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種まきの章 ー 落花生と猫娘 ー

目玉焼きとミソ・スープとテンガロンハット(猫耳を添えて)

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 精米したばかりの米を炊いた飯に、茄子のミソ・スープ。そして、たった今命がけで採取した産みたてタマゴを焼いた目玉焼きに、塩茹でした落花生を潰しマヨネーズと和えたもの。これが、男とマメシバの今朝の朝食である。
「いただきます」
 男は手を合わせると、まず、箸で目玉焼きの黄身を割った。肉厚で濃い色をした黄身の中身が、藍色の陶器の皿の上にトロリと流れ出る。それを、白身の切れ端で拭うようにしながら、白い飯の上を経由して口に運んだ。
「うまい」
 一声漏らした後、今度は落花生とマヨネーズの和え物に箸を伸ばした。粘り気のあるそれを、たっぷりと掬い上げ、口に運ぶ。香ばしい落花生の香りに、マヨネーズのコクと酸味。思いつきで作った副菜であったが、その味は格別であった。
「よきかな」
 しかしまだ終わりではない。今度は、残っている黄身の片割れに、その和え物をしこたま乗せた。追加で黒胡椒をミルで挽いてふりかけ、慎重に箸で掬い上げて口まで運ぶ。口の中で動く舌を追いかけ、新鮮な黄身と落花生とが絡み合う。マヨネーズの酸味と黒胡椒のスパイシーさが働き、濃厚な味でありながらくどくない。
 こうして朝食を食事として扱うようになったのは、この農村に越してきてからのことだ。それまでの朝食といえば、勤務先の近くの便利屋コンビニで買ったハンバーガーを水で流し込むか、ゼリー状の栄養食品(噂では、バイオカプセルの中で培養したスライムの細胞を使っているとか……)を一気飲みするだけのものだった。食事というより、栄養摂取というのが相応しかった。自分が摂取しているものが果たしてゼリーなのかスライムなのか、そんなことより8分後に出てしまう電車エレキテル・ビークルに間に合うかが大事だった。自分のことを置いて、社会の波にうまく乗ることばかり考えているうちに、自分の輪郭が曖昧になっていた。まさにそう、個を持たず周囲を這いずることしかできない、スライムと同じだった。
 男は以降は無言で箸を動かした。最後にミソ・スープを飲み干し、具の茄子を噛みしめて、本日の朝食を〆た。ため息に続けて、男は独言ひとりごちた。
「会心の一撃」
 ほぼ同時に、マメシバも満足げにゲップを漏らした。
 その時だった。リビングのすぐ隣にある玄関口から、元気のいい声がした。
「ごめんください! 勇者さんに会いに来ました!」
 甲高く張りのある声が、家じゅうにこだまする。朝食を平らげ、さあひと眠りとばかりに床に寝そべったマメシバが、その声に何事かと起き直り、耳をぐるんぐるんと動かした。そして、ワフッ、と唸った。これは、マメシバが何かを警戒している時に出す声である。
 

 何事かと男が玄関へ向かうと、そこには小柄で色黒の若い女が立っていた。赤のチェックのシャツに黒のミニスカート、ショートブーツにテンガロンハット。このまま馬に乗って荒野を冒険できそうないでたちである。
「ええっと、どちら様で?」
 男が珍客に目を丸くしていると、女は特徴的な丸い目をくりくりとさせて答えた。
「私、ミャケって言います。セイート・ビレッジ・ニュースの記者やってます。だけど、もうすぐやめるつもりです」
「ええっ?」
 セイート・ビレッジ、つまりセイート村というのは、男が住んでいるこの村の名前である。そして、その村内だけで週に一度発行されている地方紙が、セイート・ビレッジ・ニュースだ。男も購読者の一人である。ついでにマメシバも、ほぼ毎日、あることで世話になっている。
「都会から来た勇者さんの生活ぶりを、取材してこいって言われてきました。でも私、取材じゃなくて、弟子入りしたいんです!」
 ミャケと名乗った女は、かぶっていたテンガロンハットを勢いよく脱ぎながら、再び頭を下げた。ハットの下から、黒いふさふさの毛に覆われた、三角の耳がひょこんと現れた。純粋な人間とは違う耳だ。人口の1割を占める、半人半猫の少数種族、ネコマタ族の特徴である。
 大きく丸い目を、ますます見開いて見つめるミャケを前に、男は首の後ろをぽりぽりと搔いた。リビングでは相変わらず、マメシバがワフワフ唸っている。
「まあ、とりあえず中で。ちょっと、頭の中が渋滞しかけてるので、ゆっくり話を聞かせてください」
 言い終わる前から、ミャケはすでにブーツを脱いでいた。

― 続 ―
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