平凡な私が選ばれるはずがない

ハルイロ

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すっかり日は落ち、普段であれば、とっくに店じまいされているはずの市場では、未だ街灯が煌々と街中を照らし、客を呼び込む賑やかな声が響いている。
人々は、至る所で陽気に踊り、お酒を酌み交わし、笑い合い、各々お祭りを楽しんでいた。


「すごい活気ですね!あれは何ですか?」

道の先、広場の中央に聳え立つ王都名物の大樹には、その周りをグルリと囲う立派なやぐらが立て掛けられている。

「あの辺りは、今一番混んでいるから最後に行こう。ほら、ステラ、迷子になるなよ。」

「あ、はい。」
ヴェイル様が伸ばした手に、私は自分の手を乗せる。すると、指を絡めるように手を握り直された。

指先から感じる体温が、少し恥ずかしい。
そう思って俯いていると、ヴェイル様に体を引き寄せられた。


「腹も減ったし、何か食べるか。」

「そ、そうですね!私、お腹すきました!」

「ハハ、それは良かった!では、折角の祭りだ。沢山食べるとしよう。」

「はい!」
ヴェイル様の楽しそうな笑顔に釣られて、私の気恥ずかしさは、その時どこかへ吹き飛ばされてしまった。


それから、私達は、色々なお店を見て回った。初めて触れるサウザリンド王国の文化は、どれも色鮮やかで、見ているだけで楽しかった。私が興味を示す度に、ヴェイル様が丸ごと買おうとするから、止めるのが大変だったけど。
でも、町はどこを見ても綺麗で、食べ物は美味しくて、私はずっと浮かれていたと思う。



お腹もいっぱいになった私達は、休憩がてら広場の端のベンチに座って、ダンスを楽しむ人達を眺めていた。


もうそろそろ、日付が変わる頃かしら?
楽しくて時間が過ぎるのが、あっという間だった。
またいつか、こんな日が来るのかな...。

少しだけ物悲しさに浸っていると、ピッタリと隣に座ったヴェイル様が、私の頭に触れた。


「ステラは、獣人姿も可愛いな。」

「あ、ありがとう、ございます。侍女長が付けてくれたんです。」

侍女長が最後に付けてくれたカチューシャには、大きな兎の耳が付いていた。しかもこの耳、本物のように動くのだ。だから、仮面で顔を隠している今の私は、兎の獣人に見えているはず。


「侍女長も、なかなか良い趣味をしている。確かに、ステラは兎っぽい。」

「へ?そ、そうですか?」

「ああ、その服もよく似合ってる。」

耳元で囁かれた一言に、私の顔が赤くなった。
何だか、さっきからずっと、私はヴェイル様にドキドキしている気がする。
私は火照った頬を、パタパタと手で扇ぎながら、ヴェイル様に向き直った。


「ヴェイル様のお耳も素敵です。ヴェイル様は、黒豹の獣人なんですよね?」

「ああ、サウザリンドは代々、黒豹の一族が統治している。ステラは、この耳を気に入ったのか?」

「はい!とても可愛らしいと…。」
興奮して告げた言葉が、不適切であった事に気付き、私は口を塞ぐ。私の背筋に緊張が走ったその時、ヴェイル様がお腹を抱えて笑い出した。


「ハハハ!黒豹の一族の耳を可愛いと言う者がいるとはな!ステラは、中々良い目をしている!」

「も、申し訳ありません。可愛いだなんて、失言でした。謝罪を…。」
頭を下げようとした私の側に、ヴェイル様の顔が寄せられる。


「なら、触ってみるか?」

「い、いいのですか?」

「ああ、もちろん。せっかく気に入ってもらえたんだ。俺は、ステラに触れて欲しい。」
私の目の前に差し出されたフサフサの獣耳が、誘うようにゆっくり動いている。
その魅力的な誘惑に負けた私は、そっと手を伸ばした。

優しく毛並みに沿って触れた耳は、しなやかで、ほんのり温かくて、最高の触り心地だった。

大きい猫みたい。

不敬とは思いつつも、擦り寄ってくるヴェイル様の様子に、私はそう思ってしまった。





少しの間、ヴェイル様の毛並みを堪能させてもらっていると、彼が急に立ち上がった。


「では、兎のレディ。猛獣の俺と少し危険なダンスはいかがですか?」
大仰に、ダンスを誘う仕草をしたヴェイル様がおかしくて、私は声を出して笑ってしまった。流石にこれは、不敬だっただろうか。
でも、ヴェイル様は、そんな私の手を掴んで強引にダンスの輪に入っていった。


「ヴェ、ヴェイル様!私、ダンスは踊った事がなくて!」

「大丈夫だ。ここのダンスに決まりはない。」

そう言うと、ヴェイル様は私の腰に手を当てて、ゆっくり動き出す。初めはゆっくり、でも段々と速く。いつの間にか、ヴェイル様に振り回されていた私の体は、彼の体にくっ付いたまま、離れられなくなっていた。

3曲ほど踊り、目が回ってフラフラになった私をヴェイル様が抱き上げる。そして、笑いながら大樹のやぐらまで歩いていった。




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