休憩室の端っこ

seitennosei

文字の大きさ
上 下
24 / 24

24

しおりを挟む
逸る気持ちに急かされる。
時間には十分な余裕があるのに歩く速度が加速していく。
待ち合わせの駅に着いてしまう前に、ビルのガラスに全身を映して最終チェックをする。
ミモレ丈のタイトスカートに白いドルマンのブラウス。
ホワッとしたボリューミーなブラウスで上半身の貧相さを隠し、タイトスカートにINすることによってウエストを細く見せている。
いつもの私よりは女らしいコーデだけど、急に気合いを入れすぎるのもはばかられ、小物はスニーカーとキャップと小振りのトートバッグでカジュアルにした。
海くんと付き合って2週間。
職場から一緒に帰ったり、早めに出勤して休憩室で話したりはしていたけれど、はじめてちゃんと待ち合わせをしてデートをする。
「海くんがどんな格好が好きなのか探っておけば良かったな。」
ガラスに映る自分が可愛くなくてガッカリする。
今日、海くんの好みをリサーチしてこれからに活かそう。
そう気合いを入れて駅に向かった。

待ち合わせ時間の15分前。
駅に着くと柱や壁にもたれ、連れを待つ人達がパラパラと疎らにいる。
ザッと見渡すも、海くんの姿はない。
まだ時間までかなりある。
周囲に誰もいない柱を陣取り、バッグからスマホを出し時間を潰す。
暫くスマホを弄っていると、黒スキニーの裾とスタンスミスのスニーカーが、俯き気味の視界に入ってきた。
疑問に思い、スタンスミスのイラストと暫し見詰め合う。
その足の持ち主からであろう視線を間近に感じ戸惑う。
恐る恐る顔を上げると、イマドキ風の知らない男の子が笑顔で立っている。
「一花さん、早いね。」
その男の子が海くんの声を口から出した。
「…ん?え?海くん?」
よくよく見れば完全に海くんだ。
けれど、身に着けている物がどれ一つとして海くんの物ではない。
白い綿のノーカラーシャツに黒スキニー。
真新しい緑色のスタンスミスに丸いレンズの伊達メガネ。
伸びっぱなしだった髪の毛も前髪のみ長めに残して、後ろは刈り上げられスッキリとしている。
普通にオシャレなんですけど。
唐突に熟れた感じ出しやがって。
貴方一体誰ですかと言う気持ちになる。
「やっぱり変かな?高橋くんにお願いして、一花さんと似合いそうな感じにしてもらったんだけど…。」
唖然とする私の反応で不安げに頭を掻き、海くんは自分の格好を見下ろした。
「違う違う!ビックリしちゃって。凄く良い!似合ってるし、そういう感じ好き!」
慌ててポジティブな感想を伝える。
嘘ではない。
本当に私好みのファッションだ。
だけど、海くんがどんな格好でも私は好きなのに。
こんなに誰から見ても格好良くなってしまったらと、一瞬にして不安になる。
「凄くカッコイイけど…あんまりオシャレになっちゃうの心配…。私だけが海くんのことカッコイイって知ってたのにって…。」
ネガティブな方の感想まで口をついて出る。
「ふはっ。」
不安げな私を余所に、何が面白いのか海くんは吹き出した。
「ないない。高橋くんのお陰で普通に街を歩けるレベルにしてもらったけど、カッコイイなんて思うの一花さんだけだよ。」
目を細めて笑う海くん。
「一花さんとデートするのに卑屈になりたくないから高橋くんに相談したんだよ。全部一花さんと一緒にいたくてやったんだから、オシャレになって調子乗って一花さんから離れるとかないからね?」
いじけて俯いている私の顔を覗き込み諭してくる。
その仕草も、上目遣いの顔も全て可愛くて叫び出したくなる。
「うぅ…。」
叫ぶのを我慢したら唸り声が出てしまった。
私は今、完全に浮かれている。
今この瞬間、世界で一番ポンコツだろう。
海くんを好きだと思う以外の全ての事が手に付かない自信がある。
今ならどんな簡単な作業も失敗する自信があるし、どんな稚拙な詐欺にも引っ掛かるだろうと胸を張って言える。
思えばこれが私にとって生まれて初めてのデートだ。
尊先輩とはまともにデートをしたことがなかった。
いつも家でダラダラするだけ。
好きな人と待ち合わせして、一緒にお出かけするのってこんなに幸せなことなのだと、現在進行形で実感している。
浮かれても多少は許されるだろう。
「一花さん、今日スカートなんだね。可愛い…。」
海くんが頬を赤らめ、照れながら言った。
釣られて私も赤くなる。
これからずっと一緒にいたら、これが当たり前になっていって、有難みが薄れ、喧嘩をしたり、嫌になったりする日がくるのだろう。
その時に今日の今の気持ちを思い出して、何度でも仲直りしたい。
そうやって海くんとずっと一緒にいたい。
「一花さん、行こうか?」
海くんが左手で私の右手をとった。
そして先を歩き出す。
手を引かれるようにして、ほんの少し後ろをついて行く。
後ろから見ると、海くんの耳が真っ赤になっていて、また愛しさが込み上げてくる。
私は指を絡めるように手を繋ぎ直し、身体をくっ付けすぐ横を歩く。
最初は休憩室の端っこで、ほんの少しの時間を共有するだけだった私達が、今では手を繋いで外を歩けるようになったんだ。
困らせて、泣かせて、そんな酷い始まり方だったけれど、あの時強引にでも海くんに近付いて良かったと、私は思った。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

【R18 大人女性向け】会社の飲み会帰りに年下イケメンにお持ち帰りされちゃいました

utsugi
恋愛
職場のイケメン後輩に飲み会帰りにお持ち帰りされちゃうお話です。 がっつりR18です。18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

下品な男に下品に調教される清楚だった図書委員の話

神谷 愛
恋愛
クラスで目立つこともない彼女。半ば押し付けれられる形でなった図書委員の仕事のなかで出会った体育教師に堕とされる話。 つまらない学校、つまらない日常の中の唯一のスパイスである体育教師に身も心も墜ちていくハートフルストーリー。ある時は図書室で、ある時は職員室で、様々な場所で繰り広げられる終わりのない蜜月の軌跡。 歪んだ愛と実らぬ恋の衝突 ノクターンノベルズにもある ☆とブックマークをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

憧れの童顔巨乳家庭教師といちゃいちゃラブラブにセックスするのは最高に気持ちいい

suna
恋愛
僕の家庭教師は完璧なひとだ。 かわいいと美しいだったらかわいい寄り。 美女か美少女だったら美少女寄り。 明るく元気と知的で真面目だったら後者。 お嬢様という言葉が彼女以上に似合う人間を僕はこれまて見たことがないような女性。 そのうえ、服の上からでもわかる圧倒的な巨乳。 そんな憧れの家庭教師・・・遠野栞といちゃいちゃラブラブにセックスをするだけの話。 ヒロインは丁寧語・敬語、年上家庭教師、お嬢様、ドMなどの属性・要素があります。

処理中です...