平凡な私が選ばれるはずがない

ハルイロ

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大型の魔物が出た。


そう聞かされた私は、ヴェイル殿下との遣り取りの混乱も相まって、一日中仕事に集中出来ないでいた。

そして、その夜遅く、神妙な面持ちで戻ってきたヴェイル殿下によって、詳細を聞かされることになる。



「竜...ですか?」

「ああ。岩竜と言われる種類の魔物だ。飛べない代わりに、皮膚が岩のように硬い。まあ、俺も文献上の知識しかないがな。だが、幸い、あの竜は随分動きが鈍かった。大方、長い間寝過ぎて寝惚けているんだろう。叩くなら、今が好機というわけだ。」


竜。
魔が、世界中に蔓延っていた時代に生まれた、最強の魔物。空を舞い、地を這い、人を喰らった邪悪な存在だ。
しかし、異能者に徹底的に狩り尽くされ、今では、御伽話だけの存在になっていた。


その竜が、まだ生き残っていたなんて。


「人に...、竜が倒せるのでしょうか?」

「怖いか?」


怖い。
足が竦むほどに。
でも、殿下はこれから異能者として、人の世界を守るために、強大な敵と戦うのだ。
怖いなんて言えない。


「私に、出来る事はありますか?」
私は、真っ直ぐヴェイル殿下の目を見据えた。
その黄金の瞳が、熱を湛えて僅かに歪む。


「待っていてくれ。ここで。終わったら、ゆっくり茶でも飲もう。」

「...はい、殿下。どうか、ご無事で。」

ヴェイル殿下は、そう一言言い残すと、私に向かって伸ばしかけた手を引っ込めて、すぐに天幕から出ていった。



本当は、私は安全な野営地まで戻った方がいいそうだ。でも、十分な護衛を確保出来ない今、下手に森の中を移動する方が危険らしい。だから、この天幕からは決して出ないようにと、ニルセン様より注意を受けた。

天幕の外では、忙しなく人が行き交う足音がしていた。その音も段々と、遠ざかって聞こえなくなる。
シンと静まり返った森は、私に恐怖を運んで来た。


でも、怖がってちゃダメだ。
今は少しでも、自分に出来る事を。

私は、怪我人が来たらすぐに対処出来るよう、運び込んでもらった医薬品を、種類ごとに整理することにした。
医者ではない私には、応急処置ぐらいしか出来ないけど。でも、何かしていたかった。



「大丈夫ですよ、バレリー殿。我らが団長は、最強ですから。お土産に竜の首を持って来てくれますよ。」

「竜の首ですか?」

首かぁ。
竜の生態調査用かしら。


「はい。我ら獣人は、求婚する時、...。」

「おい!メルデン!」
私の手伝いをしてくれていたメルデン様を、ニルセン様が後ろから思いっきり叩いた。


い、痛そう。

分厚い本の角で殴られたメルデン様が、頭を押さえて蹲る。
さすがの獣人でも、今のは相当痛かったんじゃ...。


「バレリー様、団長が帰ってきた時のお茶を選びましょう。せっかくなので、バレリー様が淹れてみてはどうでしょうか。きっと団長も喜びますよ!」

「わ、私でいいんでしょうか?ニルセン様の方が...。」

「大丈夫です、貴女なら。」

ニルセン様に背中を押され、茶葉が収納されている木箱の下へ向かう。
私は任されたことが嬉しくて、ふと目についた茶葉の缶に手を伸ばした。

その時、地面が割れるような地響きが轟いた。






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