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初めはどこも冷たくて。意識も途切れ途切れで、何も考えられなかった。
それがいつからか、胸の中心からほんのりと温かさを感じられるようになる。
指先が動くようになると、誰かの謝罪の声が聞こえてきた。
その声に誘われ、スウっと私の意識が浮上する。瞼の内側に光を感じ目を開けると、そこは不思議な場所だった。


天まで伸びる石作りの巨大な建物が、道の両側を埋め尽くしている。灰色で作られたその建物は、どれも建築様式が同じで、華やかさはない。
私が、いつの間にか立っていたこの無機質な場所は、活気どころか色がない物悲しい世界だった。


天まで届きそうな建物は、神様が作ったものなのだろうか。
でも、ここから見える建物の中の家具は、人のサイズのもの。
もし、これらを、人が自らの手で作ったとしたら、神様の怒りを買ってしまいそうだ。
だって、神様のいる天上の世界に届いてしまいそうだから。


私は、試しに真っ直ぐ続く道を進んでみることにした。すると、数十メートル歩いた先、右側の建物の扉が一人でに開いた。私を待っていたかのように。

その中に足を踏み入れると、甲高い金属音を立てて扉が閉まった。
慌てて力一杯押したけど、扉は微動だにしない。それどころか、扉の隙間さえ消えて無くなっていた。

私は、開かない扉から離れて、恐る恐る中を見回す。そこは、薄暗く狭い部屋だった。そして、中央には、ポツンと黒い大きな板だけが立ててあった。
私は、その板になぜか惹かれ、目の前まで近付く。それを覗き込んだ瞬間、ポワンと不思議な音を立てて、板に光が宿った。
光が板全体に行き渡ると、色を帯び、人の姿を映し出す。

それは、忘れもしない母の姿だった。
記憶よりも随分と年老いた母は、古びたシスターの服を着て、一心に祈っていた。


ごめんなさい。
あの時の私は、好きでもない人に、半ば売られるように結婚させられて、何もかもが憎かったの。
そんな時に生まれた娘。
あの子は、神に選ばれた特別な娘だった。
妬ましかったわ。
だって、あの子は、私と違って幸せになれるのだもの。
だから、あの子を不幸せにしてやりたかった。
でも、気付いてしまったのよ。
私が娘にした事は、私の親が私にした事と同じだって。
私は、私に縋る我が子を、自分の手で振り払ったの。
あんなに素直で優しく可愛い子だったのに。

ごめんなさい、フローラ。
どうか、幸せになって。
どうか…。

私の幸せを願った言葉を最後に、板から母の姿が消えた。今は、光の反射で映り込んだ無表情な私の顔だけが見える。
私は、無意識に握り締めていた手の力を抜いて、息を吐き出した。


すると、先を促すように、私を閉じ込めていた扉がゆっくりと開いた。







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