木曜日のスイッチ

seitennosei

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木曜日のスイッチ。

首筋に答え。

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あれ程までに自分を見失ったのは初めての事だった。
細谷咲との接触。
毎週触れてきたけれどいつまでも慣れる事はなく、毎回新鮮な想いで彼女を暴いていき。
毎回これが最後だという気持ちで彼女の希望に沿うよう尽力してきた。
けれど矛盾しつつも、成る可くこの関係が長く続けられるようにと悪足掻く欲求も湧いてきて。
細谷咲に嫌われないよう、「下着の中には直接触れない」という自分ルールを守ってきた。
それなのに…。
昨日、とうとう自らそれを破ってしまった。
あまりにも頭にきたのだ。
俺の気持ちも顧みず、立花亜樹との営みを嬉々として報告する彼女に。
更にはその証を眼前に晒してきたものだったから…。
その癖、俺の手が悦いなんて口にする。
彼女の些細な言動に浮かれて喜び、又は絶望して。
全力で振り回され遠心力で身体が引き千切れそうになり、もう自分を抑えられなかった。
いや、分かっている。
細谷咲は何も悪くないんだ。
恋人と営んだだけ。
俺に木曜日の成果を伝えただけ。
強いて言えば、立花亜樹の立場からすれば細谷咲と俺の行為は裏切りに相当するだろうが、彼女が俺から責められるいわれは一つもない。
そんな彼女に欲望のままに乱暴をしてしまった。
歴代の恋人にすらあれだけの欲求をぶつけた事なんてない。
瞼を閉じれば彼女の手触りが鮮明に甦る。
柔らかさの中にまだ芯を残した若い胸。
手の平に程良く収まるソレを強引に揉みしだき汚した。
小振りで愛らしいのに自己主張の強い頂きも意地悪く捏ねくって随分と鳴かせた。
ピンと張ったソレを転がすと面白い程反応してくれるから。
1つの玩具でずっと遊んでいる子供みたいに、飽く事なく執拗に弄り倒してしまった。
彼女は驚く程に従順で、耳元で囁けば何でも応えてくれる。
だから受け入れてくれているのだと錯覚してしまう。
俺からこの時間を手放す事はもう不可能で、だからこの先は彼女に委ねる事にした。
俺の想いを…、俺の欲求を取り繕わずに見せる。
その上で決めて欲しい。
隠さず曝け出す俺を目の当たりにした彼女が、怯えてこの関係から真っ当な道へ引き返してしまったならば、週に一度の甘美な時間は終わってしまう。
しかしその分、俺は教師としてこれ以上の罪は重ねないで終わりに出来る。
そう思い、卑怯にも彼女に俺の現状を見せた。
果たしてあの時彼女はどう思っただろうか?
怒張した俺の股間をただただ驚きの表情で凝視していたけれど、その顔からは嫌悪も恐怖も汲み取れなかった。
それでもかなりの衝撃だった事は明白で。
彼女は暫く呆然として動かなかった。
そりゃそうだ。
信じて悩みを打ち明けた大人が、自分を性的に見ていたんだ。
気付かずに何度もその人物にあられもない姿を晒していた事を彼女は後悔したのかもしれない。
時間が経過してから込み上げる恐怖もあるだろう。
犯してしまった誤ちを居直る気はないが、彼女がこの先の木曜日をどう過ごすか考え、それが継続でも拒絶でも、どんな決断をしても受け入れると決めた。
なんにしても次の木曜日になればきっと答えは出る。


