちゃおうみたいな状況には普通はならないだろう。
思えば壱哉はハッキリしない人だった。
始まりだって告白らしい告白もなかった。
男らしい見た目と、グイグイとアプローチする雰囲気で皆騙されているけれど、実の所は優柔不断だ。
だから肝心な事を言うのにも時間がかかり、結局ギリギリになって慌てて雑な対応になる。
私だってもう別れるしかないって理解している。
だけど、もう少し苦しめば良い。
「壱哉、まさか次の人なんて居ないよね?」
「…へ?」
「本当は前から私の事、もう好きじゃ無くなってたのに…次の人見つかるまでダラダラ続けて?それで次が見付かったから、今すぐ別れたいみたいな、…まさかそんな卑怯な感じじゃないよね?」
壱哉は目を見開いた。
動かない状態で、ゴクリと唾を飲む音と同時に喉仏だけが上下している。
もっと…、もっと苦しめ。
「浮気嫌いなのは知ってるよ?でも次の人出来たからって急に振るのは浮気じゃなくても誠実じゃないよね?壱哉は浮気をしないってだけで不誠実な人なの?」
金縛りに合っているみたいに動かない壱哉。
私の発言の意図を探る様に頭をフル回転させ処理落ちしている。
ここで畳み掛けよう。
「そうじゃないなら来月まで待てるよね?来月になったら納得して別れるって約束する。その後誰とすぐに付き合っても文句も言わないよ?それでもダメ?」
きっとさっきまで壱哉は凛さんとの事を私に馬鹿正直に言うつもりでいたと思う。
だけどその道を絶たれ、今返答出来ずにいる。
馬鹿な壱哉。
私の詭弁に乗らずにハッキリと切ってしまえば良いのに。
これから別れる女になんてどう思われたって構わないだろうに。
誠実な男で在りたい壱哉にとって、元カノになる私の発言は無視出来ないものなんだ。
馬鹿みたいだ。
どれだけ演じたって壱哉は誠実な男じゃないのだから、開き直って好きに振る舞えば楽になるのに。
「わかった…。来月までは待つよ…。」
「ありがとう…壱哉。」
「だけど、今までと全く同じには出来ない…。俺から連絡したり、休みの日に会ったり、休憩室で一緒に過ごしたり…。そう言うのもう出来ない。来月の誕生日は一緒に居る様にするけど…。」
渋々と了承するも、条件を並べる壱哉。
それはもう付き合ってるって言えないだろ。と突っ込む気にもならない。
無理なら無理って言えば良いのに。
私の真意に気付く事もない。
私は壱哉と一日でも長く一緒にいたくてごねている訳ではなく、誠実な男という自分像に囚われている壱哉が、凛さんと会う時に後ろめたさを感じる様にしむけただけ。
明日は精々嫌な引っ掛かりを持ったまま凛さんと会えば良い。
疲れた顔をしてベンチに座り込んでいる壱哉を放置しスマホを見る。
また木内稔からのメッセージがきていた。
『明日CLOSE後2人を尾行するから。』
この人ホント気持ち悪いな。
浮気ほぼ確定の彼女の後を尾けるとか…。
やっぱりメンヘラだ。
こんな茶番に付き合う義理はない。
『そうですか。』
『せいぜい頑張って下さい。』と投槍な返信をした瞬間既読が付いた。
暇か。
フッと軽く吹き出した私を壱哉がチラッと見てきたけど無視をする。
スマホを仕舞おうとしているのに、木内稔から直ぐに返信が来た。
『君も来るんだよ。』
『22時に従業員口集合ね。』
「は?」
思わず飛び出した声。
「どうした?」
壱哉が心配気に訊ねてきた。
私は「何でもない。」と返し再度スマホに視線を戻す。
断る。
そう送ろうとした矢先。
『じゃあ、決定!おやすみ!』の文字が追加で送られてくる。
『勝手に決めないで下さい!』
慌ててそう送ったけれど、それ以降返答も既読もつかなかった。
完全に巻き込まれてしまった。
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