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木曜日のスイッチ。
親しげな距離。
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今日は先生を遠くから見た。
6限目。
普段なら授業中だけど文化祭の準備で自由に係の仕事をしている最中。
渡り廊下の窓から何となく外を見ていると下の自販機を目指して中庭を歩く人物がいた。
その人物を見て近くにいた1年生の女子達が色めき立つ。
「やっぱ私美術の先生好き!」
「私も!」
「あーん、美術とれば良かったー。」
そりゃそうだろう。
学校の先生なんて大して格好よくなくたって若ければ人気があったりする。
それに加え山崎先生は本当に容姿が素敵だ。
そして男臭さがなくて優しくて柔らかい空気を纏っていて。
教師特有の説教草さもないし、ちょっと浮世離れした芸術家っぽさも兼ね備えている。
人気が出ないわけがない。
学校中の女生徒が全員ライバルな気がしてきた。
そんな事を思いながら一年生の女生徒集団を観察する。
「私もっとオッサン臭い人の方が好きだけどな。コバセンとかアソセンとか。」
「えー、本気でただのオッサンじゃん。ないわー。」
「いやいや、山崎の方がないから。美術とってるけどあの人マジで暗いよ。何考えてるか分かんないし。あんなモテそうなのに暗いとかさ、よっぽど何かヤバい奴なんだよ。」
流石にカチンとくる。
「違うから!」って言いたい。
だけどいくら私でも一年生の世間話に聞き耳を立てた挙句にその内容に口を出すわけにはいかない。
グッと堪え窓の外の先生を見た。
買ってきたばかりのコーヒーをパンツのポケットに突っ込みぼんやりと立ち尽くしている。
その視線は多分校舎の壁。
校庭の方を見るでも空を見上げるでも花壇の花を見るでもなく。
ほんの1m先の壁をじっと見ている。
きっと何か描きたいものでも浮かんでしまったのだろう。
インスピレーションの邪魔にならない壁に視界を向けているのか、それとも壁自体に何かしらを見出したのか。
大人の男性がぼんやりと壁を見詰める姿が私には愛おしく見えて仕方がない。
「うわ、きんも。どこ見てんだよ。ほら、もう意味が分かんないでしょ?」
「んー、確かに。キモくはないけど…不気味かも…。」
「えー、ミステリアスで良くない?」
「私も。あれくらいの奇行ならまだ全然推せるわ。」
皆勝手な事を言っている。
これだけ人がいてこれだけ意見が違うのに、誰も本当の先生を分かっていない。
私だけが分かっているんだから。
ほんの少しの優越感。
私と先生は誰も知らない秘密を共有している。
「でもさ、山崎先生があるなし関係なくコバセンとかアソセンはないわー。結婚してるし。山崎先生のポイント高いのはそこもあるから。この前ユイが聞きに行ったら彼女いないって言ってたし。誰のものでもないイケメンなんてちょーポイント高いじゃん!」
「別にガチ恋じゃないんだから逆に誰かのものの方が良くない?誰のものでもないって残り物って事じゃん。誰かのものって事は魅力が保証されてんだよ。」
「うわ、それ不倫脳だよ。将来幸せになれないよ。可哀想~。」
「は?彼氏と推しは別でしょ?付き合うなら現実的に選ぶし。」
人間なんて勝手なものだし、自分にだって身に覚えのある上から目線の他人への評価。
だけど対象が自分の大切な人だと腹が立つ。
この子達は別に悪気なんてなく、芸能人やYouTuberを推してる感覚。
そして互いの推しを貶したり弄ったりしてコミュニケーションをとっているだけ。
分かっている。
分かっているけれど…。
何にも知らん小娘共が!と、大して変わらない年齢の子達に心の中で毒吐いてしまう。
「アンタらさっきから誰のものでもないとか勝手言って騒いでるけど私この前聞いたよ?」
「何を?」
「山崎先生と森本先生付き合ってる説。」
「え?」
一年女子達が一斉にこちらを振り返った。
刺さる視線。
あれ?
私今声に出してた?
嘘でしょ?