昨日、先生に抱かれてみたいと明確に思った。
その時から私の亜樹に対する執着は薄れてしまったみたいだ。
今日も変わらず放置されているけれど怒りも悲しみも寂しさも感じない。
ただただ先生に会える木曜日が待ち遠しいだけだ。
あまりにも連絡をよこさない亜樹が浮気でもしているのではないか?なんて疑っていた思考もいつの間にか小さくなって、寧ろ浮気をしてくれていた方が罪悪感を持たなくて済むとまで思い始めている。
私って卑怯だな。
これまで罪悪感なんて感じなかった。
それはあの行為が完全に「練習」だったから。
しかも亜樹が言い出した体質改善であり、且つ亜樹の為という名目があった。
到底理解されないだろうし、面倒な事になるからこっそりと行ってはいたが、疚しい事をしている気なんて微塵もなかった。
だけど、山崎先生が男なのだと思い知った瞬間から、急に疚しさを自覚し亜樹に対する罪悪感に襲われるようになった。
こんなのは最早ただの浮気だ。
亜樹には申し訳なく思っている。
それでも先生との触れ合いは止めたくない。
きっと私は先生を好きになってしまったんだと思う。
昨日知った先生の身体の反応。
生理現象であって私を恋愛対象として好きなわけではないだろうって分かっている。
それでも私は、先生が生物の雄として雌の私を本能では求めてくれているという事実が嬉しかった。
そして今どうしようもなく私は先生に抱かれてみたい。
クーラーをガンガンにかけた部屋。
ベッドの上に寝転び棒アイスを頬張るだらしなさの極みの中。
「別れよっかな…。」
酷く自分勝手な事を独りごちる。
だって正直、身軽になりたい。
先生とどうこうなりたいっていうのではなくて、ただただ手ぶらで自由に歩きたくなった。
冷静に顧みれば本当は最初から私の行動は亜樹に対する裏切りだった。
どれだけ亜樹に不満があっても。
例え自分一人では上手くいかなくても。
性の悩みに関して亜樹以外の男性を頼った時点で擁護の仕様もない。
私が一言、亜樹に「手伝って。」と言えば良かったんだ。
道徳的にはきっと今からでも先生との練習を止めて亜樹と向き合うべきなんだと思う。
そうやって亜樹と理解し合う努力をすれば、また絆が深まり私達は良い関係になれるんだろう。
だけど。
だけど私は先生の手を知ってしまった。
あの無条件の優しさを。
繊細な美しさを。
惜しみない温かさを。
そして衝動も…。
もう引き返す事なんて出来ない。
山崎先生との時間を失いたくない。

