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朝一番に、私は昨夜のヴェイル殿下との遣り取りを主人に話した。魔力無しがバレてしまった事も含めて。
「申し訳ございません、アデライード様。」
「お前は良くやったよ、ステラ。お前に責任はない。そうだろう、セルヴィン?」
「はい。その通りです、陛下。情報編纂部には、無能が繁殖しているようですね。花形と言われて図に乗っているのでしょう。まったく、他国の者とは言え、国の面汚しは不快です。まあ、それに対して、我が国の人材は完璧ですが。」
主人の秘書官の一人、セルヴィン様が、いつも通りきつい毒を吐いている。
それでも、セルヴィン様の私を見る目は、心なしか優しい気がした。
「だ、そうだ。よく耐えたな。それで、これからどうする?」
「はい。我儘が許されるのであれば、明日に控えた首脳会議をもって、分析官の役を降りたいと思います。」
明日の会議には、情報編纂部の意見発表の場がある。各国の首脳陣を前に、編纂部の代表文官が、今後の魔物対策について発表するのだ。その時、私の纏めた資料が使われることになる。
自分が必死に集めた資料だからこそ分かる。あれらの対策案は、上辺だけの情報を眺めているだけでは、決して把握出来ないと。ずっとさぼっていた人達に、理解出来るわけがないのだ。
だから、意地が悪いと思いつつも、私は、私に仕事を押し付けた彼らの発表がどうなるのか知りたかった。
丁度その会議で、私はマイヤ様の補佐として主人の側につくことが決まっていたから。
「許そう!ステラ、明日はしっかり私の側で見届けなさい。ああ、明日が楽しみだ!」
「ありがとうございます、アデライード様。」
主人の悪い笑顔につられて、私の口角も上がった。
早朝から準備が始まった大広間には、いつもの会議とは異なり、投影用の魔道具が運び込まれていた。
大掛かりな機材に目を奪われていると、大広間に人が入ってくる。
チラリと時計を確認した私は、マイヤ様と主人の席近くに控えた。すると、程なくして首脳達が次々に姿を現した。
こうして始まった首脳会議は、挨拶を交えた情報交換を早々に終了し、今回の目玉となる情報編纂部の魔物対策案発表の場へ移った。
私は、資料を配る獣人騎士団の侍女達を横目に、意気揚々と前に出る編纂部の文官達に意識を向けた。
「マゼラン公国ヌファリア侯爵家次男カイマンと申します。短い間ですが、どうぞよろしくお願いします。」
私を一番に嫌っていた文官は、カイマン様と言うらしい。彼は、魔道具に映像を投影させると、早速説明を始めた。
「…ですから、こちらを境界線として中規模の結界を張るという方法を提案します。費用は、資料の15ページをご覧下さい。」
「確かに、これなら常に騎士を派遣する必要はないな。」
「費用もこの程度なら近隣諸国だけで十分に賄える。」
「うむ。結界を魔道具化する案も素晴らしいな!」
首脳陣からは、拍手と共に賛同する声が飛び出す。その中には、文官達への賛辞も入っていた。
けれど、その明るい雰囲気に、シルヴェリア王国のマイセル外務大臣がストップをかけた。
「少しいいだろうか。この結界魔道具の年間魔石使用量は、もう少し減らせないのか?」
「残念ですが、今の所これが限界です。しかし、魔石は同盟国の3カ国から購入予定です。一国に集中しない分、価格も流通量も大幅な変動は少ないと試算しています。」
「うむ。この資料を作ったのは君か?」
「はい!私が調べ、自ら作成しました。ですから、この案には自信があります。」
「そうか。では、もちろん魔石の耐久性も理解しているのだろうな?」
「え?」
先程まで自信満々に答えていたカイマン様が、呆けた顔をしている。カイマン様を補佐する文官達も、青い顔で額に汗を滲ませていた。
やっぱり、こうなってしまった。
魔石の流通量の統計も、結界魔道具の図面も、作成したのは私だ。だから、文章にしていない細かいところは、何もしていない彼らに分かるはずがない。
