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フロアから休憩室に続く廊下への扉を開くと、賑やかな声が洩れ聞こえてくる。
今日は誰がいるのかと、部屋の中に入るまで少しワクワクする。
「お疲れ様でーす。」
「おお?壁が歩いて来たと思ったら一花じゃねぇか!」
挨拶をしながら休憩室に入ると、同い年で大学生バイトの高橋が下品に笑って絡んで来た。
釣られてそこにいた数人の男子学生達も笑うが、少し離れて座っている女子高生のユナだけが眉を釣り上げ不愉快そうな表情をしている。
夕方の休憩室は高校生や大学生バイトで賑わう。
そして男子が多い日はこんな感じで下品な雰囲気になりがちだ。
「一花さん、無視無視!こっちで女子トークしましょ!」
ユナが手招きし、向かいの席を指さす。
私がシャツのボタンを緩めながらユナの向かいに座ると、高橋も座っている椅子をガタつかせながら近づいて来た。
可愛いユナを気にしつつも、どう接して良いのか分からないまま、男子だけでコソコソ小さくなっていたくせに、弄りやすい私が来たらこれだ。
「一花!そんな平らな胸でボタン開けたら全部見えちゃうぞ!」
高橋は急に距離を詰めると、指で私のシャツの首元を引っ張り、上から覗き込む素振りを見せる。
こういうのは怒ったり傷付いたりしたら相手の思う壺だ。
「やめい。」
私は何でもないような顔で高橋の頭を軽く小突く。
高橋は「暴力反対!」と大袈裟に騒ぎつつも楽しそうに笑っている。
ああ、気持ちが悪い。
本当はとても不快だ。
男の子と軽口を叩き合うのは楽しい。
だけど余りにも行き過ぎたスキンシップは本音を言うならば避けたい。
「うわっ!マジで、気持ち悪っ!有り得ないですよ!」
ユナが心底軽蔑した目で高橋を睨む。
気持ちのいいくらいにユナは素直だ。
空気ばかり気にして本音を言えない私の想いを代弁してくれる。
「一花さんはユナのなので、高橋さんは触らないで下さい!」
テーブル越しに私の肩に両手を置き、守るような仕草で続けた。
「へいへい、わかったわかった。俺は店に戻るのでお2人はそこでレズってて下さいよ。別に触りたくもねぇし。」
お気に入りのユナに睨まれ、勝ち目はないと悟った高橋は洋画の俳優のように両手を上げて大袈裟に降参のポーズをとると、くだらない悪態をついた。
ユナにアプローチしたいのなら、もっと年上の良さを出せばいいのに。
どうして小学生のような絡み方をするのだろう。
ガキっぽい男の考えることはよくわからん。
店に戻る高橋の背中を呆れた気持ちで見送る。
「一花さん!一花さんはウチらみんなの憧れなんですから高橋さんの言うこと真に受けちゃ駄目ですよ!」
「ありがとう、ユナ。」
くだらない絡みから守ってくれた上に慰めてくれる美少女に癒される。
そして癒されつつも1つ引っかかる。
「ウチらみんなの憧れ」か。
子供の頃から女の子には好かれていた。
背が高い方で肉付きの悪い身体。
ずっとバレーをやっていたので筋肉もある。
髪は短い方が楽で肩より下に伸ばした事がない。
友人達が恋愛や可愛い物の話で盛り上がっている横で、本当は興味がある癖に冷静ぶってその輪に入らずスカした顔をしていた。
そうしたら色恋ではしゃがない格好良い女キャラに位置付けられてしまった。
今となっては何故あんなに強がって格好つけていたのだろうと思うが、当時の私は自信がなかったのだ。
女らしい見た目でない自分が色気づいたら、周囲から気持ち悪がられるのではないかと。
その不安から身動きがとれなくなっていた。
今も自信はないままだけど、可愛くないなりに…と言うか可愛くないからこそ、もっと女性らしい格好やメイクを勉強すれば良かったと後悔している。
ふわふわで栗色のロングヘアを緩く1つにまとめたユナの髪を眺めながら羨ましく思う。
しっかりカラーされてる栗色の髪、とても素敵だな。
自分の短い髪に手を伸ばし、ため息を吐く。
前髪を留めていたピンを外すと、目の前に何の色気もない黒髪が落ちてきた。
「私もカラーしてみようかな…。」
