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こんな穏やかな毎日を過ごすのは、生まれて初めてだった。毎晩、明日は何をして過ごそうかと、朝の目覚めを楽しみに思いながら眠れるのだから。
そんな日常は、私が普通に生まれていれば、享受出来たのだろうか。

薄氷の上に立っているようなギリギリの日々の中で、私は束の間の幸せを噛み締めていた。





自然豊かな神殿の中庭を、私はヴェイル様と共に進んでいく。
枝葉を伸ばした木々の合間に、涼やかな風が通って気持ちがいい。ヴェイル様も今の姿に慣れてきたのか、足取り軽く私の前を歩いていた。
少し足元の悪い小道を進んでいくと、一気に視界が開ける。その先には、立派な野菜畑が広がっていた。
ヴェイル様は、楽しそうに畝を囲う水路を飛び越えていく。


「これはまた…。凄いな!」

「はい。見事な野菜ですね。神殿の食事は、ここの野菜が主に使われているそうです。」

「イザリアの食事は、野菜が多いからな。そろそろ肉の塊が食べたい。」

「フフ。ヴェイル様は、やっぱりお肉派ですか?サウザリンド王国の料理には、必ず大きなお肉が入ってましたね。」

「元々、獣人は狩猟民族だからな。種族にもよるが、伝統的な料理は、ほぼ肉だ。」

「王宮で食べた煮込み料理は、本当に美味しかったです。赤い野菜が入った、シチュー?」

「ムルモシチューだな。あれを気に入るステラは、中々良い舌をしている。サウザリンドに戻ったら、食べに行こう。美味い店を知っているんだ。」


サウザリンドに戻ったら…。
無事、魔物の王を倒して災厄を払ったら、私はどうすればいいんだろう。
サージェント王国に戻るの?
それとも、ヴェイル様とサウザリンド王国に行くの?
そもそも不確定な未来って、みんなはどうやって決めているの?
自分の先の未来なんて、考えた事がなかったから、どうしたらいいのか分からない。

戸惑っていると、振り返ったヴェイル様に、手を噛まれた。


痛い。

頸を噛まれて以来、ヴェイル様は、私が後ろ向きの考えに陥ると、噛み付いてくるようになった。
もちろん、傷にはならない程度に手加減はしてくれているけど…。
本人曰く、獣の姿でいると、理性よりも本能の方が先に行動に出てしまうらしい。
つまり、私の弱気な考えが、相当お気に召さないようだ。


理不尽…。

私は、噛まれた手を納得いかない目で見つめた後、仕方なく先に進み出したヴェイル様の背を追った。




畑から沢山収穫した野菜や果物を運んでいると、私の名前を呼びながら、一人の神官が駆け寄ってきた。


「ステラさん!巫女様がお呼びです。急いで、巫女様の元へ。」

神官の言葉に、思わず顔を見合わせた私とヴェイル様は、一目散に神殿へ駆け戻った。






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