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22時。
身支度を済ませバックヤードから外の駐車場に出ると、スーツ姿の尊先輩が本当に立っていた。
「おつかれー」
「お待たせしました。」
先程の店舗でのやり取りが余りに恐ろしかったので身構えていたが、案外普通の先輩後輩みたいな雰囲気になり拍子抜けする。
「スーツ…。就活ですか?」
「いや、内定貰ってるとこに内定者インターンでもう働かせてもらってる。…とりあえずなんか食い行く?」
3年振りの元カノをサラッと誘うのが相変わらず凄いと感心する。
私にとって二人での食事は同性の友人でもかなり親しくないと敷居が高い。
まして異性を誘うなんて更にハードルが上がる。
この人にとって元カノとご飯に行くことはなんでもないことなのだろうが、私にとって元彼と食事なんて未知の領域だ。
もうこれ以上関わりを大きくして振り回されたくない。
「いえ、ここでお願いします。お話が終わったら直ぐに帰るので。」
「相変わらず堅いな。」
尊先輩は文句がましく言いつつも、駐車場端の花壇の縁に腰を下ろした。
ジャケットの裾に土が付くも気にした様子はない。
怖くて逃げ出した。
二度と会いたくないと思っていた。
嫌いなところもいっぱいある。
それでも、こういう細かいことに拘らず、程よく適当なところは好きだったことを思い出した。
座らず向かい合う私を見上げ、尊先輩は真顔になる。
「単刀直入に訊くわ。」
来た。
私はゴクリと生唾を飲んだ。
「一花さ、お前何で何も言わないで消えたの?」
目がまた冷たい。
条件反射で謝ってしまいそうになる。
しかし、それではここに逃げずにいる意味がない。
当時私がどれだけ苦しかったのか、尊先輩に伝わるのかはわからないけれど、吐き出さなければ意味がない。
気持ちを奮い立たせて真っ直ぐに見据える。
「尊先輩に他にも彼女がいることを知ってしまったからです。」
とうとう言った。
夜の駐車場は暗く、私の発言を待っている間に俯いた尊先輩の表情は上手く確認できない。
不安になりながら反応を待つ私に、下を向いたままの尊先輩から重く冷たい声が返ってくる。
「で?それが何も言わずに消えて良い理由になるの?」
ひんやりとした汗が背中を伝う。
意識して呼吸していないと、いつの間にか息を吸うことを忘れてしまいそうだ。
居心地の悪さに軽い吐き気がする。
もう走って逃げてしまおうかと思い、足がヒクッと痙攣した瞬間、尊先輩がパッと顔を上げる。
「あー、悪ぃ悪ぃ。責める気はないから。純粋に知りたいだけだから。」
まるで苛立つ自身を落ち着けるように、嘘くさい笑顔でそう取り繕う。
尊先輩にイラつかれている。
そう私に思わせる為のパフォーマンスにも思える。
こうやって揺さぶって、自分の望む方向に事を運ぼうとしているのではないだろうか。
足の感覚がぼんやりとしだし、小さく震え出す。
兎に角、何か言わなくては。
「それだけじゃなくて!」
怯えている心を誤魔化すために強く発したせいで、声が思いの外大きくなり自分で驚く。
「それだけじゃなくて…。尊先輩が私を好きじゃないって。身体でズルズル続いてるって話を聞いてしまって…。大切にされてないなら私も向き合わないで逃げようって…。」
もう尊先輩は私を責めるのを止めてくれるだろうか。
普通ここまで聞けば、流石の尊先輩でも自分にも非があることを認めざるを得ないだろう。
理由もハッキリすれば、中途半端な執着をなくしてくれる筈だ。
そうであって欲しい。
縋る思いで目を閉じる。
「へー、わかった。納得した。お前もう帰っていいよ。」
面倒くさそうに言い放つ。
すくっと立ち上がる尊先輩の動きにビクッと身体が跳ねる。
恐る恐る顔を上げると、尊先輩は不気味な程にこやかな笑顔でこちらを見下ろしていた。
不自然に目の奥だけが全く笑っていない。
「んじゃ、俺もう行くけど…。どうかお元気でー。」
ジャケットの土を払うこともせずに足を前に一歩出す。
「あ、そうだ。」
金縛りにあったように動けない私の横をすり抜けながら耳元で囁く。
「お前、身体はホント良いから、欲しい男できたら取り敢えず脚開いとけよ。」
ヒュっと息が詰まる。
謝罪して欲しいとか、弁解して欲しいとか今更全く思わない。
それでも勝手に待ち伏せされて、するつもりも無かった話をさせられて、最終的に屈辱を与えられるなんて誰が予想できるのか。
一体、私がどれだけの罪を犯したと言うのだろう。
3年前から本当に尊先輩は私を好きでも大切でもなかったのだ。
今更あの頃の尊先輩の気持ちになんの期待もしていないかったが、「お前は大切にされるような存在じゃない。」と世界中から言われているようで苦しい。
私は男から好かれる価値のない女なんだ。
不意に海くんの顔が浮かぶ。
海くんに会いたい。
だけど、こんな精神状態で思い浮かべると、海くんを好きでいる想いまで汚れてしまう気がする。
いつも苦しい思いをすると、海くんが助けてくれた。
だから誰からも愛されない苦しさからも救ってくれる様に思えて縋ってしまいそうになる。
心がどんどんダメな方に飲まれていく。
もう汚れていてもいい。
卑怯でもいい。
海くんが欲しい。
「欲しい男できたら取り敢えず脚開いとけよ。」
脳裏に尊先輩の言葉が過ぎる。
身支度を済ませバックヤードから外の駐車場に出ると、スーツ姿の尊先輩が本当に立っていた。
「おつかれー」
「お待たせしました。」
先程の店舗でのやり取りが余りに恐ろしかったので身構えていたが、案外普通の先輩後輩みたいな雰囲気になり拍子抜けする。
「スーツ…。就活ですか?」
「いや、内定貰ってるとこに内定者インターンでもう働かせてもらってる。…とりあえずなんか食い行く?」
3年振りの元カノをサラッと誘うのが相変わらず凄いと感心する。
私にとって二人での食事は同性の友人でもかなり親しくないと敷居が高い。
まして異性を誘うなんて更にハードルが上がる。
この人にとって元カノとご飯に行くことはなんでもないことなのだろうが、私にとって元彼と食事なんて未知の領域だ。
もうこれ以上関わりを大きくして振り回されたくない。
「いえ、ここでお願いします。お話が終わったら直ぐに帰るので。」
「相変わらず堅いな。」
尊先輩は文句がましく言いつつも、駐車場端の花壇の縁に腰を下ろした。
ジャケットの裾に土が付くも気にした様子はない。
怖くて逃げ出した。
二度と会いたくないと思っていた。
嫌いなところもいっぱいある。
それでも、こういう細かいことに拘らず、程よく適当なところは好きだったことを思い出した。
座らず向かい合う私を見上げ、尊先輩は真顔になる。
「単刀直入に訊くわ。」
来た。
私はゴクリと生唾を飲んだ。
「一花さ、お前何で何も言わないで消えたの?」
目がまた冷たい。
条件反射で謝ってしまいそうになる。
しかし、それではここに逃げずにいる意味がない。
当時私がどれだけ苦しかったのか、尊先輩に伝わるのかはわからないけれど、吐き出さなければ意味がない。
気持ちを奮い立たせて真っ直ぐに見据える。
「尊先輩に他にも彼女がいることを知ってしまったからです。」
とうとう言った。
夜の駐車場は暗く、私の発言を待っている間に俯いた尊先輩の表情は上手く確認できない。
不安になりながら反応を待つ私に、下を向いたままの尊先輩から重く冷たい声が返ってくる。
「で?それが何も言わずに消えて良い理由になるの?」
ひんやりとした汗が背中を伝う。
意識して呼吸していないと、いつの間にか息を吸うことを忘れてしまいそうだ。
居心地の悪さに軽い吐き気がする。
もう走って逃げてしまおうかと思い、足がヒクッと痙攣した瞬間、尊先輩がパッと顔を上げる。
「あー、悪ぃ悪ぃ。責める気はないから。純粋に知りたいだけだから。」
まるで苛立つ自身を落ち着けるように、嘘くさい笑顔でそう取り繕う。
尊先輩にイラつかれている。
そう私に思わせる為のパフォーマンスにも思える。
こうやって揺さぶって、自分の望む方向に事を運ぼうとしているのではないだろうか。
足の感覚がぼんやりとしだし、小さく震え出す。
兎に角、何か言わなくては。
「それだけじゃなくて!」
怯えている心を誤魔化すために強く発したせいで、声が思いの外大きくなり自分で驚く。
「それだけじゃなくて…。尊先輩が私を好きじゃないって。身体でズルズル続いてるって話を聞いてしまって…。大切にされてないなら私も向き合わないで逃げようって…。」
もう尊先輩は私を責めるのを止めてくれるだろうか。
普通ここまで聞けば、流石の尊先輩でも自分にも非があることを認めざるを得ないだろう。
理由もハッキリすれば、中途半端な執着をなくしてくれる筈だ。
そうであって欲しい。
縋る思いで目を閉じる。
「へー、わかった。納得した。お前もう帰っていいよ。」
面倒くさそうに言い放つ。
すくっと立ち上がる尊先輩の動きにビクッと身体が跳ねる。
恐る恐る顔を上げると、尊先輩は不気味な程にこやかな笑顔でこちらを見下ろしていた。
不自然に目の奥だけが全く笑っていない。
「んじゃ、俺もう行くけど…。どうかお元気でー。」
ジャケットの土を払うこともせずに足を前に一歩出す。
「あ、そうだ。」
金縛りにあったように動けない私の横をすり抜けながら耳元で囁く。
「お前、身体はホント良いから、欲しい男できたら取り敢えず脚開いとけよ。」
ヒュっと息が詰まる。
謝罪して欲しいとか、弁解して欲しいとか今更全く思わない。
それでも勝手に待ち伏せされて、するつもりも無かった話をさせられて、最終的に屈辱を与えられるなんて誰が予想できるのか。
一体、私がどれだけの罪を犯したと言うのだろう。
3年前から本当に尊先輩は私を好きでも大切でもなかったのだ。
今更あの頃の尊先輩の気持ちになんの期待もしていないかったが、「お前は大切にされるような存在じゃない。」と世界中から言われているようで苦しい。
私は男から好かれる価値のない女なんだ。
不意に海くんの顔が浮かぶ。
海くんに会いたい。
だけど、こんな精神状態で思い浮かべると、海くんを好きでいる想いまで汚れてしまう気がする。
いつも苦しい思いをすると、海くんが助けてくれた。
だから誰からも愛されない苦しさからも救ってくれる様に思えて縋ってしまいそうになる。
心がどんどんダメな方に飲まれていく。
もう汚れていてもいい。
卑怯でもいい。
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