休憩室の端っこ

seitennosei

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ガヤガヤと騒がしい居酒屋の座敷。
「ホント有り得なくないですか?!」
顔を真っ赤にした日菜子が口を尖らせて喚いた。
「今日だって勝手に残業して、高橋さんと飲む約束しちゃって…。私の行ってみたいバル行こうって言ってたのに!」
飲み干した生ジョッキの底でテーブルを強く叩く。
ガンッと大きい音がし、隣のテーブルの会社員達がチラッとこちらを見てきた。
私は済まなさそうな顔を作り、隣の人達に向かって会釈をしておいた。
「日菜子、ちょと落ち着こうか。バル行きたかったんでしょ?ほら、次はワインでも頼む?」
「いいです!こんなとこのワインなんて!すいませーん!おにーさーん!生中!」
日菜子は一つ年下の大学生で、私を慕ってくれている可愛い後輩だ。
そして同じ店で働いている大学4年の仲宗根さんと付き合っている。
その仲宗根さんが日菜子との約束を忘れ、高橋と飲みに行く約束をしてしまったらしい。
話し合いの結果今回は3人で飲むことで話は着いたらしいが、「オシャレなバルなら一人でも楽しめますけど、居酒屋で女子一人とか、男子二人で盛り上がりだしたら詰まんないじゃないですか!」とのことで、私が急遽誘われた。
仲宗根さんと高橋はまだ勤務中で、後から合流予定だ。
女子二人で先に飲みはじめたはいいが、日菜子だけ早々に出来上がってしまった。
二十歳でお酒の飲み方を模索中な今、初めてのやけ酒じゃこうなるのは予想出来た。
「今日は介抱する日決定だな。」
私は二杯目から烏龍茶にした。

「そんなことよりぃ。一花さんって経験人数何人ですかぁ?」
手に持つ烏龍茶を零しそうになる。
寸でのところで持ちこたえた烏龍茶が、コップの中でチャプチャプと揺れている。
「なに?急に。はー、零すかと思った。」
「私はユウしか知らないんです。中学から女子校だったし。でもユウは私が7人目なんです。なんか納得いかなくないですか?」
そう言ってまたジョッキを煽る。
喉を鳴らし三杯目の生を飲みきった。
「こんなの仕様がないってわかってるんですけど、前の人にヤキモチとか、意味ないし。でも時々無性に嫌になるんです。約束忘れるのも7人目だから…、慣れっこだから適当なのかなぁって。私にとっては初めてで全部大事なのにって。」
顔を真っ赤にし、涙で目を潤ませ日菜子は吐露する。
ヤキモチを焼く女の子は可愛い。
なんだかずっと眺めていられる気分になる。
本人は辛くてそれどころではないのだろうけど。
仲宗根さんを本当に好きなことが伝わってきて微笑ましい。
それにしても仲宗根さん、20代前半で経験人数7人だとは…。
なかなかやりおる。
リア充だとそんなに可笑しくない数字なのだろうか。
尊先輩はとっくに二桁超えていそうだが。

「でぇ、一花さんは経験人数何人なんですかぁ?」
矛先がこちらへ向く。
あちらが勝手に話し出したとはいえ、日菜子の胸の内を聞いてしまった後だと、私も自己開示をしない訳にはいかないような雰囲気になる。
「えー…。まあ、一人…。」
「へー、お前処女じゃねーんだ。」
突然後ろから低い声がして振り返る。
「良かったな。お前に欲情する男が世界中に一人でもいて。」
高橋が気持ち悪い笑顔で立っている。
面倒くさい奴に聞かれた。
取り敢えず無視をして、高橋の後ろに立つ仲宗根さんに挨拶しようとして固まる。
仲宗根さんの更に後ろにもう一人の影が。
「海くん…?」
「…お疲れ様。」
先程のやりとり、聞こえていただろうか。
海くんにだけには聞かれたくなかった。
「ヒナ、なんちゅうこと一花ちゃんに言わせてるの。」
仲宗根さんは靴を脱ぐと、日菜子の隣の座布団に腰掛けた。
日菜子はわざとらしく無視してムクれている。
「なあ、それいつ?相手は?」
高橋がニヤつきながら隣に座ると、先程の話を蒸し返してきた。
海くんは静かに高橋の横に座ってメニューを開く。
「何でも良いでしょ!ちょっと離れて座ってよ!」
「良いじゃん!教えろよ!」
嫌がる私の肩に顎を乗せ、鼻先を頬にくっ付けてくる。
「嫌だってば!」
身体を捩って高橋を押し返す。
「言わないと擽るぞ。」
耳元で囁かれる。
微かにニチャッと音がして、見なくても高橋が愉快そうに笑っていることがわかる。
手がウエストに伸びる気配がして、グッと身構える。
限界だ。
空気を壊してしまうとか考えずにハッキリ言おう。
「あのさ、」
「高橋くん!」
突然のしかかっていた重さが消える。
そちらを見ると、海くんが高橋の腕を掴み、自分の方に引き寄せていた。
「高橋くんが食べたいって言ってたのこれ?あ、こっちも美味しそうだよ!」
「うお!なんだよ、海!引っ張るなよ!」
「早く注文して乾杯しよう!」
不自然にはしゃいでいる。
きっと私が困っていると察知し、助けてくれたのだ。
一緒に帰った日に会話を失敗して以来、ちょっと気まづさを覚えていたが、変わらない優しさに絆される。
「なんだよー、海が居酒屋でこんなにはしゃぐなら、もっと飲みとか誘えば良かったな。」
高橋が嬉しそうに言う。
休憩室で論破されて以来、高橋は海くんがお気に入りだ。
海くんも満更ではなさそうにしている。
私はちょっとだけ寂しい。
海くんが、皆に打ち解けて楽しそうなのは良いことのはずなのに。
しれっとした顔で褒めてくれた後、慌てて突き放してきたり、控えめで気付かれない優しさ、きっとメガネ外したら目が綺麗で。
そういうの気付いているのが私だけだったらよかったのに。
「よし、じゃあ飲み物揃ったし乾杯するか。」
仲宗根さんの掛け声で皆グラスを持つ。
依然ふくれっ面の日菜子も面倒くさそうにグラスを持ち上げる。
「今日もお疲れー。乾杯!」
ガチャガチャとコップをぶつけ合って、海くんが初めて参加している飲み会が始まった。
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