きちんと自分で調べていれば分かったのに。
私は、慌てて資料をひっくり返している文官達に目を向けた。
「ハハハ!」
文官達の不手際によって、しらけた空気に包まれる中、主人の高笑いが響いた。
「ああ、すまない。お前達の姿があまりにも間抜けだったのでな!」
「サージェント王よ、そんなに笑っては可哀想ですぞ。それにしても、間抜けか…。確かにな、ククッ。」
マイセル外務大臣も、主人と共に笑い出す。
プライドを傷つけられたカイマン様は、顔を真っ赤にして唇を噛み締めていた。
「で?質問の答えはどうした?答えられないのか?」
「違っ、い、いいえ!魔石の耐久性については、私の案に関係ないと判断しました。結界魔道具に使う魔石は、定期的に交換する予定ですので。」
「そうきたか。口だけは達者だな。だがな、お前に質問した者は、最大魔石産出国の外務大臣だぞ?販売元の指摘を無視するとは、随分いい加減だな。」
「へ?」
「しかし、これではっきりしたな。この資料を作ったのは、其方ではない。ここまで見事な資料を作った者が、私の存在を知らぬ訳がないのだ。実際、其方は一度たりとも私の下には来なかったしな。私に質問をしに来ていたのは、いつもサージェントの可愛らしい侍女だったぞ。」
マイセル外務大臣は、笑顔で私に視線を向けた。
「そ、それは、彼女が私の部下だったからで…。彼女には、資料の作成を手伝わせましたから。」
「ならばなぜ、詳細を理解している彼女を編纂部員として同席させなかったのだ?其方に代わって、質問に答えられただろうに。」
「それは!その女が、平民だからですよ!神の御使である異能者様の側に、汚らしい平民女を近付けさせるわけにはいかないでしょう!そうですよね、ヴェイル殿下!?」
突然激昂したカイマン様の異様な雰囲気に、辺りはしんと静まり返る。そんな中、無表情のヴェイル殿下が、カイマン様達に近付いていった。
「お前達がここまで愚かで、無能だとは思わなかった。つまりは、見抜けなかった俺も無能ということだな…。」
「で、殿下?なぜ、そんな…?」
「恥晒し共、この場が、同盟国との関係強化のためのものだと理解出来ていなかったようだな。」
ヴェイル殿下が、カイマン様達を射殺しそうな目で睨みつけた。
これが異能者の迫力なのだろうか。
ヴェイル殿下から漏れ出た殺気が、大広間に広がり、私達にも恐怖が伝播していく。
それを間近で受けたカイマン様達が、震えながら床に崩れ落ちていった。
その様子を冷ややかな目で見ていた主人が、ツカツカと靴音を鳴らして、ヴェイル殿下の下へ歩いていく。
「優秀な者をと言うから、我が国からは、特別優秀で忍耐力のあるステラを貸し出したんだがな。ヴェイル殿下、正直、貴方にはがっかりだ。」
主人からきつい一言を浴びせられたヴェイル殿下は、反論する事なく頭を下げた。
「悪いが、謝罪は受け取らない。貴方はしっかり反省することだな。とりあえず、今はそこに転がっている無能共を連れ出してくれ。」
顎で指示を出した主人に従って、ヴェイル殿下は、カイマン様達を大広間から追い出した。
その一連の出来事を、呆然と見ていた首脳達が、段々と我に返り、ざわつき始める。
そんな中、主人が私に向かって手を伸ばした。
「おいで、ステラ。続きは、お前が説明しなさい。これは、ほぼお前が手がけたんだ。最後までやり遂げなさい。」
主人の言葉に驚いていると、笑顔のマイヤ様にそっと背中を押された。
私は、グッと奥歯を噛み締めて、主人の下に向かった。
「魔物対策情報編纂部、分析官のステラです。中規模結界魔道具の設置について、補足説明させて頂きます。」
私は、自分の知識をフル活用して、カイマン様達の解説では足りないと判断した所を重点的に説明した。
人前に出るのが苦手な私が頑張った。
話の途中、何度も声が震えたし、背中の汗も止まらなかった。
それでも、最後は賛成多数で、結界魔道具の設置が承認されたのだ。
