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種まきの章 ー 落花生と猫娘 ー
勇者とタマゴと落花生
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思えば「勇者」というのはおかしな職業である。一体、勇者の仕事とはなんなのだろうか。
民草の生活を脅かすモンスターを排除するのが主な仕事のように見えるが、それだけならば、「戦士」や「魔法使い」も一緒だ。以前は、剣と呪文の両方が使える点が、それらの職業とのわかりやすい差別化になっていた時代もあるが、最近ではキャリアの自由化も進んできて、「魔法戦士」なんて職業も出てきたから、この問題はますます難問となってきている。
そもそも、「勇者」がどうやって生活しているのか(つまりどうやって「食って」いるのか)、そこをちゃんと説明した文献は少ない。モンスターを倒すことで現金収入を得ているとはよく聞くが、その収入はもっぱら、武器・防具の新調に充てられているらしい。勇者といえど人間である。正義の心を燃やすのにも腹は減るはずだ。一体、どこから食い物を調達しているのか。
今、私の前にその「勇者」を名乗る者が一人いる。以前は栄えある海港都市でそれなりにまじめに「勇者」稼業をしていたのだが、昨年、何を思ったかこの鄙びた農村に越してきたのである。剣を鍬に持ち変える気になったのかと思いきや、ここでもやはり「勇者」を名乗り続けるつもりでいるらしい。このあまりに平和で穏やかで、土と草の匂いがかぐわしく香る村で。
ちょうどよい。この男の観察を通して、「勇者」がどうやって「食って」いるのか、「勇者」とはなんなのか、共に考えてみようではないか。
* * *
先日の嵐は激しかった。大雨を降らし、激しい風は傾きかけた納屋の扉を吹き飛ばしていった。しかしその後には雲ひとつない空と、涼しげな秋の空気をもたらしていったのである。
待ち侘びた秋がやってきた日の朝。男は自宅のニワトリ小屋にいた。小屋といっても、酒瓶の入っていた木箱をひっくり返して、ニワトリが出入りするための穴を開け、それをただ竹垣で囲っただけのものである。藁を敷いた寝床の中では、褐色の羽毛をしたニワトリが二羽、うずくまっていた。
「お、今日は2個か」
男は膝ほどの高さしかない小さな小屋の、その床に敷かれた藁の束の中から、2つの白いタマゴを慎重に拾い上げた。その男の手のひらを、タマゴの正当な主たちがクチバシでつついた。男は悲鳴を上げた。
「痛っ、痛っ」
男は急いで立ち上がると、小走りにその場を立ち去ろうとした。主たちはそれを追いかけ、逃げる男の前に回り込んだ。
男は右手にもったタマゴを、左脇に抱えたざるの中に入れた。ざるには他に、朝露に濡れた細い茄子と、一つかみほどの量の籾が入っている。男がその籾を地面に撒くと、ようやくタマゴの主達は男から離れ、めいめいその籾を啄み始めた。
一息つく男に、竹の柵越しに話しかける人影があった。
「わははは、ニワトリとモンスターじゃ勝手が違うかね」
「ありゃ、見られてましたか。危うくやられてしまうところでした。皇帝コンドルより手強い相手です」
男が柵の外に出ると、人影はかぶっていた麦わら帽子を脱ぎ、首から下げた手ぬぐいで、薄くなり出した頭を拭った。真っ黒に日焼けした、柔和な表情の農夫である。小柄でそれなりの年齢だが、背筋は真っ直ぐだ。
「そうかい。ま、てげてげにやりないよ」
てげてげ、とはこの地方の言葉で、「適当」「ほどほどに」というくらいの意味である。
「これ、今そこで掘ってきたからやるわ。塩で茹でると、うめえど」
農夫が小さな麻袋を差し出すと、男はそれを受け取り中を覗き込んだ。
「わー、落花生ですね」
雨に濡れた土と草の匂いに混じって、落花生特有の豊かな油分の香りが、確かに感じられる。男が蔓を掴みあげると、ココアパウダーのような黒土をまとった落花生が、鈴なりになっていた。殻同士が触れ合い、カラカラカラ、と可愛らしい音まで立てている。
男は蔓を戻した麻袋をズボンのポケットに押し込むと、ざるの中からタマゴを一つ取り出し、農夫に差し出した。
「ほう、二羽とも産んじょったか、大したもんやわ」
「サンザさんに色々教わったからですよ。よかったら持っていってください。落花生のお礼です」
サンザと呼ばれた農夫は、指先で摘んだタマゴを吟味するように回していたが、やがて男の脇のザルにそれを戻した。
「いや、タマゴならこの間、裏のミノーさんから沢山貰ったでな。それより、たまにはあの犬っコロにも、ええもん食わせてやったらどや」
サンザが指さした先では、ちょうど落花生に似た色の毛並みをした、実にキュートでプリティでファンシーな小ぶりな犬が、無邪気に笑いながら二人を見上げていた。
「あはは。そうします。よかったな、マメシバ」
