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スクールカースト上位グループ、高野さんのハンカチがなくなったらしい。
クラスの空気なんてカースト上位者の一声でガラッと変わるもの。
ついさっきまで各々が昼休みを好きに過ごしていたのに、高野さんの「ハンカチがない。」の一言でクラス中がざわめき出した。
そのハンカチは友人から誕生日にプレゼントされた大切な物で、ブランドはANNA SUI。
紫色で縁に黒いレースがヒラヒラしていて、ピンクのチョウチョの刺繍が入っているやつだそうだ。
興味もないのに耳に入ってくる。
それは俺のすぐ横でカースト上位陣が騒いでいるからだ。
俺に聞こえるように、わざわざ近くで騒いでいるのだろう。
コイツらは俺を疑っているのだ。
無理もないことだと思う。
何故なら、机の横に掛けてある俺のカバンからそのハンカチがチラッと見えているからだ。
厳密に言うと『そのハンカチ』ではない。
これは妹のハンカチであり、同種の別個体だ。
過保護気味な母がズボラな息子を心配し、カバンの隙間からハンカチとティッシュを忍ばせた結果だ。
しかし俺をズボラに育て上げただけはある。
母も大概だ。
きっと妹のカバンには無地で全く可愛げのないハンカチが放り込まれていることだろう。
普段だったら笑い話で済む。
「母さん、汐のハンカチ入れるなよ~。」
「私のお気に入りのハンカチお兄使ったの?ちゃんと洗ってよ!」
「あら、ごめんね~。」
なんて、帰宅後に家族で笑って終わりだったはずなのに。
母を恨む。
いや、それは流石にお門違いか。
高校生にもなって母にハンカチを用意させてしまう俺が悪い。
俺が悪いのだが、ここまでの酷い仕打ちを受ける程の悪事だろうかと神に問いたい。
至近距離からあからさまに突き刺さる視線と、遠巻きにチラチラと伺うような視線を感じる。
いよいよ大事になってきた。
もう一層のこと認めてしまおうか。
「俺が盗りました」って。
その方が楽になる気がして来る。
認めでもしないと終わらないだろう。
「妹のなんだ。」なんて誰が信じると言うのか。
違うんだと叫びたい。
高野さんなんて本当にコレっぽっちも興味がない。
興味があるのは森本さんなんだ。
控えめで、文学少女で、絵に描いたような理想の女の子。
嫌われるのが怖くて見ているだけで、何にも迷惑はかけていない。
本当に秘かに想っているだけで、森本さんのハンカチですら盗もうなんて考えたこともないのに、高野さんの物なんてやると言われたっていらない。
それにしたって、こんなこと言えるわけもない。
痴漢が疑われた時の常套句に「こんなブス触るか!」と言うものがあるらしいが、それを言うやつは大抵触っているらしい。
本当に冤罪の場合は青天の霹靂で慌てふためき、まともに話したり出来ないものだ。
「高野さんに興味ないから俺じゃない!」なんて言った日には、その痴漢のような往生際の悪さを晒してしまう。
往生際が悪いも何も実際にやっていないのだけど。
どんな行動をシミュレーションしても嘘くさくしかならない。
俺本人でさえ、盗んだと認めるのが一番自然な流れに思えてしまう。
途方に暮れ、顔を伏せたまま森本さんを盗み見る。
教室の端で不安そうにこちらを伺っている。
「山田さ、ちょっと良い?」
カースト上位者、雰囲気イケメンの三木が声を掛けてきた。
「な、なに?」
大量の汗が額に浮かび、目が泳ぎ、声が震える。
挙動不審の極み。
犯人ですと言っている様なもんだ。
「そのカバンのハンカチさ…。山田の?」
「…い、妹のだけど。」
うそくせぇー!