その瞬間感じた晴れ晴れした達成感は、一生忘れることが出来ない私の宝物になった。
「申し訳ございません、アデライード様。」
「お前は良くやったよ、ステラ。お前に責任はない。そうだろう、セルヴィン?」
「はい。その通りです、陛下。情報編纂部には、無能が繁殖しているようですね。花形と言われて図に乗っているのでしょう。まったく、他国の者とは言え、国の面汚しは不快です。まあ、それに対して、我が国の人材は完璧ですが。」
主人の秘書官の一人、セルヴィン様が、いつも通りきつい毒を吐いている。
それでも、セルヴィン様の私を見る目は、心なしか優しい気がした。
「だ、そうだ。よく耐えたな。それで、これからどうする?」
「はい。我儘が許されるのであれば、明日に控えた首脳会議をもって、分析官の役を降りたいと思います。」
明日の会議には、情報編纂部の意見発表の場がある。各国の首脳陣を前に、編纂部の代表文官が、今後の魔物対策について発表するのだ。その時、私の纏めた資料が使われることになる。
自分が必死に集めた資料だからこそ分かる。あれらの対策案は、上辺だけの情報を眺めているだけでは、決して把握出来ないと。ずっとさぼっていた人達に、理解出来るわけがないのだ。
だから、意地が悪いと思いつつも、私は、私に仕事を押し付けた彼らの発表がどうなるのか知りたかった。
丁度その会議で、私はマイヤ様の補佐として主人の側につくことが決まっていたから。
「許そう!ステラ、明日はしっかり私の側で見届けなさい。ああ、明日が楽しみだ!」
「ありがとうございます、アデライード様。」
主人の悪い笑顔につられて、私の口角も上がった。
早朝から準備が始まった大広間には、いつもの会議とは異なり、投影用の魔道具が運び込まれていた。
大掛かりな機材に目を奪われていると、大広間に人が入ってくる。
チラリと時計を確認した私は、マイヤ様と主人の席近くに控えた。すると、程なくして首脳達が次々に姿を現した。
こうして始まった首脳会議は、挨拶を交えた情報交換を早々に終了し、今回の目玉となる情報編纂部の魔物対策案発表の場へ移った。
私は、資料を配る獣人騎士団の侍女達を横目に、意気揚々と前に出る編纂部の文官達に意識を向けた。
「マゼラン公国ヌファリア侯爵家次男カイマンと申します。短い間ですが、どうぞよろしくお願いします。」
私を一番に嫌っていた文官は、カイマン様と言うらしい。彼は、魔道具に映像を投影させると、早速説明を始めた。
「…ですから、こちらを境界線として中規模の結界を張るという方法を提案します。費用は、資料の15ページをご覧下さい。」
「確かに、これなら常に騎士を派遣する必要はないな。」
「費用もこの程度なら近隣諸国だけで十分に賄える。」
「うむ。結界を魔道具化する案も素晴らしいな!」
首脳陣からは、拍手と共に賛同する声が飛び出す。その中には、文官達への賛辞も入っていた。
けれど、その明るい雰囲気に、シルヴェリア王国のマイセル外務大臣がストップをかけた。
「少しいいだろうか。この結界魔道具の年間魔石使用量は、もう少し減らせないのか?」
「残念ですが、今の所これが限界です。しかし、魔石は同盟国の3カ国から購入予定です。一国に集中しない分、価格も流通量も大幅な変動は少ないと試算しています。」
「うむ。この資料を作ったのは君か?」
「はい!私が調べ、自ら作成しました。ですから、この案には自信があります。」
「そうか。では、もちろん魔石の耐久性も理解しているのだろうな?」
「え?」
先程まで自信満々に答えていたカイマン様が、呆けた顔をしている。カイマン様を補佐する文官達も、青い顔で額に汗を滲ませていた。
やっぱり、こうなってしまった。
魔石の流通量の統計も、結界魔道具の図面も、作成したのは私だ。だから、文章にしていない細かいところは、何もしていない彼らに分かるはずがない。
きちんと自分で調べていれば分かったのに。
