下剋上を始めます。これは私の復讐のお話

3-50

「貴女にはこの地の希望になっていただきたいのです。」

私の喉を掴むリークロン卿の手に力が入る。息が出来ない。
魔法を使って逃げなきゃと思うのに上手くいかない。必死で抵抗している私の腕が少しずつ力を失っていく。
段々と意識が不鮮明になってきた時、急にリークロン卿の手が緩んだ。
力が入らない私の体は、そのままドサリと地面に崩れ落ちる。


「ゴホッゴホッ、はあ。」
肺が空気を求めて、荒い呼吸を繰り返す。私の心音がやけに大きく聞こえた。

意識が朦朧とする中、体勢を立て直すために腕に力を入れる。すると髪を乱暴に掴まれ、口の中に何かを入れられた。
甘く澄み渡るそれは、嚥下しなくても体の中に入っていく。


ドクン

心臓が大きく脈打つと痺れと同時に痛みが走った。

「うっ、くっ...」
魔力が急激に高まる。
体が燃えるように熱い。
痛い。痛い。


「貴女はきっと誰よりも美しい色になるのでしょうね...」
私の髪を撫でたリークロン卿が、徐に立ち上がり、地面に落ちていたランプを拾い上げた。

「こんなもの！」
彼がランプを下に叩きつけると大きな音が周囲にこだました。


「ダ、ダメっ！」
痛みで体が動かない。かろうじて伸ばした手は力が入らず震えていた。

そんな私に見せつけるように、リークロン卿はゆっくりとランプに剣を突き刺した。
ランプは一瞬淡い光を放つと砂のように崩れていった。
ランプの残骸からは微かな聖火の光が漏れている。


聖火だけでも守らなきゃ。
私は痛みを堪えて体に力を入れる。
大丈夫、こんなの痛いだけ。まだ動ける。
魔法だって使える。私はまだやれるわ。

自分の体に言い聞かせ、何とか上半身を起こした私の前に、リークロン卿が膝をついた。
見覚えのある瓶を持って。
その瓶が私の口に近付くのがスローモーションで見えた。
ただその手を払い落とせばいいだけなのに、私の体は動いてくれない。
唇に当たる冷たい感触が、私に絶望を伝える。


もうダメなの...

ウィル...




「リルメリア！」

リークロン卿の肩越しに見えた姿は、決して見間違えることはない大好きな人。
私の瞳から一筋の涙が流れ落ちた。
もう大丈夫だと思える安心感が私の中を満たしていく。


「ああ、誰かと思えば、田舎者の三男か。」
リークロン卿が捨てた剣の元へ駆け寄ると、支えを失った私の体は、再び床へと崩れる。


「リル！リル、しっかり！」

「ゴホッ、大丈夫。はあ、ウィル、本当に来てくれたのね。」

今にも泣き出しそうなウィルは、私を抱き止めてくれた。
彼の体温が私の痛みを和らげる。


「リル、自分の体を浄化出来る？」

「うん、やってみる。」
体に魔力を流すと激痛が走った。


「うっ痛い...」
先程よりも酷い痛みに呻き声が漏れる。
思わずウィルの服を握って引き寄せると、ウィルが力強く抱き締めてくれた。


「お前は絶対許さないからな。覚悟しろよ。」
頭上から低く重いウィルの声が聞こえた。