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木曜日のスイッチ。
ポケットの中のコーヒー。
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二学期が始まった。
誰も居ない中庭からいつの間にか高くなっていた秋の空を見上げる。
日中の気温はまだまだ真夏みたいなのに大きな入道雲は姿を消し、薄くまぶしたみたいなうろこ雲が遥か上空を優雅に流れていく。
後20分程で6限目が終わる。
そうすればホームルーム後は部活の時間になる。
今日は火曜日でプール棟へは行かない日だ。
この後は美術室でのんびりと部員や小林先生と過ごそうかと思っている。
夏休みを通して俺は美術部に居心地の良さを感じるようになっいた。
それも全て立花亜樹のお陰だ。
最初は冷やかしか、そうでなければ問題を持ち込みに来た厄介者かもしれないと思われていた彼が、まさかあそこまでのムードメーカーになるなんて。
そしてその彼と向き合う俺に対しても小林先生や他の部員達の態度が良い意味で変わった。
今となっては立花亜樹に感謝しているし、心から尊敬もしている。
だから心配だ。
結局あの日、泣きながら一頻り吐き出した彼は仕上げのコーティングを済ませ一人で帰って行った。
絵は今でも準備室に保管してある。
現時点でも簡単に布で包めば持ち帰る事は可能だが、かなり大きな作品なので持ち出す時は小林先生が車を出してくれるという段取りまでついている。
ただ、本来なら細谷咲にプレゼントする予定だった物が、今後の行く末によっては持ち運ぶ行き先が変わってしまう。
下手をしたら引き取りに来ないままに彼等は卒業してしまうかもしれない。
もしそうなったら俺が引き取ろうか…。
唐突に校舎の壁に目が留まる。
表面の塗装にヒビが入っているその線の上を、何か兎のようなキャラクター達が歩いていたりぶら下がっているようなイラストがマジックで書き込まれていた。
誰か生徒の落書きだろうか?
面白い。
俺にもこういう発想が出来た時があった。
沢山絵を描いて練習して。
予備校や大学まで行って絵を学んで。
技術は身に付いたけれど、こういう遊び心はいつの間にか何処かに忘れてきてしまったように思う。
そしてまた立花亜樹の絵の事を考える。
元々は俺のキャンバスだった。
立花亜樹が描いている間ずっと俺も関わっていた。
自分の作品ではないけれど、描き手にも絵のモデルにも思い入れがある。
それにアレは本当に良い絵だ。
このまま学校に寄贈と言う形で置いていって倉庫で埃まみれになるくらいなら俺が持って帰ろう。
何にしても立花亜樹の気持ち次第だけれど。
こうして数日経って俺の心境は目まぐるしく変化し続けている。
立花亜樹が心配で仕方が無い。
だけどやっぱり胸が騒ぐ瞬間があって。
早く細谷咲に会いたいとも思っていた。
きっと彼女は俺と同じ気持ちで。
それに対して何か確証が欲しい。
かといって立花亜樹から奪いたいわけではない。
交際するとかそんな事を望める立場に俺はいないのだから。
ただ万が一同じ気持ちなのだとしたら、それを思うだけで幸福感に包まれ全ての思考を放棄したくなってしまう。
俺のモノにできなくても、俺以外の誰にも触れてほしくないとか。
或いは彼女が大人になったらとか。
浮かれた考えに支配される瞬間は自分でも制御出来ない。
毎週触れてその感触を俺だけのモノにして。
記憶に焼き付けて。
何度も反芻して容易く忘れないように。
今まではそんな事を繰り返したって何処か虚しさに襲われて我に返っていた。
だからせめて心が俺に向いていたのなら。
今だけでも。
心だけでも閉じ込められたらと願ってしまう。
この先の人生が、またこれまで通り自分から好きになった人と想い合う事が叶わない人生だったとしても。
今細谷咲と一瞬でも想い合っているという思い出だけを糧に生きていける気がしている。
遠くで落ちたセミが暴れる声がした。
ハッと我に返る。
校舎を見上げ時計を見ると授業終了まではまだ15分ある事が分かった。
ポケットの中のコーヒーが汗をかいている。
美術室に戻るか。
そう思い壁から顔を上げた時。