俺でもそう思う。
静まる教室に俺の唾を飲む音が響く。
「それって証明出来る?」
これで証明できなかったら俺の学校生活は終わる。
一縷の望みを掛け、カバンからハンカチを出して、成分表のタグを見る。
消えかけてはいるが、母の筆跡で『山田 汐』と書いてある。
取り敢えずホッと一安心。
「これ…。」
三木達に見せると拍子抜けな程にあっさりと疑いは晴れた。
が、謝罪の言葉は一切なかった。
「勿体つけないでさっさと言えよ。」とか、「盗んでても違和感ない山田が悪い。」とか、「妹のハンカチ使ってるとか普通にヤバい。」とか、言いたい放題言われた。
悔しかったが、俺も妹のハンカチ使う兄貴ってどうなの?と自覚があるので強く反論も出来なかった。
いや、使いたくて使っているわけではないけども。
恐る恐る森本さんの方を見ると、あからさまにパッと目を逸らされた。
終わった。
何も始まっていなかったけど、完全に終わった。
秘かに好意を寄せることすら迷惑だと言われた気がした。
もともとカースト最下層の地味男だったが、妹のハンカチを使うキモイ奴という最高にヤバい肩書きを得てしまった。
冤罪は晴れたのに、結局俺の学校生活は終わってしまった。
もう良いんだ。
ここは捨てる。
大学は県外へ行こう。
こんな居場所のない空間に執着はない。
もう全てがどうでもいいが、ただ一つどうしてもクラスメイト達に言いたかったことがある。
盗んだハンカチを見えるように仕舞うやつなんているわけねーだろ、このバカどもが。
クラスの空気なんてカースト上位者の一声でガラッと変わるもの。
ついさっきまで各々が昼休みを好きに過ごしていたのに、高野さんの「ハンカチがない。」の一言でクラス中がざわめき出した。
そのハンカチは友人から誕生日にプレゼントされた大切な物で、ブランドはANNA SUI。
紫色で縁に黒いレースがヒラヒラしていて、ピンクのチョウチョの刺繍が入っているやつだそうだ。
興味もないのに耳に入ってくる。
それは俺のすぐ横でカースト上位陣が騒いでいるからだ。
俺に聞こえるように、わざわざ近くで騒いでいるのだろう。
コイツらは俺を疑っているのだ。
無理もないことだと思う。
何故なら、机の横に掛けてある俺のカバンからそのハンカチがチラッと見えているからだ。
厳密に言うと『そのハンカチ』ではない。
これは妹のハンカチであり、同種の別個体だ。
過保護気味な母がズボラな息子を心配し、カバンの隙間からハンカチとティッシュを忍ばせた結果だ。
しかし俺をズボラに育て上げただけはある。
母も大概だ。
きっと妹のカバンには無地で全く可愛げのないハンカチが放り込まれていることだろう。
普段だったら笑い話で済む。
「母さん、汐のハンカチ入れるなよ~。」
「私のお気に入りのハンカチお兄使ったの?ちゃんと洗ってよ!」
「あら、ごめんね~。」
なんて、帰宅後に家族で笑って終わりだったはずなのに。
母を恨む。
いや、それは流石にお門違いか。
高校生にもなって母にハンカチを用意させてしまう俺が悪い。
俺が悪いのだが、ここまでの酷い仕打ちを受ける程の悪事だろうかと神に問いたい。
至近距離からあからさまに突き刺さる視線と、遠巻きにチラチラと伺うような視線を感じる。
いよいよ大事になってきた。
もう一層のこと認めてしまおうか。
「俺が盗りました」って。
その方が楽になる気がして来る。
認めでもしないと終わらないだろう。
「妹のなんだ。」なんて誰が信じると言うのか。
違うんだと叫びたい。
高野さんなんて本当にコレっぽっちも興味がない。
興味があるのは森本さんなんだ。
控えめで、文学少女で、絵に描いたような理想の女の子。
嫌われるのが怖くて見ているだけで、何にも迷惑はかけていない。
本当に秘かに想っているだけで、森本さんのハンカチですら盗もうなんて考えたこともないのに、高野さんの物なんてやると言われたっていらない。
それにしたって、こんなこと言えるわけもない。
痴漢が疑われた時の常套句に「こんなブス触るか!」と言うものがあるらしいが、それを言うやつは大抵触っているらしい。
本当に冤罪の場合は青天の霹靂で慌てふためき、まともに話したり出来ないものだ。
「高野さんに興味ないから俺じゃない!」なんて言った日には、その痴漢のような往生際の悪さを晒してしまう。
往生際が悪いも何も実際にやっていないのだけど。
どんな行動をシミュレーションしても嘘くさくしかならない。
俺本人でさえ、盗んだと認めるのが一番自然な流れに思えてしまう。
途方に暮れ、顔を伏せたまま森本さんを盗み見る。
教室の端で不安そうにこちらを伺っている。
「山田さ、ちょっと良い?」
カースト上位者、雰囲気イケメンの三木が声を掛けてきた。
「な、なに?」
大量の汗が額に浮かび、目が泳ぎ、声が震える。
挙動不審の極み。
犯人ですと言っている様なもんだ。
「そのカバンのハンカチさ…。山田の?」
「…い、妹のだけど。」
うそくせぇー!
俺でもそう思う。
静まる教室に俺の唾を飲む音が響く。
「それって証明出来る?」
これで証明できなかったら俺の学校生活は終わる。
一縷の望みを掛け、カバンからハンカチを出して、成分表のタグを見る。
消えかけてはいるが、母の筆跡で『山田 汐』と書いてある。
取り敢えずホッと一安心。
「これ…。」
三木達に見せると拍子抜けな程にあっさりと疑いは晴れた。
が、謝罪の言葉は一切なかった。
「勿体つけないでさっさと言えよ。」とか、「盗んでても違和感ない山田が悪い。」とか、「妹のハンカチ使ってるとか普通にヤバい。」とか、言いたい放題言われた。
悔しかったが、俺も妹のハンカチ使う兄貴ってどうなの?と自覚があるので強く反論も出来なかった。
いや、使いたくて使っているわけではないけども。
恐る恐る森本さんの方を見ると、あからさまにパッと目を逸らされた。
終わった。
何も始まっていなかったけど、完全に終わった。
秘かに好意を寄せることすら迷惑だと言われた気がした。
もともとカースト最下層の地味男だったが、妹のハンカチを使うキモイ奴という最高にヤバい肩書きを得てしまった。
冤罪は晴れたのに、結局俺の学校生活は終わってしまった。
もう良いんだ。
ここは捨てる。
大学は県外へ行こう。
こんな居場所のない空間に執着はない。
もう全てがどうでもいいが、ただ一つどうしてもクラスメイト達に言いたかったことがある。
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