だけどあの日、窓から差し込む光に透けていた、海くんの色素の薄い自然な髪色は本当に綺麗だった。
そう唐突に海くんを思い出し、彼の特等席である窓辺のテーブルを何気なく見やる。
「え?」
思わず声が洩れた。
いつもはスマホに視線を落としているはずの海くんと目が合ったからだ。
視線が交差し、先日キス出来そうな距離で目を合わせたのを鮮明に思い出し、カーッと顔が熱くなる。
段々早くなる鼓動を上から押さえつけるイメージで自分を落ち着かせる。
そして何でもない感じで声をかける。
「海くん、お疲れ様!」
海くんは声に反応し、何も言わずに暫くこちらを見詰め続けた後、コクっと会釈してスマホに目線を落とした。
見詰めあった緊張状態から開放される。
視線の意味するものは何だったのだろう。
良い意味だったのか悪い意味だったのかも測れない。
いつからこちらを見ていたのだろう。
「何だったのかな…。」
ため息と共に口から零す。
黙って私の様子を見ていたユナが、1度振り返り海くんを確認した後、こちらに向き直ると身を乗り出し小声で話しかけてきた。
「一花さん。」
「ん?」
「ユナはアリだと思います!」
「へ?」
ユナの意図が掴めず素っ頓狂な声が出る。
「ユナは海さんアリです!」
「え…。」
ドキリと心臓が主張する。
嫌だ。
嫌な予感がする。
「高橋さんなんかより、断然海さんの方がユナは好きです!」
「…。」
顔が強ばって声が出ない。
私はどこかで海くんの良さをわかっているのは自分だけな気がしていた。
しかしユナもそれをわかっていたということだ。
ユナという女の子は、容姿が大変恵まれている上に、素直で明るくて優しい子だ。
小柄で胸もある。
私なんかでは、何を持って対抗したって相手にならない。
ずーんと心が重く沈んでいく。
「え?何で暗い顔してるんですか?一花さん?」
ショックが大き過ぎて声が出ない。
「おーい、一花さん?ユナは一花さんの味方ですよ!」
一点の曇りもなく完璧な笑顔で私を見詰めるユナ。
ユナが良い子であれば良い子である程、私は死んでしまいたくなった。
今日は誰がいるのかと、部屋の中に入るまで少しワクワクする。
「お疲れ様でーす。」
「おお?壁が歩いて来たと思ったら一花じゃねぇか!」
挨拶をしながら休憩室に入ると、同い年で大学生バイトの高橋が下品に笑って絡んで来た。
釣られてそこにいた数人の男子学生達も笑うが、少し離れて座っている女子高生のユナだけが眉を釣り上げ不愉快そうな表情をしている。
夕方の休憩室は高校生や大学生バイトで賑わう。
そして男子が多い日はこんな感じで下品な雰囲気になりがちだ。
「一花さん、無視無視!こっちで女子トークしましょ!」
ユナが手招きし、向かいの席を指さす。
私がシャツのボタンを緩めながらユナの向かいに座ると、高橋も座っている椅子をガタつかせながら近づいて来た。
可愛いユナを気にしつつも、どう接して良いのか分からないまま、男子だけでコソコソ小さくなっていたくせに、弄りやすい私が来たらこれだ。
「一花!そんな平らな胸でボタン開けたら全部見えちゃうぞ!」
高橋は急に距離を詰めると、指で私のシャツの首元を引っ張り、上から覗き込む素振りを見せる。
こういうのは怒ったり傷付いたりしたら相手の思う壺だ。
「やめい。」
私は何でもないような顔で高橋の頭を軽く小突く。
高橋は「暴力反対!」と大袈裟に騒ぎつつも楽しそうに笑っている。
ああ、気持ちが悪い。
本当はとても不快だ。
男の子と軽口を叩き合うのは楽しい。
だけど余りにも行き過ぎたスキンシップは本音を言うならば避けたい。
「うわっ!マジで、気持ち悪っ!有り得ないですよ!」
ユナが心底軽蔑した目で高橋を睨む。
気持ちのいいくらいにユナは素直だ。
空気ばかり気にして本音を言えない私の想いを代弁してくれる。
「一花さんはユナのなので、高橋さんは触らないで下さい!」
テーブル越しに私の肩に両手を置き、守るような仕草で続けた。
「へいへい、わかったわかった。俺は店に戻るのでお2人はそこでレズってて下さいよ。別に触りたくもねぇし。」
