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無事、第一志望に受かった。
実家から一時間半の場所にある学校。
過保護な母は実家から通えと言うが、何の為に遠い学校にしたのか。
地元は絶対に出る。
駅前の不動産屋で春から住む部屋の契約をした。
古くて汚いアパートだったが、あの地元を出られると思えば寂れた部屋も立派な城に思える。
春からお世話になる街をブラブラと歩く。
この辺でバイトも探さなければならない。
フッと空腹に気付き、目に付いたファーストフード店に入った。
昼時を過ぎ、疎らにしか席の埋まっていない2階の客席。
そこで食事をしているとトイレの前から威圧的な声が聞こえてきた。
そちらを見ると、新人らしき男子高校生のスタッフが、先輩である男性スタッフに叱られている。
何でも数分前にトイレ掃除を指示したのに、全く綺麗になっていなかったようで、サボっていたのではないかと責められているらしかった。
新人は焦りつつも弁解しているが、先輩に萎縮しまともに話せていない。
他人が責められているのを見るのは居た堪れない。
他所でやってくれねぇかなー。とそちらの方を見ないようにしていると別の声が響いた。
「なにやってんの?」
スタッフルームらしき扉からスラッとした女性が出てきた。
「一花、聞いてくれよ。こいつさー」
「いやいや、川崎くんのことじゃなくて、高橋がなにしてんの?って言ってんの。」
女性に睨まれ、男性スタッフはいじけたように口を尖らせ黙った。
「お客様に聞こえると不快だから、注意は裏でやることになっているでしょ?」
「チッ。へーい、すいやせんした。」
「あと、トイレ掃除サボったとかどうとか聞こえたけど、本当に川崎くんがサボってるいところを見たの?」
低くなる女性の声に、若干の焦りの色を見せ言い訳をはじめる男性スタッフ。
「見た…訳じゃないけど…トイレが汚いままだった。あれは一切手を付けてない。」
「じゃあ、座って休んでいたとか、ダラダラしていた所を見たわけじゃないのね?」
「いや、見なくても普通に考えてサボりでしょ!」
女性は「はーっ」とため息を吐き、川崎くんという新人だけをスタッフルームに戻すと、諭すように話し始めた。
「私中で田島さんとモニター見てたんだけど、川崎くんお客様のお荷物運んだり、お子さんの相手してあげたりずっとフロアのことやってたよ。まずその話は聞いてあげたの?聞いてあげてから接客も大事だけどトイレ掃除も大事だって、優先順位を教えなきゃだよね?」
「あーもー、わかったわかった。フロアにいたとか知らなかったし。はいはい、俺が悪いよ。ごめんごめん。」
明らかに納得していない感じの返答だが、女性はこれ以上男性スタッフを追い詰めるようなことはしなかった。
俺はもっとガッツリ言ってやれば良いのにと、少し不完全燃焼感を持った。
無関係ながらモヤモヤしつつ動向を見守っていると、女性は話を打ち切り、出てきた扉へ戻ろうと歩き出した。
その後ろ姿に男性スタッフが鼬の最後っ屁をかます。
「一花さ、お客様に聞こえるように注意すんなって言うけど、今のお前もそうだよね?」
女性が満面の笑顔で振り返る。
「だって、わざとだもん。」
「は?」
踵を返しツカツカと男性スタッフの元まで戻る。
「川崎くんの名誉の為だよ。途中から裏に入って話したら、お客様は川崎くんが本当にサボってたって思ったまま帰るかもしれないじゃん。どうせだったら見苦しいスタッフ間のやり取りも最後まで見てもらおうと思って。」
「…。俺、お前のことホント嫌い。」
女性は全く堪える様子もなく「ははっ」と笑うと、「私は高橋嫌いじゃないよ。」と言った。
ギョッとして固まる男性スタッフ。
「アンタかなり仕事出来ちゃう人なんだから、アンタのペースを新人に求めないでよ。とは思うけど。高橋は何だかんだ言って面倒見が良いから新人に色々言っちゃうんだろうけどさ、人より早く仕事できるんだから人の面倒だけじゃなくて自分の仕事で上目指しなよ。」