「お疲れ様です。」
「あ、お疲れ様です…。」
少し離れた渡り廊下の下に森本先生が立っていた。
誰も居ない中庭からいつの間にか高くなっていた秋の空を見上げる。
日中の気温はまだまだ真夏みたいなのに大きな入道雲は姿を消し、薄くまぶしたみたいなうろこ雲が遥か上空を優雅に流れていく。
後20分程で6限目が終わる。
そうすればホームルーム後は部活の時間になる。
今日は火曜日でプール棟へは行かない日だ。
この後は美術室でのんびりと部員や小林先生と過ごそうかと思っている。
夏休みを通して俺は美術部に居心地の良さを感じるようになっいた。
それも全て立花亜樹のお陰だ。
最初は冷やかしか、そうでなければ問題を持ち込みに来た厄介者かもしれないと思われていた彼が、まさかあそこまでのムードメーカーになるなんて。
そしてその彼と向き合う俺に対しても小林先生や他の部員達の態度が良い意味で変わった。
今となっては立花亜樹に感謝しているし、心から尊敬もしている。
だから心配だ。
結局あの日、泣きながら一頻り吐き出した彼は仕上げのコーティングを済ませ一人で帰って行った。
絵は今でも準備室に保管してある。
現時点でも簡単に布で包めば持ち帰る事は可能だが、かなり大きな作品なので持ち出す時は小林先生が車を出してくれるという段取りまでついている。
ただ、本来なら細谷咲にプレゼントする予定だった物が、今後の行く末によっては持ち運ぶ行き先が変わってしまう。
下手をしたら引き取りに来ないままに彼等は卒業してしまうかもしれない。
もしそうなったら俺が引き取ろうか…。
唐突に校舎の壁に目が留まる。
表面の塗装にヒビが入っているその線の上を、何か兎のようなキャラクター達が歩いていたりぶら下がっているようなイラストがマジックで書き込まれていた。
誰か生徒の落書きだろうか?
面白い。
俺にもこういう発想が出来た時があった。
沢山絵を描いて練習して。
予備校や大学まで行って絵を学んで。
技術は身に付いたけれど、こういう遊び心はいつの間にか何処かに忘れてきてしまったように思う。
そしてまた立花亜樹の絵の事を考える。
元々は俺のキャンバスだった。
立花亜樹が描いている間ずっと俺も関わっていた。
自分の作品ではないけれど、描き手にも絵のモデルにも思い入れがある。
それにアレは本当に良い絵だ。
このまま学校に寄贈と言う形で置いていって倉庫で埃まみれになるくらいなら俺が持って帰ろう。
何にしても立花亜樹の気持ち次第だけれど。
こうして数日経って俺の心境は目まぐるしく変化し続けている。
立花亜樹が心配で仕方が無い。
だけどやっぱり胸が騒ぐ瞬間があって。
早く細谷咲に会いたいとも思っていた。
きっと彼女は俺と同じ気持ちで。
それに対して何か確証が欲しい。
かといって立花亜樹から奪いたいわけではない。
交際するとかそんな事を望める立場に俺はいないのだから。
ただ万が一同じ気持ちなのだとしたら、それを思うだけで幸福感に包まれ全ての思考を放棄したくなってしまう。
俺のモノにできなくても、俺以外の誰にも触れてほしくないとか。
或いは彼女が大人になったらとか。
浮かれた考えに支配される瞬間は自分でも制御出来ない。
毎週触れてその感触を俺だけのモノにして。
記憶に焼き付けて。
何度も反芻して容易く忘れないように。
今まではそんな事を繰り返したって何処か虚しさに襲われて我に返っていた。
だからせめて心が俺に向いていたのなら。
今だけでも。
心だけでも閉じ込められたらと願ってしまう。
この先の人生が、またこれまで通り自分から好きになった人と想い合う事が叶わない人生だったとしても。
今細谷咲と一瞬でも想い合っているという思い出だけを糧に生きていける気がしている。
遠くで落ちたセミが暴れる声がした。
ハッと我に返る。
校舎を見上げ時計を見ると授業終了まではまだ15分ある事が分かった。
ポケットの中のコーヒーが汗をかいている。
美術室に戻るか。
そう思い壁から顔を上げた時。
「お疲れ様です。」
「あ、お疲れ様です…。」
少し離れた渡り廊下の下に森本先生が立っていた。
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