私は、慌てて資料をひっくり返している文官達に目を向けた。
「ハハハ!」
文官達の不手際によって、しらけた空気に包まれる中、主人の高笑いが響いた。
「ああ、すまない。お前達の姿があまりにも間抜けだったのでな!」
「サージェント王よ、そんなに笑っては可哀想ですぞ。それにしても、間抜けか…。確かにな、ククッ。」
マイセル外務大臣も、主人と共に笑い出す。
プライドを傷つけられたカイマン様は、顔を真っ赤にして唇を噛み締めていた。
「で?質問の答えはどうした?答えられないのか?」
「違っ、い、いいえ!魔石の耐久性については、私の案に関係ないと判断しました。結界魔道具に使う魔石は、定期的に交換する予定ですので。」
「そうきたか。口だけは達者だな。だがな、お前に質問した者は、最大魔石産出国の外務大臣だぞ?販売元の指摘を無視するとは、随分いい加減だな。」
「へ?」
「しかし、これではっきりしたな。この資料を作ったのは、其方ではない。ここまで見事な資料を作った者が、私の存在を知らぬ訳がないのだ。実際、其方は一度たりとも私の下には来なかったしな。私に質問をしに来ていたのは、いつもサージェントの可愛らしい侍女だったぞ。」
マイセル外務大臣は、笑顔で私に視線を向けた。
「そ、それは、彼女が私の部下だったからで…。彼女には、資料の作成を手伝わせましたから。」
「ならばなぜ、詳細を理解している彼女を編纂部員として同席させなかったのだ?其方に代わって、質問に答えられただろうに。」
「それは!その女が、平民だからですよ!神の御使である異能者様の側に、汚らしい平民女を近付けさせるわけにはいかないでしょう!そうですよね、ヴェイル殿下!?」
突然激昂したカイマン様の異様な雰囲気に、辺りはしんと静まり返る。そんな中、無表情のヴェイル殿下が、カイマン様達に近付いていった。
「お前達がここまで愚かで、無能だとは思わなかった。つまりは、見抜けなかった俺も無能ということだな…。」
「で、殿下?なぜ、そんな…?」
「恥晒し共、この場が、同盟国との関係強化のためのものだと理解出来ていなかったようだな。」
ヴェイル殿下が、カイマン様達を射殺しそうな目で睨みつけた。
これが異能者の迫力なのだろうか。
ヴェイル殿下から漏れ出た殺気が、大広間に広がり、私達にも恐怖が伝播していく。
それを間近で受けたカイマン様達が、震えながら床に崩れ落ちていった。
その様子を冷ややかな目で見ていた主人が、ツカツカと靴音を鳴らして、ヴェイル殿下の下へ歩いていく。
「優秀な者をと言うから、我が国からは、特別優秀で忍耐力のあるステラを貸し出したんだがな。ヴェイル殿下、正直、貴方にはがっかりだ。」
主人からきつい一言を浴びせられたヴェイル殿下は、反論する事なく頭を下げた。
「悪いが、謝罪は受け取らない。貴方はしっかり反省することだな。とりあえず、今はそこに転がっている無能共を連れ出してくれ。」
顎で指示を出した主人に従って、ヴェイル殿下は、カイマン様達を大広間から追い出した。
その一連の出来事を、呆然と見ていた首脳達が、段々と我に返り、ざわつき始める。
そんな中、主人が私に向かって手を伸ばした。
「おいで、ステラ。続きは、お前が説明しなさい。これは、ほぼお前が手がけたんだ。最後までやり遂げなさい。」
主人の言葉に驚いていると、笑顔のマイヤ様にそっと背中を押された。
私は、グッと奥歯を噛み締めて、主人の下に向かった。
「魔物対策情報編纂部、分析官のステラです。中規模結界魔道具の設置について、補足説明させて頂きます。」
私は、自分の知識をフル活用して、カイマン様達の解説では足りないと判断した所を重点的に説明した。
人前に出るのが苦手な私が頑張った。
話の途中、何度も声が震えたし、背中の汗も止まらなかった。
それでも、最後は賛成多数で、結界魔道具の設置が承認されたのだ。
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