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馬車へと戻る道すがら、私はガバリと頭を下げた。

「すみません、ヴェイル様。」

「なぜ、ステラが謝る?」

「折角素敵なリボンを用意してもらったのに。私...。」
私は、自分の手の中のリボンを見つめた。


結局、私はこのリボンを大樹に結ぶことが出来なかった。どうしてもまだ、自分の気持ちを受け止めきれなかったのだ。


「ごめんなさい...。」

「なら、いつか、一緒に結んでくれるか?その時は、ステラにリボンを選んでもらうとしよう。」

「はい。」
そんな日が来たら、きっと...。

最後に素直な返事が出来た私へ、ヴェイル様は優しい笑顔を向けてくれた。

そこへ、荷車を引いた商人の夫婦が通り過ぎる。その荷台には、疲れてしまったのか子供達が丸まって眠っていた。
その夫婦を、ヴェイル様が呼び止めた。


「すまない、まだ花は残っているか?」

「あ、はい!残り物になってしまいますが…。」
夫の方が、すまなそうに小さな花束を荷台から取り出した。

「ああ、良い花だ。」
ヴェイル様は黄色の薔薇が入った花束を受け取ると、夫婦に金貨を渡す。その金額に、夫婦は揃って戸惑っていた。


「旦那様、多過ぎます!それは売れ残りですし、銅貨5枚で十分です!」

「いいや、この美しい花には、それだけの価値がある。それに、こんな遅い時間まで、その子達は家業を手伝っていたんだろう?これで何か褒美をやってくれ。」

「ありがとうございます!」
恭しく金貨を受け取る夫婦に、ヴェイル様は慈愛の瞳を向けていた。


まだ人が残る道に夫婦が消えていくと、私はヴェイル様に声をかけた。


「素敵な夫婦でしたね。」

「ああ。働き者の民は国の宝だな。そして、子供は至宝だ。」

優しい人…。
この人は、どうしてここまで人に優しくあれるのだろう。

ヴェイル様の顔を見つめていると、彼に少しだけ強い力で手を引かれた。
近くなった目線に、先程の花束が映る。すると、ヴェイル様は、花束から一輪の薔薇を引き抜いた。

「『いつか』の約束の印に、この花を贈ってもいいか?」
その言葉に頷き返した私は、自分の仮面を外した。


「ありがとう、ステラ。」
自らも仮面を取り去ったヴェイル様が、そっと私の髪に花を挿し入れる。芳しい香りが、私の鼻を擽った。

私は、胸元に抱き寄せたリボンに、その『いつか』を願った。









「貴女がステラ・バレリー?」

決算書を届けに、王宮へ行った帰り道、王宮と騎士団棟を繋ぐ渡り廊下で、私は貴族の令嬢達に呼び止められた。


「はい、そうです。」
あからさまな敵対心を向けられ、私は反射的に頭を下げる。


「そう、貴女が。」
令嬢達の先頭にいた金髪の女性が、憎々しげに私を睨みつける。そして、持っていた扇子で、私の頬を打ち付けた。
鋭い痛みが頬を走り、視界がチカチカと点滅する。私は、奥歯を噛み締め、呻き声を飲み込んだ。


「貴女、ヴェイル殿下に言い寄っているそうね?たかが、騎士爵の養女のくせに。異国の地だからと、調子に乗りすぎじゃないかしら?」

「これだから、下賤な人間って嫌なのよ。いい?私達はね、ヴェイル殿下の婚約者候補なの。長い間、あの方のために、自分を磨いてきたのよ。貴女のようなゴミが、入り込める隙なんてないの。」

「そうね。見た目も子供みたいに貧相だし。赤毛も気持ち悪いわ。本当に目障り!」

入れ替わり立ち替わり、令嬢達から罵詈雑言を浴びせられる中、私はひたすらに頭を下げ続けた。


「まあまあ、皆さん、一度落ち着いて。確かに、この身の程知らずは目障りだけれど、同盟国のお客様でもあるのよ?」

「ですが!この赤毛は、ヴェイル殿下と豊穣祭に行ったのですよ!私、この目で見ましたもの!赦せないわ!そうですよね、キャロライン様!」

「フフフ、そうね。わたくしだって、殺してやりたいぐらい憎いわよ?でも、わたくし達には、上流階級の娘としての義務があるでしょう?だから、ね。」

頭を下げている私の下に、ゆっくりとヒールの音が近付いてくる。
その絶望的な音の主が、私の顎を掴んで、無理矢理引き上げた。そこには、ヴェイル様と同じ、美しい黒髪の女性の綺麗な顔があった。


「貴女は、毎日、わたくしの下に来なさい。そして、報告するの。ヴェイル様とその日、何があったのか。お仕置きは、その都度決めましょうね。あら、震えているの?大丈夫よ?私、回復魔法は得意だから。痕なんて、何一つ残さないわ。」

黒髪の令嬢は、美しい顔で、鈴の鳴るような声で、残酷な言葉を吐き捨てた。





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