お気に入りのユナに睨まれ、勝ち目はないと悟った高橋は洋画の俳優のように両手を上げて大袈裟に降参のポーズをとると、くだらない悪態をついた。
ユナにアプローチしたいのなら、もっと年上の良さを出せばいいのに。
どうして小学生のような絡み方をするのだろう。
ガキっぽい男の考えることはよくわからん。
店に戻る高橋の背中を呆れた気持ちで見送る。
「一花さん!一花さんはウチらみんなの憧れなんですから高橋さんの言うこと真に受けちゃ駄目ですよ!」
「ありがとう、ユナ。」
くだらない絡みから守ってくれた上に慰めてくれる美少女に癒される。
そして癒されつつも1つ引っかかる。
「ウチらみんなの憧れ」か。
子供の頃から女の子には好かれていた。
背が高い方で肉付きの悪い身体。
ずっとバレーをやっていたので筋肉もある。
髪は短い方が楽で肩より下に伸ばした事がない。
友人達が恋愛や可愛い物の話で盛り上がっている横で、本当は興味がある癖に冷静ぶってその輪に入らずスカした顔をしていた。
そうしたら色恋ではしゃがない格好良い女キャラに位置付けられてしまった。
今となっては何故あんなに強がって格好つけていたのだろうと思うが、当時の私は自信がなかったのだ。
女らしい見た目でない自分が色気づいたら、周囲から気持ち悪がられるのではないかと。
その不安から身動きがとれなくなっていた。
今も自信はないままだけど、可愛くないなりに…と言うか可愛くないからこそ、もっと女性らしい格好やメイクを勉強すれば良かったと後悔している。
ふわふわで栗色のロングヘアを緩く1つにまとめたユナの髪を眺めながら羨ましく思う。
しっかりカラーされてる栗色の髪、とても素敵だな。
自分の短い髪に手を伸ばし、ため息を吐く。
前髪を留めていたピンを外すと、目の前に何の色気もない黒髪が落ちてきた。
「私もカラーしてみようかな…。」
だけどあの日、窓から差し込む光に透けていた、海くんの色素の薄い自然な髪色は本当に綺麗だった。
そう唐突に海くんを思い出し、彼の特等席である窓辺のテーブルを何気なく見やる。
「え?」
思わず声が洩れた。
いつもはスマホに視線を落としているはずの海くんと目が合ったからだ。
視線が交差し、先日キス出来そうな距離で目を合わせたのを鮮明に思い出し、カーッと顔が熱くなる。
段々早くなる鼓動を上から押さえつけるイメージで自分を落ち着かせる。
そして何でもない感じで声をかける。
「海くん、お疲れ様!」
海くんは声に反応し、何も言わずに暫くこちらを見詰め続けた後、コクっと会釈してスマホに目線を落とした。
見詰めあった緊張状態から開放される。
視線の意味するものは何だったのだろう。
良い意味だったのか悪い意味だったのかも測れない。
いつからこちらを見ていたのだろう。
「何だったのかな…。」
ため息と共に口から零す。
黙って私の様子を見ていたユナが、1度振り返り海くんを確認した後、こちらに向き直ると身を乗り出し小声で話しかけてきた。
「一花さん。」
「ん?」
「ユナはアリだと思います!」
「へ?」
ユナの意図が掴めず素っ頓狂な声が出る。
「ユナは海さんアリです!」
「え…。」
ドキリと心臓が主張する。
嫌だ。
嫌な予感がする。
「高橋さんなんかより、断然海さんの方がユナは好きです!」
「…。」
顔が強ばって声が出ない。
私はどこかで海くんの良さをわかっているのは自分だけな気がしていた。
しかしユナもそれをわかっていたということだ。
ユナという女の子は、容姿が大変恵まれている上に、素直で明るくて優しい子だ。
小柄で胸もある。
私なんかでは、何を持って対抗したって相手にならない。
ずーんと心が重く沈んでいく。
「え?何で暗い顔してるんですか?一花さん?」
ショックが大き過ぎて声が出ない。
「おーい、一花さん?ユナは一花さんの味方ですよ!」
一点の曇りもなく完璧な笑顔で私を見詰めるユナ。
ユナが良い子であれば良い子である程、私は死んでしまいたくなった。
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