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小さな瓶の蓋が開くと、王宮の大ホール中に清涼な魔力が広がっていった。
温かい水の中に浸っているような、空気が纏わりつく感覚がある。
会場内でも数人、不思議そうに何もない空間を手で掻いている。
「願いなさい。なんでもいい。」
使者の声に、ぼうっと会場を眺めていたダリア様の肩が跳ね上がる。
「な、何でも?」
「ああ、花を咲かせろでも、光で満たせでも、妖精を出せでも、何でもいい。貴女が聖女ならば、神が応えてくださる。」
「あ、はい。」
ダリア様は、錫杖を握りしめて目を閉じた。
すると使者が、ダリア様の頭上で瓶を傾ける。
瓶から流れ出た一滴の雫が、重力も時間も無視してゆっくりと下へ落ちた。
美しい魔力。
そして同時に、禍々しい魔力だった。
その一滴には、全て、があった。
自分でもどうしてそう思ったのかは、分からない。
けれどあの一滴は、全てを内包しているのだと理解できた。
その一滴が、ダリア様の足元に落ちる。
床に落ちた瞬間、何もなかったかのように消え去り、空気中の魔力も飛散していった。
「貴女は聖女ではない。」
ただ簡潔に使者は結果を告げる。
ガッシャン
ダリア様が落とした錫杖の音が、静まり返った会場に響いた。
「ち、違うわ!私は聖女よ!だってあんなに聖火を出せるのよ?」
ダリア様が使者に掴み掛かる。
「ならばアーティファクトなしに聖火が出せるのか?そのアーティファクトは、聖人がこの地を憂いて子孫に贈った物。血に連なる貴女が使えるのは当たり前だ。」
腕を掴まれたままの使者が、無表情でダリア様を見下ろしていた。
「ダリアが聖女ではないだと。そんな馬鹿な...」
「お、お父様、違います!私は聖女です!あっ、リルメリア様!リルメリア様、酷いです!また私の邪魔をしたんですか?そんなに私に聖女になってほしくないんですか?私は聖女になって皆んなを幸せにしたいのに。」
必死に訴えるダリア様のその姿は、スポットライトを浴びた劇の主人公のようだった。
「愚かな。先程も言っただろう。人に神事は介入できないと。この水は聖王国の神体たる泉の水だ。神の使徒である聖女、聖人のみが触れることを許された神聖なもの。つまりなんの奇跡も起こせなかった貴女は聖女ではない。」
使者が片手に持った瓶を高く掲げ、うっとりと中を覗いている。その瞳には親愛の情が垣間見えた。
「もう一度、もう一度お願いします!私なら絶対出来ます!」
鬼気迫る表情のダリア様が、使者から瓶を奪い取った。
「やめるんだ、ダリア!」
アルバス様の制止を無視して、ダリア様が瓶の蓋に手をかけた。
「無駄だ。それもアーティファクト。次代の聖女、聖人を迎えるために初代聖女が齎してくださったもの。開け方も知らない貴女には何も出来ない。」
手を伸ばした使者の手を払いのけて、ダリア様は瓶を握りしめる。
「リルメリア様が魔法をかけたんです。私が聖女にならないように。私は聖火で皆んなを守ったのに。」
「使者殿、そこのアルト嬢は魔法の才があるのです。魔法陣無しでも魔法が使えるほどに。ですから、もう一度やり直しを。」
今まで黙っていた王太子殿下がゆっくりと前に出てきた。私を睨みつけながら。
「近衛!アルト嬢を反逆者として牢へ連れて行きなさい!」
王太子殿下の声に反応した騎士が、私へと剣を構えて近づいて来た。
温かい水の中に浸っているような、空気が纏わりつく感覚がある。
会場内でも数人、不思議そうに何もない空間を手で掻いている。
「願いなさい。なんでもいい。」
使者の声に、ぼうっと会場を眺めていたダリア様の肩が跳ね上がる。
「な、何でも?」
「ああ、花を咲かせろでも、光で満たせでも、妖精を出せでも、何でもいい。貴女が聖女ならば、神が応えてくださる。」
「あ、はい。」
ダリア様は、錫杖を握りしめて目を閉じた。
すると使者が、ダリア様の頭上で瓶を傾ける。
瓶から流れ出た一滴の雫が、重力も時間も無視してゆっくりと下へ落ちた。
美しい魔力。
そして同時に、禍々しい魔力だった。
その一滴には、全て、があった。
自分でもどうしてそう思ったのかは、分からない。
けれどあの一滴は、全てを内包しているのだと理解できた。
その一滴が、ダリア様の足元に落ちる。
床に落ちた瞬間、何もなかったかのように消え去り、空気中の魔力も飛散していった。
「貴女は聖女ではない。」
ただ簡潔に使者は結果を告げる。
ガッシャン
ダリア様が落とした錫杖の音が、静まり返った会場に響いた。
「ち、違うわ!私は聖女よ!だってあんなに聖火を出せるのよ?」
ダリア様が使者に掴み掛かる。
「ならばアーティファクトなしに聖火が出せるのか?そのアーティファクトは、聖人がこの地を憂いて子孫に贈った物。血に連なる貴女が使えるのは当たり前だ。」
腕を掴まれたままの使者が、無表情でダリア様を見下ろしていた。
「ダリアが聖女ではないだと。そんな馬鹿な...」
「お、お父様、違います!私は聖女です!あっ、リルメリア様!リルメリア様、酷いです!また私の邪魔をしたんですか?そんなに私に聖女になってほしくないんですか?私は聖女になって皆んなを幸せにしたいのに。」
必死に訴えるダリア様のその姿は、スポットライトを浴びた劇の主人公のようだった。
「愚かな。先程も言っただろう。人に神事は介入できないと。この水は聖王国の神体たる泉の水だ。神の使徒である聖女、聖人のみが触れることを許された神聖なもの。つまりなんの奇跡も起こせなかった貴女は聖女ではない。」
使者が片手に持った瓶を高く掲げ、うっとりと中を覗いている。その瞳には親愛の情が垣間見えた。
「もう一度、もう一度お願いします!私なら絶対出来ます!」
鬼気迫る表情のダリア様が、使者から瓶を奪い取った。
「やめるんだ、ダリア!」
アルバス様の制止を無視して、ダリア様が瓶の蓋に手をかけた。
「無駄だ。それもアーティファクト。次代の聖女、聖人を迎えるために初代聖女が齎してくださったもの。開け方も知らない貴女には何も出来ない。」
手を伸ばした使者の手を払いのけて、ダリア様は瓶を握りしめる。
「リルメリア様が魔法をかけたんです。私が聖女にならないように。私は聖火で皆んなを守ったのに。」
「使者殿、そこのアルト嬢は魔法の才があるのです。魔法陣無しでも魔法が使えるほどに。ですから、もう一度やり直しを。」
今まで黙っていた王太子殿下がゆっくりと前に出てきた。私を睨みつけながら。
「近衛!アルト嬢を反逆者として牢へ連れて行きなさい!」
王太子殿下の声に反応した騎士が、私へと剣を構えて近づいて来た。
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