慌てて何か言おうとするも何一つ言葉が浮かばない。
「あのー…大丈夫ですか?」
「え?え…私?あ、うん。」
「はい…。あの、今話し聞いてましたよね…?もしかして山崎先生の事好きなんですか?」
控えめな口調だけれど確信に触れる内容。
ゴリゴリに心が削られる。
見知らぬ先輩に対して容赦なさ過ぎるだろう。
「え、いや…、あの、ごめんね?わざと聞いてたわけじゃないんだけどね。ホント。ぼーっと先生見てたら先生の話してるの聞こえてきて…。黙って立ち去る気でいたんだけど、ビックリして声出しちゃって…。あの、ビックリしただけなの。ホント。」
「そうですか…。なんかすみません。」
心配そうな瞳が人数分。
初めましてな先輩の失恋を憐れむみたいな空気。
何だ、皆気の遣える良い子じゃないか。
小娘共なんて悪態ついてごめんね。
「あの、そういう噂があるってだけで…山崎先生本人は恋人いないって言ってましたから…。」
「え、あ、ああ、うん。そっか…。なんかありがと?」
自分で言ってて何に対するお礼なのかも分からない。
多分気遣いに対してのお礼なのだけど上手く伝わった手応えもないし。
全然大丈夫。
失恋とかじゃないから。
って言いたいのに全く声にならない。
「あの、上履き赤いし…先輩3年生ですよね?だったら、もうすぐ卒業だし、生徒じゃなくなるじゃないですか?頑張ればイケるかもですよ!」
「そうそう。先輩可愛いし!本気出したらきっとイケます!」
「山崎先生って押しに弱そうだし!」
「あの…元気出して下さいね。」
「あ、あ…ありがと…。」
全員が一通り私に優しい言葉を吐いて立ち去って行った。
何か本当に良い子達だった。
だけどあの子達の中で私は今完全に教師にガチ恋した挙句に無様に失恋した可哀想な先輩になってしまった。
プライドがズタボロだ。
でもそんな事はこの際どうでも良くて。
山崎先生と森本先生が噂になっているなんて…。
全然知らなかった。
いや、まだ事実か分からないし…。
そういえば私は山崎先生に恋人の有無を確認した事がなかったな。
完全に居ないだろうって思い込んでいた。
先生は孤独な空気があったから。
今となっては何の根拠もない思い込みだけれど、独り身なのだと信じて疑っていなかった。
森本先生にはこの前聞いた。
その時彼女は恋人は居ないって言っていた。
嘘を吐いている感じもなかった。
だから多分二人は少なくともまだ今は付き合ってはいなくて…。
だけど森本先生は好きな人はいるって…。
それが山崎先生なのだとしたら?
急に心臓が暴れだす。
嫌な予感。
息が出来ない。
苦しくて怖い。
窓の外ではいまだ壁を見詰めている山崎先生。
縋るような気持ちでその姿を見詰めていると自分の立つ渡り廊下の影から一つの人影が先生に向かって行くのが見えた。
白衣を着た後ろ姿。
遠くからでも分かるサラサラの髪と、スラッとした身体。
森本先生だ。
あまりのタイミングの良さにちょっと笑いそうになってしまう。
ピクピクと表情筋が痙攣する。
泣きたいのか笑いたいのか自分でも分からない。
「ふ、ぃっ…。」
可笑しな声を漏らして顔が引き攣った。
嫌だ。
見たくないのに目が離せない。
親しげな距離まで近付く二人。
森本先生の表情は分からないけれどそこへ向かう足取りは踊るように弾んで見えた。
それを迎える山崎先生は真面目な眼差しでじっと彼女の動向を見詰めていて。
いやだいやだいやだ。
嫌だけど。
並んだ二人はなんてお似合いなのだろう…。
6限目。
普段なら授業中だけど文化祭の準備で自由に係の仕事をしている最中。
渡り廊下の窓から何となく外を見ていると下の自販機を目指して中庭を歩く人物がいた。
その人物を見て近くにいた1年生の女子達が色めき立つ。
「やっぱ私美術の先生好き!」
「私も!」
「あーん、美術とれば良かったー。」
そりゃそうだろう。
学校の先生なんて大して格好よくなくたって若ければ人気があったりする。
それに加え山崎先生は本当に容姿が素敵だ。
そして男臭さがなくて優しくて柔らかい空気を纏っていて。
教師特有の説教草さもないし、ちょっと浮世離れした芸術家っぽさも兼ね備えている。
人気が出ないわけがない。
学校中の女生徒が全員ライバルな気がしてきた。
そんな事を思いながら一年生の女生徒集団を観察する。
「私もっとオッサン臭い人の方が好きだけどな。コバセンとかアソセンとか。」
「えー、本気でただのオッサンじゃん。ないわー。」
「いやいや、山崎の方がないから。美術とってるけどあの人マジで暗いよ。何考えてるか分かんないし。あんなモテそうなのに暗いとかさ、よっぽど何かヤバい奴なんだよ。」
流石にカチンとくる。
「違うから!」って言いたい。
だけどいくら私でも一年生の世間話に聞き耳を立てた挙句にその内容に口を出すわけにはいかない。
グッと堪え窓の外の先生を見た。
買ってきたばかりのコーヒーをパンツのポケットに突っ込みぼんやりと立ち尽くしている。
その視線は多分校舎の壁。
校庭の方を見るでも空を見上げるでも花壇の花を見るでもなく。
ほんの1m先の壁をじっと見ている。
きっと何か描きたいものでも浮かんでしまったのだろう。
インスピレーションの邪魔にならない壁に視界を向けているのか、それとも壁自体に何かしらを見出したのか。
大人の男性がぼんやりと壁を見詰める姿が私には愛おしく見えて仕方がない。
「うわ、きんも。どこ見てんだよ。ほら、もう意味が分かんないでしょ?」
「んー、確かに。キモくはないけど…不気味かも…。」
「えー、ミステリアスで良くない?」
「私も。あれくらいの奇行ならまだ全然推せるわ。」
皆勝手な事を言っている。
これだけ人がいてこれだけ意見が違うのに、誰も本当の先生を分かっていない。
私だけが分かっているんだから。
ほんの少しの優越感。
私と先生は誰も知らない秘密を共有している。
「でもさ、山崎先生があるなし関係なくコバセンとかアソセンはないわー。結婚してるし。山崎先生のポイント高いのはそこもあるから。この前ユイが聞きに行ったら彼女いないって言ってたし。誰のものでもないイケメンなんてちょーポイント高いじゃん!」
「別にガチ恋じゃないんだから逆に誰かのものの方が良くない?誰のものでもないって残り物って事じゃん。誰かのものって事は魅力が保証されてんだよ。」
「うわ、それ不倫脳だよ。将来幸せになれないよ。可哀想~。」
「は?彼氏と推しは別でしょ?付き合うなら現実的に選ぶし。」
人間なんて勝手なものだし、自分にだって身に覚えのある上から目線の他人への評価。
だけど対象が自分の大切な人だと腹が立つ。
この子達は別に悪気なんてなく、芸能人やYouTuberを推してる感覚。
そして互いの推しを貶したり弄ったりしてコミュニケーションをとっているだけ。
分かっている。
分かっているけれど…。
何にも知らん小娘共が!と、大して変わらない年齢の子達に心の中で毒吐いてしまう。
「アンタらさっきから誰のものでもないとか勝手言って騒いでるけど私この前聞いたよ?」
「何を?」
「山崎先生と森本先生付き合ってる説。」
「え?」
一年女子達が一斉にこちらを振り返った。
刺さる視線。
あれ?