トントンと男性スタッフの肩を叩きサッパリとした笑顔を向けている。
フォローが上手すぎて、さっきまでいじけていた男性スタッフが耳まで赤くして照れている。
女性の気遣いと、会話の運びに感動してしまった。
正論で攻撃して男性スタッフを完全にやり込めることは簡単だろう。
でもそれをせず、必要以上に傷付けることなく場を収めたのだ。
川崎くんはあの時、心を押し殺していた。
男性スタッフはその心を見ようともせずに捨てた。
だけどあの女性が捨てられた心を拾い上げて大事に温めてから元に戻してあげた。
川崎くんはもう大丈夫だろう。
一人だけでもちゃんと自分を見てくれている人がいるという支えがあるだけで全く違う。
針のむしろの中高校生活を過ごした俺にはわかる。
だからこそ、そんな人が一人でもあのクラスにいたのならと思ってしまう。
そうしたらあの酷い高校生活の中にも、安らげる居場所が出来たかもしれないのに。
その日、履歴書を買って帰った。
1ヶ月後、大学入学前の春休み中。
俺はこの店でバイトの面接を受けた。
見事受かり、休憩室で必要書類について店長と話していると一人の女性が入ってきた。
「お疲れ様です。…あ、新しい人ですか?」
前に川崎くんを救った女性だった。
「一花おつかれ。まだ必要事項確認中だから休憩なら静かにしてろよ。あれ?そう言や…」
店長は俺の履歴書を見て何か考えている。
「一花、この新人くんも山田だってさ。」
「え!?」
静かにしているよう言われ、少し離れた所に座っていた女性が再度こちらまで来る。
「本当だ!」
俺の履歴書を覗き込み楽しそうに言う。
「私、山田一花です。山田くんだと被っちゃうから海くんって呼ぶね。私のことは一花って呼んで下さい。」
真っ直ぐに見てくる笑顔が眩しい。
気恥ずかしくなり俯いてしまう。
感じ悪くはならないように出来るだけ落ち着いた声色で応える。
「はい、よろしくお願いします。一花さん。」
今思えば、この時から一花さんは俺の特別だった。
実家から一時間半の場所にある学校。
過保護な母は実家から通えと言うが、何の為に遠い学校にしたのか。
地元は絶対に出る。
駅前の不動産屋で春から住む部屋の契約をした。
古くて汚いアパートだったが、あの地元を出られると思えば寂れた部屋も立派な城に思える。
春からお世話になる街をブラブラと歩く。
この辺でバイトも探さなければならない。
フッと空腹に気付き、目に付いたファーストフード店に入った。
昼時を過ぎ、疎らにしか席の埋まっていない2階の客席。
そこで食事をしているとトイレの前から威圧的な声が聞こえてきた。
そちらを見ると、新人らしき男子高校生のスタッフが、先輩である男性スタッフに叱られている。
何でも数分前にトイレ掃除を指示したのに、全く綺麗になっていなかったようで、サボっていたのではないかと責められているらしかった。
新人は焦りつつも弁解しているが、先輩に萎縮しまともに話せていない。
他人が責められているのを見るのは居た堪れない。
他所でやってくれねぇかなー。とそちらの方を見ないようにしていると別の声が響いた。
「なにやってんの?」
スタッフルームらしき扉からスラッとした女性が出てきた。
「一花、聞いてくれよ。こいつさー」
「いやいや、川崎くんのことじゃなくて、高橋がなにしてんの?って言ってんの。」
女性に睨まれ、男性スタッフはいじけたように口を尖らせ黙った。
「お客様に聞こえると不快だから、注意は裏でやることになっているでしょ?」
「チッ。へーい、すいやせんした。」
「あと、トイレ掃除サボったとかどうとか聞こえたけど、本当に川崎くんがサボってるいところを見たの?」
低くなる女性の声に、若干の焦りの色を見せ言い訳をはじめる男性スタッフ。
「見た…訳じゃないけど…トイレが汚いままだった。あれは一切手を付けてない。」
「じゃあ、座って休んでいたとか、ダラダラしていた所を見たわけじゃないのね?」
「いや、見なくても普通に考えてサボりでしょ!」