2本目のアイスを求め台所へと向かう。
古くて汚くて狭い団地の我が家。
雑多な台所にある冷凍庫をしゃがみこんで漁っていると後ろの居間から視線を感じる。
「咲、俺チョコね。」
「はあ?自分でやれし。」
そう悪態を吐きつつも取り出したチョコレートバーを振り返って声の主に投げた。
「うおっ…、サンキュー。」
まるで子供のように、受け取り速攻で袋を破り捨てる姿を見て溜め息が出てしまう。
「はー…。休みの度に帰って来んな。」
「そんな事言って嬉しいくせにー。ホント素直じゃないねお前はさー。」
とめどなく湧き上がる苛立ち。
兄貴が帰省している間、我が家の居間は崩壊する。
美味しそうにアイスを頬張るこの男。
その周囲には先程放ったアイスの袋。
脱ぎ散らした服。
デカいカバンからはみ出した大量の下着が…。
それを見る度、あと何日ここに居座る気だよと思い目眩がした。
目の前のちゃぶ台には置きっぱなしのカップ麺の空。
飲みかけのペットボトルも数本。
散らばるスマホとゲーム機とイヤフォンと…。
「ちょっとは片せよ。」
「お前はホントに口が悪いな。折角俺に似て可愛い顔してんのにそんなんじゃモテねぇぞ。」
言っても無駄だ。
不機嫌を隠さず「チッ」っと舌打ちだけ返すと兄貴は愉快そうに笑う。
「あのなー、お前に部屋あげたせいで俺は帰る度居間にしか居場所ないのよ?ちょっとは優しくしなさいよ。」
「は?兄貴が出ていくまで私がここに居たんだよ?中学入っても自分の部屋ないのなんてクラスで私だけだったし。やっと自分の部屋できてのんびりやってんだからもう帰って来んな。」
「へいへい。お前はホント…あ?…おい。お前、…ちょっと、ちょっとこっち来い。」
畳の上に雑魚寝していた兄貴がガバッと身体を起こしこちらを見ている。
先程までのヘラヘラした感じから一変、少し怒った様な瞳。
「は?なに?やだよ。」
「いいから、来い。」
急な変化に戸惑い動かない私に対し痺れを切らした兄貴は、立ち上がるとアイス片手にズンズンとこちらへ歩いて来た。
そして目の前で立ち止まる。
「前から聞こうと思ってたんだけどさ…。これ彼氏?」
そう言って私の首筋の一点を指で押す。
もしかして、キスマークついてる?
咄嗟に振り払って一歩下がった。
「いや、別に良いんだよ?…けどさ。お前、頻度エグくね?」
「は?」
頻度?
意味が分からない。
亜樹としたのは数日前で、夏休みに入ってからはその1回だけ。
頻度なんて周りのカップルに比べて随分と少ない方だ。
「いや…、最初に気付いたのは何日か前で、それ段々薄くなってきてたのに、今見たら場所は同じだけど、また濃くなってるしさ…。」
「え?」
首元を押さえながら洗面所に走る。
鏡の前で手を離すと確かに数日前のものとは思えない程鮮やかな痕がそこにあった。
居間から着いてきた兄貴も横から鏡の中に顔を出す。
「数日前に彼氏と会う時は普通に彼氏と会うつってオシャレして出てったじゃん。でもお前昨日は学校行くっつって制服で出てったじゃん…。」
兄貴はここで一回ゴクリと唾を飲み、黙り込む私に恐る恐る確信に迫る問い掛けをする。
「昨日会ってたのもちゃんと彼氏?」
心臓が一瞬止まった。
喉が詰まり呼吸も上手くいかない。
そしてそんな自分に驚く。
指摘されてこんなに焦る程、やっぱり疚しい事って自覚あったんじゃん、私。
とにかく取り繕う。
「き、昨日も、…彼氏!決まってんじゃん!」
「うおっ、急に大声だすなよ…。」
「彼氏としか、しないに決まってんじゃん!そんな事!」
「お前…。嘘下手過ぎんだろ…。」
「うっそ、じゃないし!」
呆れ顔の兄貴を押しのけると、2本目のアイスの事などすっかり忘れ部屋に逃げ込む。
その背中に更に追い打ちをかけてくる兄貴の声。
「そんな調子じゃ彼氏にも速攻でバレんぞ!もうちょっと考えて上手くやれ!あとパパ活は駄目だ!制服で来させる様な奴とは会うな!」
「違うっつってんだろ!」
そう叫んで自室の扉を力いっぱい閉めた。
バンッと派手な音をたて、その勢いに家全体が揺れる。
嫌だ嫌だ。
ボロくて狭い家も。
チャラくてあけすけな兄貴も。
ハッキリしないこの状況も。
だけど、私の心を大きく占めている感情が一つ。
濃くなった痕…?
確かに昨日、先生が私の首に吸い付いた感じが一回だけしたけれど。
もしかしたらその時に付けたのかな?
もともと亜樹が付けていた痕に上から?
だとしたら、それはどうして?
最初に浮かんだのは…独占欲。
まさか、先生が私に?
実際に彼氏が出来てからはチープに思えて読まなくなった少女漫画。
登場するヒーロー達は皆適度に格好良くて、丁度乙女心を擽る方法で嫉妬をしてくれる。
その中で良く目にした光景。
それが『上書き行為』だ。
ハッキリしないヒロインを二人の男が取り合う時のお約束。
一人の男によって刻まれた所有の印に、もう一人の男が嫉妬し上書きをするんだ。
まさかそれを自分も体験するとは…。
ホクホクと胸の内から湧き上がる感情。
苦しいまでの幸福感。
兄貴に指摘されるまで何ともなかったのに、意識した途端先生の唇の感覚が甦って痕が熱い。
自惚れて良いのかな?
先生が私に独占欲を持ってくれているって。
自分の感情も亜樹とのこれからも何一つハッキリしていないのに。
クーラーから吹き出す冷風に叩かれ身体を冷たくしながらも、首筋だけ熱くなって一人惚けた。
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