私今声に出してた?
嘘でしょ?
慌てて何か言おうとするも何一つ言葉が浮かばない。
「あのー…大丈夫ですか?」
「え?え…私?あ、うん。」
「はい…。あの、今話し聞いてましたよね…?もしかして山崎先生の事好きなんですか?」
控えめな口調だけれど確信に触れる内容。
ゴリゴリに心が削られる。
見知らぬ先輩に対して容赦なさ過ぎるだろう。
「え、いや…、あの、ごめんね?わざと聞いてたわけじゃないんだけどね。ホント。ぼーっと先生見てたら先生の話してるの聞こえてきて…。黙って立ち去る気でいたんだけど、ビックリして声出しちゃって…。あの、ビックリしただけなの。ホント。」
「そうですか…。なんかすみません。」
心配そうな瞳が人数分。
初めましてな先輩の失恋を憐れむみたいな空気。
何だ、皆気の遣える良い子じゃないか。
小娘共なんて悪態ついてごめんね。
「あの、そういう噂があるってだけで…山崎先生本人は恋人いないって言ってましたから…。」
「え、あ、ああ、うん。そっか…。なんかありがと?」
自分で言ってて何に対するお礼なのかも分からない。
多分気遣いに対してのお礼なのだけど上手く伝わった手応えもないし。
全然大丈夫。
失恋とかじゃないから。
って言いたいのに全く声にならない。
「あの、上履き赤いし…先輩3年生ですよね?だったら、もうすぐ卒業だし、生徒じゃなくなるじゃないですか?頑張ればイケるかもですよ!」
「そうそう。先輩可愛いし!本気出したらきっとイケます!」
「山崎先生って押しに弱そうだし!」
「あの…元気出して下さいね。」
「あ、あ…ありがと…。」
全員が一通り私に優しい言葉を吐いて立ち去って行った。
何か本当に良い子達だった。
だけどあの子達の中で私は今完全に教師にガチ恋した挙句に無様に失恋した可哀想な先輩になってしまった。
プライドがズタボロだ。
でもそんな事はこの際どうでも良くて。
山崎先生と森本先生が噂になっているなんて…。
全然知らなかった。
いや、まだ事実か分からないし…。
そういえば私は山崎先生に恋人の有無を確認した事がなかったな。
完全に居ないだろうって思い込んでいた。
先生は孤独な空気があったから。
今となっては何の根拠もない思い込みだけれど、独り身なのだと信じて疑っていなかった。
森本先生にはこの前聞いた。
その時彼女は恋人は居ないって言っていた。
嘘を吐いている感じもなかった。
だから多分二人は少なくともまだ今は付き合ってはいなくて…。
だけど森本先生は好きな人はいるって…。
それが山崎先生なのだとしたら?
急に心臓が暴れだす。
嫌な予感。
息が出来ない。
苦しくて怖い。
窓の外ではいまだ壁を見詰めている山崎先生。
縋るような気持ちでその姿を見詰めていると自分の立つ渡り廊下の影から一つの人影が先生に向かって行くのが見えた。
白衣を着た後ろ姿。
遠くからでも分かるサラサラの髪と、スラッとした身体。
森本先生だ。
あまりのタイミングの良さにちょっと笑いそうになってしまう。
ピクピクと表情筋が痙攣する。
泣きたいのか笑いたいのか自分でも分からない。
「ふ、ぃっ…。」
可笑しな声を漏らして顔が引き攣った。
嫌だ。
見たくないのに目が離せない。
親しげな距離まで近付く二人。
森本先生の表情は分からないけれどそこへ向かう足取りは踊るように弾んで見えた。
それを迎える山崎先生は真面目な眼差しでじっと彼女の動向を見詰めていて。
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