女性は「はーっ」とため息を吐き、川崎くんという新人だけをスタッフルームに戻すと、諭すように話し始めた。
「私中で田島さんとモニター見てたんだけど、川崎くんお客様のお荷物運んだり、お子さんの相手してあげたりずっとフロアのことやってたよ。まずその話は聞いてあげたの?聞いてあげてから接客も大事だけどトイレ掃除も大事だって、優先順位を教えなきゃだよね?」
「あーもー、わかったわかった。フロアにいたとか知らなかったし。はいはい、俺が悪いよ。ごめんごめん。」
明らかに納得していない感じの返答だが、女性はこれ以上男性スタッフを追い詰めるようなことはしなかった。
俺はもっとガッツリ言ってやれば良いのにと、少し不完全燃焼感を持った。
無関係ながらモヤモヤしつつ動向を見守っていると、女性は話を打ち切り、出てきた扉へ戻ろうと歩き出した。
その後ろ姿に男性スタッフが鼬の最後っ屁をかます。
「一花さ、お客様に聞こえるように注意すんなって言うけど、今のお前もそうだよね?」
女性が満面の笑顔で振り返る。
「だって、わざとだもん。」
「は?」
踵を返しツカツカと男性スタッフの元まで戻る。
「川崎くんの名誉の為だよ。途中から裏に入って話したら、お客様は川崎くんが本当にサボってたって思ったまま帰るかもしれないじゃん。どうせだったら見苦しいスタッフ間のやり取りも最後まで見てもらおうと思って。」
「…。俺、お前のことホント嫌い。」
女性は全く堪える様子もなく「ははっ」と笑うと、「私は高橋嫌いじゃないよ。」と言った。
ギョッとして固まる男性スタッフ。
「アンタかなり仕事出来ちゃう人なんだから、アンタのペースを新人に求めないでよ。とは思うけど。高橋は何だかんだ言って面倒見が良いから新人に色々言っちゃうんだろうけどさ、人より早く仕事できるんだから人の面倒だけじゃなくて自分の仕事で上目指しなよ。」
トントンと男性スタッフの肩を叩きサッパリとした笑顔を向けている。
フォローが上手すぎて、さっきまでいじけていた男性スタッフが耳まで赤くして照れている。
女性の気遣いと、会話の運びに感動してしまった。
正論で攻撃して男性スタッフを完全にやり込めることは簡単だろう。
でもそれをせず、必要以上に傷付けることなく場を収めたのだ。
川崎くんはあの時、心を押し殺していた。
男性スタッフはその心を見ようともせずに捨てた。
だけどあの女性が捨てられた心を拾い上げて大事に温めてから元に戻してあげた。
川崎くんはもう大丈夫だろう。
一人だけでもちゃんと自分を見てくれている人がいるという支えがあるだけで全く違う。
針のむしろの中高校生活を過ごした俺にはわかる。
だからこそ、そんな人が一人でもあのクラスにいたのならと思ってしまう。
そうしたらあの酷い高校生活の中にも、安らげる居場所が出来たかもしれないのに。
その日、履歴書を買って帰った。
1ヶ月後、大学入学前の春休み中。
俺はこの店でバイトの面接を受けた。
見事受かり、休憩室で必要書類について店長と話していると一人の女性が入ってきた。
「お疲れ様です。…あ、新しい人ですか?」
前に川崎くんを救った女性だった。
「一花おつかれ。まだ必要事項確認中だから休憩なら静かにしてろよ。あれ?そう言や…」
店長は俺の履歴書を見て何か考えている。
「一花、この新人くんも山田だってさ。」
「え!?」
静かにしているよう言われ、少し離れた所に座っていた女性が再度こちらまで来る。
「本当だ!」
俺の履歴書を覗き込み楽しそうに言う。
「私、山田一花です。山田くんだと被っちゃうから海くんって呼ぶね。私のことは一花って呼んで下さい。」
真っ直ぐに見てくる笑顔が眩しい。
気恥ずかしくなり俯いてしまう。
感じ悪くはならないように出来るだけ落ち着いた声色で応える。
「はい、よろしくお願いします。一花さん。」
今思えば、この時から一花さんは俺の特別だった。
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