木曜日のスイッチ

seitennosei

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木曜日のスイッチ。

お裾分け。

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熱々の缶コーヒー。
カシッとプルタブを立てた瞬間コーヒーの香りが広がる。
「いただきます。立花君。」
「どうぞー。」
雑多な美術準備室で立花亜樹と向かい合う。
傍らには布に包まれた大きなキャンバス。
「コバセンは?」
「今車のシートを調節しているそうです。後ろ倒さないと入らないみたいで…。」
「そっか。俺、コバセンにもザキセンにも感謝してるよ。ありがとう。」
「いえいえ。頑張ったのは立花君ですから。これから運ぶのは小林先生ですし、僕は何も…。コーヒーもいただきましたしね。」
「あはは。ザキセンは本当に腰が低いなー。」
ニカッと爽やかな笑顔で立花亜樹は笑っている。
そして愛おしそうに布の上か自身の絵を撫でると俺を見てきた。
「ザキセン。俺咲と別れたよ。もう結構前の事だけど…。」
「…そうですか。立花君、大丈夫ですか?」
「うん。」
スッキリとした表情。
本当に大丈夫そうだ。
きっと二人の事だからしっかりと話してお互いに納得のいく形に辿り着いたのだろう。
俺の出る幕なんてないな。
「俺はまだ好きだけどね。」
「…そうですか。」
既にそうやって宣言できるくらいに立ち直っているのか。
立花亜樹は本当に強い。
俺なんて…。
案の定木曜日の度にくよくよ後悔している。
もっと別の方法だったら今でも細谷咲と過ごせていたのかもしれないだとか。
そもそも最初にあんな関わり方をしないで遠くから見ているだけにしておけば良かっただとか。
今更どうしようもない事ばかり考えては現状を呪っている。
自分の意思で木曜日の約束を反故にして、自分が選んで細谷咲を傷付けたのに。
俺だけがいつまでもいつまでも吹っ切れない。
「ねぇ、ザキセン?」
「はい。」
「ザキセンと咲って知り合い?」
ヒクッと肩を揺らし心臓が跳ねた。
そしてそのままバクバクと鼓動が走り続ける。
「どうしてですか…?」
「咲ってさ、絵が好きなわけじゃないんだって。」
「え?」
意味が分からなかった。
初めて見た時の横顔が蘇る。
愛おしそうな表情で俺の絵を見つめていたのに。
「絵に興味があるんじゃなくて、ある一人の人の作品しか好きじゃないんだって。俺それ知らなくて油絵描いちゃったんだけど。」
「一人の人?」
「うん。」
また立花亜樹が俺を見た。
真剣な眼差し。
「それザキセンの絵みたいなんだよな。」
「…え?」
「時々スマホで見てる絵はよく分からないけど、咲がよく見てる職員玄関前の絵さ。あれざザキセンの絵だよな?だからもしかして咲の言ってる奴ってザキセンかなって思って…。」
久しぶりに心が踊る。
細谷咲との接触を避けてからは味わっていなかった感覚。
やはり俺は彼女の特別なのだろうか?
だけど今は立花亜樹の前だ。
ニヤけてしまいそうな顔を上手く隠して答えなくては。
「僕が細谷さんの名を知ったのは授業中に小耳に挟んだ立花君の話からですし、彼女が一人の絵にのみ興味を持っているというのも今知りました。僕は細谷さんの事を何も知りません。」
「そっか…。」
嘘は言わないようにした。
その上で立花亜樹を傷付けない言葉を選んだけれど、それが正解なのかは分からない。
「咲今でもよく見てるよ。カレーの絵。」
「カレーの絵?」
「そうカレーの絵だろ?あの職員玄関前の野菜とか描いてあるやつ。」
団欒の事だ。
立花亜樹にはカレーの絵に見えるんだな。
その素直な発想が可愛い。
「俺も好きだよあの絵。皆で旨いカレー作る絵でしょ?最初咲がずっと見てた時は腹減ってるのかと思った。」
「ははは。成程。それが立花君の感性なんですね。」
だから夏休みに描き上げた絵のような作品を作れるんだな。
ハツラツとした明るさが表れていた。
俺にはない感性。
本当に羨ましい。
「俺、他にもザキセンの絵見てみたいな。」
「就活の時に使っていたポートフォリオで良ければ今度持ってきますよ。」
「マジ!?見たい!専門美術系だからザキセンにはこれからも相談乗って欲しい!」
「勿論。」
輝かせた瞳と目が合う。
この数ヶ月で俺が立花亜樹から貰ったモノは大きく尊い。
それはきっとこれから先の俺の人生にとって大きな糧になっていく。
大人になった自分が高校生から教わる事がこんなも沢山あるとは思わなかった。
進路の相談でも何でも、俺の力になれる事があるのなら返していきたい。

絵が引き取られ、少しだけ広くなった美術準備室で一人考える。
今までも真面目に生きてきたけれど、生徒との触れ合いを通じて教師としてのやり甲斐を感じたのは初めてだ。
俺が絵にいて語る時、それを聴きながらワクワクとした顔を見せていた立花亜樹。
俺に自身の想いを吐露している時の必死な顔。
生徒の為に今までの経験から得た知識をお裾分けする感覚。
これからはもっと真剣に自分に出来る事と向き合っていこうかと思った。
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