86 / 163
2-29
しおりを挟む
コンコン。
私以外誰もいない静かな部屋に、少し強めのノックの音が響く。
私は、自ら扉を開けて、訪問者を迎え入れた。
「どうぞ、ヴェイル様。」
「ああ、ステラ、体調は大丈夫か?」
「はい。ゼイン先生から貰った薬を飲んだら、疲れもなくなりました。」
「そうか、それは良かった。」
ヴェイル様は、扉からソファまでの短い距離でも、しっかり私をエスコートしてくれた。
ヴェイル様は、私に二人掛けの広いソファを勧めると、自分はテーブルを挟んだ向かい側のソファに座った。
残念ながら、そのテーブルには、お茶やお菓子は用意していない。私は背筋を伸ばして、ヴェイル様の話を待った。
「俺の話を聞いてくれるか?馬鹿な男のみっともない言い訳を。」
自嘲するような薄笑いを浮かべ、ヴェイル様は私を見ていた。
その笑みに、私はそっと頷いて返す。
「先代王であり、異能者でもあった父上の番は、人間だった。王妃となった母上は、文化の違う獣人の国で苦労しながらも、兄上を生んで幸せに過ごしていたそうだ。だが、俺が生まれてから状況が変わった。俺は母上から生み落とされた時、醜い獣の姿だったんだ。人間の母上にとって、それは到底受け入れられる事ではなかった。それ以来、母上は獣人全てを忌み嫌うようになってしまった。」
ここまで一気に話したヴェイル様が、大きな溜息を吐いて、前髪を後ろに掻き上げた。
私は、そんな痛々しい様子のヴェイル様に、掛ける言葉が見つからなかった。
「獣人の中には、獣の姿で生まれる『獣返り』という存在がいるんだ。獣返りは、獣人の国では、劣等種として扱われる。だから、いつまで経っても人の姿が取れなかった俺は、隠れるように王宮の奥で、幼少期を過ごした。貴族達に馬鹿にされていたからな。そんな俺に会いに来てくれたのは、父上と兄上だけだった。けれど、俺が異能者であることが分かってからは、何もかもが変わった。俺を蔑んできた者達が、挙って媚び諂ってきたんだ。でもそれが、母上の逆鱗に触れた。母上は、父上に見せつけるように、人間の男を侍らせるようになった。それでも父上は、母上を赦し続けた。その上、少しでも母上の気を引くために、湯水のように国庫の金を母上に貢ぎ出したんだ。けれど、そんなある日、母上が愛人の男と共に姿を消した。大量の国宝を持ち出してな。それ以来、父上は、おかしくなってしまった。賢王と讃えられていた強い方だったのに。俺は、そんな腑抜けた父上を見て怖くなったんだ。自分の番に出会う日が…。」
すまないと、最後に、小さな小さな声で呟いたヴェイル様は、懺悔するかのように両手に顔を埋め、項垂れる。
私は、乾き切った喉に無理矢理唾を流し込んで、口を開いた。
私以外誰もいない静かな部屋に、少し強めのノックの音が響く。
私は、自ら扉を開けて、訪問者を迎え入れた。
「どうぞ、ヴェイル様。」
「ああ、ステラ、体調は大丈夫か?」
「はい。ゼイン先生から貰った薬を飲んだら、疲れもなくなりました。」
「そうか、それは良かった。」
ヴェイル様は、扉からソファまでの短い距離でも、しっかり私をエスコートしてくれた。
ヴェイル様は、私に二人掛けの広いソファを勧めると、自分はテーブルを挟んだ向かい側のソファに座った。
残念ながら、そのテーブルには、お茶やお菓子は用意していない。私は背筋を伸ばして、ヴェイル様の話を待った。
「俺の話を聞いてくれるか?馬鹿な男のみっともない言い訳を。」
自嘲するような薄笑いを浮かべ、ヴェイル様は私を見ていた。
その笑みに、私はそっと頷いて返す。
「先代王であり、異能者でもあった父上の番は、人間だった。王妃となった母上は、文化の違う獣人の国で苦労しながらも、兄上を生んで幸せに過ごしていたそうだ。だが、俺が生まれてから状況が変わった。俺は母上から生み落とされた時、醜い獣の姿だったんだ。人間の母上にとって、それは到底受け入れられる事ではなかった。それ以来、母上は獣人全てを忌み嫌うようになってしまった。」
ここまで一気に話したヴェイル様が、大きな溜息を吐いて、前髪を後ろに掻き上げた。
私は、そんな痛々しい様子のヴェイル様に、掛ける言葉が見つからなかった。
「獣人の中には、獣の姿で生まれる『獣返り』という存在がいるんだ。獣返りは、獣人の国では、劣等種として扱われる。だから、いつまで経っても人の姿が取れなかった俺は、隠れるように王宮の奥で、幼少期を過ごした。貴族達に馬鹿にされていたからな。そんな俺に会いに来てくれたのは、父上と兄上だけだった。けれど、俺が異能者であることが分かってからは、何もかもが変わった。俺を蔑んできた者達が、挙って媚び諂ってきたんだ。でもそれが、母上の逆鱗に触れた。母上は、父上に見せつけるように、人間の男を侍らせるようになった。それでも父上は、母上を赦し続けた。その上、少しでも母上の気を引くために、湯水のように国庫の金を母上に貢ぎ出したんだ。けれど、そんなある日、母上が愛人の男と共に姿を消した。大量の国宝を持ち出してな。それ以来、父上は、おかしくなってしまった。賢王と讃えられていた強い方だったのに。俺は、そんな腑抜けた父上を見て怖くなったんだ。自分の番に出会う日が…。」
すまないと、最後に、小さな小さな声で呟いたヴェイル様は、懺悔するかのように両手に顔を埋め、項垂れる。
私は、乾き切った喉に無理矢理唾を流し込んで、口を開いた。
133
お気に入りに追加
669
あなたにおすすめの小説
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない
たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。
何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話
公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。
木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。
時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。
「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」
「ほう?」
これは、ルリアと義理の家族の物語。
※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。
※同じ話を別視点でしている場合があります。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜
秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。
宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。
だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!?
※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる