木曜日のスイッチ

seitennosei

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木曜日のスイッチ。

一方的。

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森本先生がスっと立ち上がた。
「お茶入れ直そうか?」
それぞれの手にあるマグカップやコップを見ると、ぬるくなっているとはいえまだ半分以上残っている。
きっとこれは席を外すかどうか気を遣って判断を委ねてくれているのだと気付く。
「森本先生も居て下さい。亜樹と二人きりが嫌だとかじゃなくて、森本先生にも聞いて欲しいので…。亜樹、良いよね?」
有無を言わせない確認の仕方になってしまったけれど、亜樹は嫌な顔をせずに頷いてくれた。
私は経緯の説明としてまずは森本先生に向かい話す。
「私、自分の身体に悩みがあるんです。だけどそれは他人からすると些細な事で、今まで誰にも真剣に取り合って貰えた事がなくて…。私にとっては本当に、本当に苦しい事なんですけど…。」
「うん。」
否定も肯定もせずただ優しく相槌を打ってくれた。
私は次に神妙な顔をしている亜樹に向かい話し初める。
「私のその体質のせいで亜樹にも面倒な思いをさせたりしていて、亜樹は何も悪くないのに申し訳ないなって最初は思うけど、私だって…私が悪いわけじゃないのに申し訳なく思わなきゃならないのが嫌で。我儘かもしれないけど、出来るなら私の悩みに亜樹にも一緒に向き合って欲しいって思ってた。」
「…うん。ごめん。」
もっと何か言いたそうな顔をしつつも亜樹はグッと押し黙る。
初めて見るその姿勢に本当に話を聞く気があるのだと感じられた。
「さっき森本先生は私の事をキラキラしているって言ってくれたけど、私は1番キラキラしてるグループには居ないし。いつもモテグループにいて実際にモテてる亜樹とはレベルが違うから。そんな上のレベルの人に付き合って貰ってるのだけでも有難い事なのに、もっとこうして欲しいとかそういう我儘が言えなかった。」
「咲、それは違っ…。ごめん。言い訳しない。…咲はそう感じてるって事だもんな…。」
「うん。それにね、私知ってるよ?亜樹が友達の前で私の事を元カノと比べてる事とか、そこそこって言ってる事とか、身体の悩みについてバラしてる事とか。」
「は?!なんっ、誰だよそんな事言うの!由井か!?」
堪らず立ち上がる亜樹。
その拍子に激しい音をたて椅子が後ろへ倒れた。
逆ギレも言い訳もしないんじゃないのかよと思うけど、この反応を見るにやっぱり事実なんだろうなと確信出来てしまう。
「立花君。とりあえず座ろうか?」
「…はい。」
森本先生に促され亜樹が椅子を直し座るのを見届け私は再度口を開く。
「由井君じゃないよ?亜樹の友達は誰も亜樹の都合の悪い事は私の前で言わないよ。教えてくれるのは女の子達だよ?親切で教えてくれている子も中には居るのかもだけど、大体の子が亜樹の事が好きだから私と別れて欲しくてわざわざ教えにくるんだと思う。」
「は?そっ…、誰だよそれ。」
「誰かなんて言わないよ。何かチクるみたいになるし。原因は亜樹だとしても私とその子達の問題なんだし。それに亜樹はその子達を怒る資格ないよ。バラされて困る事は人前で言わなきゃ良いんだから。」
「っ…。」
俯き押し黙ってしまった。
責めるつもりはなかったので落ち込まれると心が痛む。
「亜樹?責めてないからね?確かに知った時は悲しかったけど、嫌われたくないから言わないって決めたのは私だし。今こんなに急に沢山言われて亜樹もビックリしてると思うし。だからこれについては落ち込まないで。」
「無理だよ…。すげぇ最低じゃん俺。ホントめちゃくちゃ後悔してるよ今。咲、これだけ。マジでホントこれだけ今弁解させて!…俺らが付き合う前に仲間の中に咲を狙ってる奴がいて、付き合った後もそいつがまだ咲を好きだったらどうしようとか、でも俺のだって自慢したいとか、焦るのと優越感でなんかよく分かんなくなって…咲の事そんな良いもんじゃないって言い方したり、俺の言いなりだからって牽制したりしちゃって…。本当にそんな事、ホントは全然思ってないから。」
「うん。そっか…。理由があったんだ…。」
その時感じた悲しみや不安が消えるわけではないけれど、それでも亜樹が本当は私をちゃんと好きで付き合ってくれていたのだと知れて心は少し軽くなった。
それだけで今話しをした意味があったって事だ。
「私がちゃんと言えば良かったね。知っちゃって悲しかった事とか、友達に言って欲しくなかった事とか…。そしたら今も違っていたのかも…。」
「嫌だよ咲。なんか終わるみたいじゃん。怒れよ。俺が悪いんだからもっと切れろよ。言えば良かったとか過去形で言うなよ。もうしないから俺を見限らないで。」
亜樹の言う通りだった。
見限るなんて上から目線じゃないけれど、私にとってはもう過去の事だから怒る気にも改善してもらう気にもなれないんだ。
その事に自分でも気付いた。
「亜樹、ごめんね。私好きな人がいる。」
「え?」
「私が悩んで苦しい時、自分の事みたいに一緒に考えてくれた人がいたんだ。それに何でか分からないけど、その人には初めて話した時から何を言っても嫌われる気がしなくて我儘が出せた。その人と居る時は自然な自分で居られる。」