マメシバと呼ばれたその犬は、男に頭を撫でられると、ごちそうの気配にプリプリと腰ごと尻尾を振った。
―続―
民草の生活を脅かすモンスターを排除するのが主な仕事のように見えるが、それだけならば、「戦士」や「魔法使い」も一緒だ。以前は、剣と呪文の両方が使える点が、それらの職業とのわかりやすい差別化になっていた時代もあるが、最近ではキャリアの自由化も進んできて、「魔法戦士」なんて職業も出てきたから、この問題はますます難問となってきている。
そもそも、「勇者」がどうやって生活しているのか(つまりどうやって「食って」いるのか)、そこをちゃんと説明した文献は少ない。モンスターを倒すことで現金収入を得ているとはよく聞くが、その収入はもっぱら、武器・防具の新調に充てられているらしい。勇者といえど人間である。正義の心を燃やすのにも腹は減るはずだ。一体、どこから食い物を調達しているのか。
今、私の前にその「勇者」を名乗る者が一人いる。以前は栄えある海港都市でそれなりにまじめに「勇者」稼業をしていたのだが、昨年、何を思ったかこの鄙びた農村に越してきたのである。剣を鍬に持ち変える気になったのかと思いきや、ここでもやはり「勇者」を名乗り続けるつもりでいるらしい。このあまりに平和で穏やかで、土と草の匂いがかぐわしく香る村で。
ちょうどよい。この男の観察を通して、「勇者」がどうやって「食って」いるのか、「勇者」とはなんなのか、共に考えてみようではないか。
* * *
先日の嵐は激しかった。大雨を降らし、激しい風は傾きかけた納屋の扉を吹き飛ばしていった。しかしその後には雲ひとつない空と、涼しげな秋の空気をもたらしていったのである。
待ち侘びた秋がやってきた日の朝。男は自宅のニワトリ小屋にいた。小屋といっても、酒瓶の入っていた木箱をひっくり返して、ニワトリが出入りするための穴を開け、それをただ竹垣で囲っただけのものである。藁を敷いた寝床の中では、褐色の羽毛をしたニワトリが二羽、うずくまっていた。
「お、今日は2個か」
男は膝ほどの高さしかない小さな小屋の、その床に敷かれた藁の束の中から、2つの白いタマゴを慎重に拾い上げた。その男の手のひらを、タマゴの正当な主たちがクチバシでつついた。男は悲鳴を上げた。
「痛っ、痛っ」
男は急いで立ち上がると、小走りにその場を立ち去ろうとした。主たちはそれを追いかけ、逃げる男の前に回り込んだ。
男は右手にもったタマゴを、左脇に抱えたざるの中に入れた。ざるには他に、朝露に濡れた細い茄子と、一つかみほどの量の籾が入っている。男がその籾を地面に撒くと、ようやくタマゴの主達は男から離れ、めいめいその籾を啄み始めた。
一息つく男に、竹の柵越しに話しかける人影があった。
「わははは、ニワトリとモンスターじゃ勝手が違うかね」
「ありゃ、見られてましたか。危うくやられてしまうところでした。皇帝コンドルより手強い相手です」
男が柵の外に出ると、人影はかぶっていた麦わら帽子を脱ぎ、首から下げた手ぬぐいで、薄くなり出した頭を拭った。真っ黒に日焼けした、柔和な表情の農夫である。小柄でそれなりの年齢だが、背筋は真っ直ぐだ。
「そうかい。ま、てげてげにやりないよ」
てげてげ、とはこの地方の言葉で、「適当」「ほどほどに」というくらいの意味である。
「これ、今そこで掘ってきたからやるわ。塩で茹でると、うめえど」
農夫が小さな麻袋を差し出すと、男はそれを受け取り中を覗き込んだ。
「わー、落花生ですね」
雨に濡れた土と草の匂いに混じって、落花生特有の豊かな油分の香りが、確かに感じられる。男が蔓を掴みあげると、ココアパウダーのような黒土をまとった落花生が、鈴なりになっていた。殻同士が触れ合い、カラカラカラ、と可愛らしい音まで立てている。
男は蔓を戻した麻袋をズボンのポケットに押し込むと、ざるの中からタマゴを一つ取り出し、農夫に差し出した。
「ほう、二羽とも産んじょったか、大したもんやわ」
「サンザさんに色々教わったからですよ。よかったら持っていってください。落花生のお礼です」
サンザと呼ばれた農夫は、指先で摘んだタマゴを吟味するように回していたが、やがて男の脇のザルにそれを戻した。
「いや、タマゴならこの間、裏のミノーさんから沢山貰ったでな。それより、たまにはあの犬っコロにも、ええもん食わせてやったらどや」
サンザが指さした先では、ちょうど落花生に似た色の毛並みをした、実にキュートでプリティでファンシーな小ぶりな犬が、無邪気に笑いながら二人を見上げていた。
「あはは。そうします。よかったな、マメシバ」
マメシバと呼ばれたその犬は、男に頭を撫でられると、ごちそうの気配にプリプリと腰ごと尻尾を振った。
―続―
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