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姫様の執務室に入る前の私は、ヴェイル様と顔を合わせるのが気まずくてドキドキしていた。でも、通信機を前にした姫様の深刻な表情を見たら、そんな事を気にしている余裕はなくなってしまった。
外部との連絡を切った後、暫く通信機を見つめていた姫様が心配で、私はそっと体を寄せる。けれど、私の心配を余所に、上を向いた姫様の顔は、既に覚悟が決まっていた。
「ステラ、以前、貴女には、浄化の力があるって説明したわよね?その力を貸して欲しいの。」
「巫女殿!」
姫様の言葉に、逸早く反応したヴェイル様が大声を上げた。その声の迫力に、私の体が跳ね上がる。
「ステラの力を使うのは、最終手段だと約束したはずだ!先ずは、俺が魔物の王を倒しに行く!」
「ヴェ、ヴェイル様…。」
ヴェイル様が、姫様に怒っている。本気でこのまま魔物の王の下まで行ってしまいそうだった。
「神に救いを求めたら、二つの未来が見えたの。一つは、辺り一面の焼け野原。地面に転がった無数の死体を、魔物の王が笑いながら喰らっていたわ。もう一つは、光の中に佇む赤髪の女性の姿。その女性は、浄化された大地の上で微笑んでいたの。」
「その赤髪の女性が、ステラだと言いたいのか?」
「ええ、顔は見えなかったけれど、あれは間違いなくステラよ。」
そう姫様に断言されて、私は自分の両手に視線を落とす。
本当に私には、そんな力があるんだろうか。
魔力のないこんな私に。
「同時に二つの未来が見えたのは初めてよ。滅びか、生存か、この先にある未来は、二つに一つ。掴み取るは私達よ。」
「姫様、私はどうすればいいですか?」
震えそうになる体を必死で押さえて、私は前を向く。僅かに揺れる私の視線を、姫様は真正面から受け止めてくれた。
「ステラ!」
「ヴェイル様、私の考えは、以前と変わりません。私も戦います。」
ヴェイル様の苦しそうな表情を見ると、私の胸が締め付けられた。
でも、私はヴェイル様と生きたいの。
だから、精一杯抵抗したい。
「私、負けません!ヴェイル様も力を貸して下さい!お願いします!」
私は、ヴェイル様に向けて頭を下げた。
フッと空気が動いたのを感じ、顔を上げると、ヴェイル様の顔がすぐ近くにあった。その顔は、未だ厳しい。
「ヴェイル様?」
名前を呼ぶと、頬をペロリと舐められた。
そしてそのまま、ペロペロと顔中を舐められる。
「や、ちょっ、ヴェイルさ、ま?」
「俺が、番のおねだりに弱いことを分かっててやっているな?はあ、ステラも随分狡賢くなったな。仕方ない。共に戦おう。だが!」
「痛っ!痛いです、ヴェイル様!」
ヴェイル様が、私の首を噛んだ。
痛い、痛い!
今までで一番痛い!
ヴェイル様の牙が、鎖骨に食い込んでいる気がする。
「こら!バカ猫!何しているの!?ああ、痕が付いちゃったじゃない!大丈夫、ステラ?」
姫様が、私の首を見て、激怒している。
そんなに酷い痕が付いているのだろうか。
「ステラを齧っていいのは俺だけだ。魔物の王には触れさせない。髪の一本も渡さない。だから、ステラ。俺の側から絶対に離れるな。約束だぞ?」
ヴェイル様の言葉に、複雑な感情を抱いた私は、すぐには頷くことが出来なかった。でも、そんな私に、ヴェイル様は容赦なく圧力をかける。
「いいな、ステラ?」
「…はい。」
ヴェイル様の迫力に負けた私は、小さく頷いて返した。
外部との連絡を切った後、暫く通信機を見つめていた姫様が心配で、私はそっと体を寄せる。けれど、私の心配を余所に、上を向いた姫様の顔は、既に覚悟が決まっていた。
「ステラ、以前、貴女には、浄化の力があるって説明したわよね?その力を貸して欲しいの。」
「巫女殿!」
姫様の言葉に、逸早く反応したヴェイル様が大声を上げた。その声の迫力に、私の体が跳ね上がる。
「ステラの力を使うのは、最終手段だと約束したはずだ!先ずは、俺が魔物の王を倒しに行く!」
「ヴェ、ヴェイル様…。」
ヴェイル様が、姫様に怒っている。本気でこのまま魔物の王の下まで行ってしまいそうだった。
「神に救いを求めたら、二つの未来が見えたの。一つは、辺り一面の焼け野原。地面に転がった無数の死体を、魔物の王が笑いながら喰らっていたわ。もう一つは、光の中に佇む赤髪の女性の姿。その女性は、浄化された大地の上で微笑んでいたの。」
「その赤髪の女性が、ステラだと言いたいのか?」
「ええ、顔は見えなかったけれど、あれは間違いなくステラよ。」
そう姫様に断言されて、私は自分の両手に視線を落とす。
本当に私には、そんな力があるんだろうか。
魔力のないこんな私に。
「同時に二つの未来が見えたのは初めてよ。滅びか、生存か、この先にある未来は、二つに一つ。掴み取るは私達よ。」
「姫様、私はどうすればいいですか?」
震えそうになる体を必死で押さえて、私は前を向く。僅かに揺れる私の視線を、姫様は真正面から受け止めてくれた。
「ステラ!」
「ヴェイル様、私の考えは、以前と変わりません。私も戦います。」
ヴェイル様の苦しそうな表情を見ると、私の胸が締め付けられた。
でも、私はヴェイル様と生きたいの。
だから、精一杯抵抗したい。
「私、負けません!ヴェイル様も力を貸して下さい!お願いします!」
私は、ヴェイル様に向けて頭を下げた。
フッと空気が動いたのを感じ、顔を上げると、ヴェイル様の顔がすぐ近くにあった。その顔は、未だ厳しい。
「ヴェイル様?」
名前を呼ぶと、頬をペロリと舐められた。
そしてそのまま、ペロペロと顔中を舐められる。
「や、ちょっ、ヴェイルさ、ま?」
「俺が、番のおねだりに弱いことを分かっててやっているな?はあ、ステラも随分狡賢くなったな。仕方ない。共に戦おう。だが!」
「痛っ!痛いです、ヴェイル様!」
ヴェイル様が、私の首を噛んだ。
痛い、痛い!
今までで一番痛い!
ヴェイル様の牙が、鎖骨に食い込んでいる気がする。
「こら!バカ猫!何しているの!?ああ、痕が付いちゃったじゃない!大丈夫、ステラ?」
姫様が、私の首を見て、激怒している。
そんなに酷い痕が付いているのだろうか。
「ステラを齧っていいのは俺だけだ。魔物の王には触れさせない。髪の一本も渡さない。だから、ステラ。俺の側から絶対に離れるな。約束だぞ?」
ヴェイル様の言葉に、複雑な感情を抱いた私は、すぐには頷くことが出来なかった。でも、そんな私に、ヴェイル様は容赦なく圧力をかける。
「いいな、ステラ?」
「…はい。」
ヴェイル様の迫力に負けた私は、小さく頷いて返した。
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