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「...もう、いい...。」
どうしよう。
よく聞こえなかった。
聞き返す度胸のない私は、そのまま頭を下げ続ける。
「...やはり、お前もなのか。少しでも期待した俺が馬鹿だった。ああ、そうだ。期待すべきではなかったのに。」
ヴェイル殿下の激しい怒りが、私の頭上に降りかかった。
私の軽率な行動に、相当お怒りのようだ。
「も、申し訳ございません。全ては至らぬ私の罪でございます。どうか、お赦し下さい。」
私は額を床に付け、必死に赦しを乞う。
自分の失敗が、主人に向かないように。
凍えるような空気が流れる中、平伏す私の側から、ヴェイル殿下が靴音を響かせて遠ざかっていく。けれど直ぐに、彼の冷ややかな声が、威圧感を伴って落ちてきた。
「もういい。目障りだ。俺の前から今すぐ消えてくれ。」
「はい。大変失礼致しました。」
私は顔を上げず、静かに、けれど素早く、部屋から退出した。
ルドルフ様に、何て説明しよう。
マイヤ様から託された大切な役目なのに、また失敗してしまった。
何一つまともに出来ない自分に嫌気が差す。
何とか頼まれた仕事をこなし、叱責覚悟でルドルフ様と主人に、私の失敗を報告した。けれど、主人は拍子抜けするほど簡単に、私を赦してくれた。
でも、もう次はない。
私は安堵で緩んだ自分自身に、しっかりと言い聞かせた。
「ステラちゃん!」
「アレン様、こんにちは。」
資料を抱え、廊下を歩いていると、アレン様が手を振りながら歩いてきた。
アレン様は、主人の親戚に当たる筆頭公爵家の出身で、若くしてサージェント騎士団の団長となった、血筋も実力も素晴らしい方。本来なら、私のような使用人が、気安く話し掛けていい方じゃない。
でも、私が王宮の侍女になった時からずっと、親切にしてくれる優しい方だった。
「ほら、これ、いつものだよ!ゼイン先生も心配してた。ちゃんと体を労われってさ!最近、体調はどう?」
「はい。お陰様でとっても元気です!いつもありがとうございます。」
「それは、良かった!足りなくなったらすぐに言うんだよ!マイヤにもね!」
「はい。でも、私、皆様にこのご恩をどうお返しすればいいか...。」
私は、アレン様に渡された赤い魔石を握りしめる。魔石から流れるアレン様の温かな魔力が、私の体を巡った。
「何言ってるの!?ステラちゃんは、僕達の仲間でしょ!そんなの気にしないで!あっ、僕、そろそろ行かないと!今度ゆっくりみんなで飲みに行こう!マイヤにも伝えておいて。じゃあねー!」
アレン様が、手を振りながら廊下を駆けていく。
私は胸に灯る温もりを抱きしめながら、離れていく背に頭を下げた。
私は貰った魔石を首に掛け、目的の場所に向けて踵を返す。
その時、突然背筋がゾクリと震えた。
道の先には、金に輝く瞳が、私を鋭く睨みつけていた。
どうしよう。
よく聞こえなかった。
聞き返す度胸のない私は、そのまま頭を下げ続ける。
「...やはり、お前もなのか。少しでも期待した俺が馬鹿だった。ああ、そうだ。期待すべきではなかったのに。」
ヴェイル殿下の激しい怒りが、私の頭上に降りかかった。
私の軽率な行動に、相当お怒りのようだ。
「も、申し訳ございません。全ては至らぬ私の罪でございます。どうか、お赦し下さい。」
私は額を床に付け、必死に赦しを乞う。
自分の失敗が、主人に向かないように。
凍えるような空気が流れる中、平伏す私の側から、ヴェイル殿下が靴音を響かせて遠ざかっていく。けれど直ぐに、彼の冷ややかな声が、威圧感を伴って落ちてきた。
「もういい。目障りだ。俺の前から今すぐ消えてくれ。」
「はい。大変失礼致しました。」
私は顔を上げず、静かに、けれど素早く、部屋から退出した。
ルドルフ様に、何て説明しよう。
マイヤ様から託された大切な役目なのに、また失敗してしまった。
何一つまともに出来ない自分に嫌気が差す。
何とか頼まれた仕事をこなし、叱責覚悟でルドルフ様と主人に、私の失敗を報告した。けれど、主人は拍子抜けするほど簡単に、私を赦してくれた。
でも、もう次はない。
私は安堵で緩んだ自分自身に、しっかりと言い聞かせた。
「ステラちゃん!」
「アレン様、こんにちは。」
資料を抱え、廊下を歩いていると、アレン様が手を振りながら歩いてきた。
アレン様は、主人の親戚に当たる筆頭公爵家の出身で、若くしてサージェント騎士団の団長となった、血筋も実力も素晴らしい方。本来なら、私のような使用人が、気安く話し掛けていい方じゃない。
でも、私が王宮の侍女になった時からずっと、親切にしてくれる優しい方だった。
「ほら、これ、いつものだよ!ゼイン先生も心配してた。ちゃんと体を労われってさ!最近、体調はどう?」
「はい。お陰様でとっても元気です!いつもありがとうございます。」
「それは、良かった!足りなくなったらすぐに言うんだよ!マイヤにもね!」
「はい。でも、私、皆様にこのご恩をどうお返しすればいいか...。」
私は、アレン様に渡された赤い魔石を握りしめる。魔石から流れるアレン様の温かな魔力が、私の体を巡った。
「何言ってるの!?ステラちゃんは、僕達の仲間でしょ!そんなの気にしないで!あっ、僕、そろそろ行かないと!今度ゆっくりみんなで飲みに行こう!マイヤにも伝えておいて。じゃあねー!」
アレン様が、手を振りながら廊下を駆けていく。
私は胸に灯る温もりを抱きしめながら、離れていく背に頭を下げた。
私は貰った魔石を首に掛け、目的の場所に向けて踵を返す。
その時、突然背筋がゾクリと震えた。
道の先には、金に輝く瞳が、私を鋭く睨みつけていた。
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