「いやっ、まて、咲…。」
亜樹は目だけで横の森本先生をチラッと見た。
それを受け「やっぱりお茶入れ直すね。」と言いながら森本先生が立ち上がる。
「二人とも暖かい紅茶でも良い?」
「あ、お願いします…。」
亜樹の手から汗のかいたコップを取り、次に私の手からぬるくなったマグカップを取った。
その時「何か不安があったら声掛けてね。ここには居るから。」と私の耳元で囁く。
森本先生の気遣いが胸に染みる。
マグカップの底に少し残っていたココアが揺れて、内側に茶色い線が出来ているのが見えた。
随分と話し込んでいた事をそれで知る。
壁に掛かっている時計に目をやると15時を少し回ったところだ。
まだ時間はあるけれど…。
木曜日の待ち合わせに細かな時間の決め事はないが、それでも大体16時には廃トレーニングルームに集合している。
今日は行けないかもしれない。
そんな事をぼんやりと考えていると亜樹がまた口を開いた。
「俺と別れてそいつと付き合うつもりなのか?」
「そんな話にはなってないよ。その人に好きだって言うつもりないし。」
「だったら!」
自身でもコントロールが利かないみたいに亜樹は大きな声を出した。
そして「しまった」というような顔をした後、水道に向かう森本先生の後ろ姿を盗み見てから再度私を見て言う。
「だったら別れるみたいな事言うなよ。別れなくていいじゃん。一緒に居ながら咲が話してくれた俺の嫌なとこ俺が直したら、きっと咲はまた俺を好きになってくれるよ。そいつに相談してた事今日からは俺に話してよ。絶対笑ったり適当にしたりしないから。」
亜樹はまだやり直せるって思っているみたいだけど、逆に私は今の亜樹の言葉で私達はもうお終いなのだと感じた。
亜樹は今「好きになってくれる」って言っていた。
○○してくれる。とか、○○してもらっている。とか、そうなってしまった時点で対等では居られない。
今までは私がそうだった。
私達は私が卑屈なせいで対等じゃなかった。
だからずっと私だけ苦しかった。
亜樹は嫌な所を直すと言ったけれど、どちらか一人が無理をして何かを変えるなんて、そんなのはやっぱり対等じゃない。
今の立場が逆転するだけだ。
「ごめんね。私が亜樹じゃない人に頼ったのが全部悪いんだ。亜樹が直す事なんてないんだよ。私はその人の事を好きになっちゃったけど亜樹がその人よりも劣っているとかじゃなくて。だから亜樹が無理する事じゃなくて。…ただ私と亜樹は合わなかったんだと思う。恋人に求めるものが違ったんだと思う。私は私を理解して欲しいし相手を理解したい。亜樹とはそれが難しいと思う。」
「まだ分かんないだろ!なんで俺が咲を理解出来ないって決め付けてんだよ!大体理解って何だよ。言ってくんなきゃ分かんねぇだろ?これから咲が思った事言ってくれれば俺だって理解するし。」
「とにかく私はもう無理だと思ってる。」
もう一度時計を見る。
15時20分。
時間を気にする私の様子に気付き、森本先生が新しくいれた紅茶を両手にこちらへ来てくれた。
「熱いから気を付けてね。はい、立花君も。」
私も亜樹も無言でそれを受け取る。
森本先生はマグカップを手渡し私達の横に立ったまま続けた。
「お互いに頭の中整理した方が良いんじゃない?細谷さんがどうしても今日結論を出したいわけじゃないならね。」
そう言って森本先生は私の目を見てきた。
出来る事なら早めに決着をつけたいけれど、急いでいるわけではない。
本来なら休み明けにゆっくり話そうと思っていたくらいだ。
私は森本先生に頷いて見せる。
「立花君も。別れたくないって意思は十分細谷さんに伝えたんだから、続けるにはどうするべきか一人でゆくり考えてみても良いかもね。」
「…。」
納得がいかなそうに黙り込んだ亜樹。
それでも反論したり騒いだりはしなかった。
「で、この後は…、どうするんだっけ?何か立花君も細谷さんに時間とって欲しいって言ってなかったっけ?」
そう言えばここに来る前亜樹がそんな事を言っていた。
時間的にはそろそろ開放されたいけれど、一方的に言いたい事を言ってしまった手前、亜樹の希望に付き合わないのは流石に気が引ける。
「亜樹どうする?私は今日でも今日じゃなくても良いけど…。」
「あー…うん。…まあ、丁度いいか…。じゃあ、ちょっとだけ今から着いて来てくれる?すぐそこだから。」
「すぐそこ?校内って事?」
「うん。」
そんな近場なのに断るのは不自然だろう。
やっぱり着いて行く選択肢しかないみたいだ。
「分かった。」
そう返事をすると亜樹は礼を言って立ち上がった。
慌てて私も立ち上がる。
二人の手からマグカップを受け取る森本先生に向かい亜樹が言う。
「良かったら森もっちゃんも来てよ。」
「ん。分かった。カップだけ流しに置いて来るね。」
その後、森本先生がカップを軽く洗い保健室を施錠している間、廊下で待つ私達は無言だった。
亜樹は今後の私達の関係を思って言葉を探しているみたいだったけど、私は山崎先生の事を考えていた。
この後の亜樹との状況次第で今日の廃トレーニングルームでの時間は取れないかもしれない。
そんな事ばかり考えていた。
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