というものは

右利きの夜市

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ホームレスシ

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 ペットのネズミが息を引き取ったのは今から半年程前だ。一緒に一年半楽しく暮らしたが、出会ったときから成獣だった。後で調べると、ネズミは長生きではないらしい。
 ネズミの最期の晩餐に川で捕まえてきた鯉を調理して食べさた。ネズミは嬉しそうに身体中を駆け回り、楽しそうだった。
 次の日の朝、目が覚めるとネズミは冷たくなっていた。神社の沿道、大きな桜の木の下に埋めた。街を歩き回るが寝るときは桜の木の下で寝ることにしている。
 最期に、ネズミを幸せに出来たのだと思った。自分の料理がずっとぐったりしていたネズミを縦横無尽に駆け巡らす程元気に出来たのだと思った。
 折角気づいたのだ。
 ネズミが教えてくれたことは、自分の料理が誰かを喜ばすことが出来るということだ。

 その日からはまず、起きたら神社の水で身体を洗う。料理をするので、身なりには気を付けている。メインの通り付近では嫌な顔をされるが、最近は竹樋から水が塩梅よく漏れてる箇所を見つけ、そこを使っている。場所が木々の中ということもあり、最近は神社の主と呼ばれることも多々ある。
 前の日に洗った、着物に袖を通す。紐で袖回りを縛り、赤と青のクーラーボックスを積んだゴロゴロを握り、駅に向け出発する。
 もちろん、食材が取れないと休みとなる。
 今日は鯉料理を振る舞う予定だ。

 調味料は物好きな営業がくれた。最初はクーラーボックスだけの支給だったが、外国人観光客相手に物珍しさで売ったりしていると、次第に日本人も噂を聞いて訪ねてくる様になった。完売の日が増えると、調味料を支給してくれた。
 彼とはスポンサー契約だと口約束しており、クーラーボックスのレンタルと調味料の支給をしてもらっている。調理器具は売り上げで用意したものとスポンサーの田中君からもらったものとある。その代わりに田中君のクーラーボックスを紹介しないといけない約束だ。
 スポンサーの田中君からは、突発的に開店して突発的に閉店できるようにしてくださいと言われている。そして、一日この街にいるが、三回は路面店の位置を返る様にと言われている。そのせいもあってか、最近やっとついてきたお得意さんには
嫌みを言われるのだ。
 「やっと見つけたよ、長さん! 風俗街の路地裏はダメでしょ」とか、「長さん!ここ立ち入り禁止だから、電車の高圧電線来てるから」とかなかなかに注文が多い。
 食材は、持ち込みも可にしていて、酒なんかを客にご馳走になることも多い。基本は時分で捕まえるので、鯉や鮒、鳩が多い。調子が良いときには蛇なんかも有ったりする。
 法律を違反していたらごめんなさい。

 そして、ゲリラ的にやっているので、そこら辺を仕切っている恐いお兄さんや国民的ガーディアンお巡りさんに会うと、逃げなければならない。


 今日は神社のベンチ横でセッティングしていた。雲は以外と早く流れ青空が気持ちよく広がっていた。今日は鯉と鳩がある。

 「あっ、青と赤のクーラーボックスだ」と女の子が小走りで寄ってきた。振り返って、手招きをする。彼女よりもいくつか年上に見える男性はしきりにやっぱさ、やっぱさと言っていた。
 女の子は、膝に手をつき、
 「サザエってありますか」と目をきらきらさせて聞いてきた。少し申し訳ない気持ちになる。
 「今日は鯉と鳩しかなくてなぁ、すまんなぁ」と答え、このお店のシステムを伝えた。
 「私買ってくるよ、サザエ」
 「いや、鳩を食おう」
何やら楽しそうに話をしている。
 「鳩もお寿司ですか」と女の子は聞いてきた。栗色の髪が今時だがとても良い子そうな女の子で、どこかで見たことがある様な気がした。
 「鳩は普通に肉料理って感じかなぁ」
 「そうですか、ゲリラ寿司と聞いていたので」
 「最初は魚が多くてお寿司ばかり出してたからかなぁ。最近は鳩の捕まえ方がわかってなぁ」
 「捕まえてるんですか、自分で」と彼氏の方が聞いてきた。続けて、「でも、クーラーボックスにホームレスシってありますが」

 田中君がくれたクーラーボックスは赤と青の二つだ。赤は温かい温度を維持しやすく、青は氷なんかがなかなか溶けない。赤の方には、ホームレスシ「ヒーロー」と書いてもらった。これが、ゲリラ寿司の路面店舗名である。青の方には田中君の社名が載せてある。なぜなら、田中君のクーラーボックスを流行らせなければいけない。
 「株式会社 というものは」と女の子が首を傾けた。これチャンスとばかりにと青クーラーボックスの中にある今朝コンビニで買ったロックアイスがまだざらっと全く溶けてない様子を見せながら、
 「これ作った会社の名前なんだぁ。で、名刺のこの人が担当者だから。この名刺持ってくと一割オフになるんだよなぁ」と言って、女の子の方に田中と書いてある名刺を渡した。
 結局二人は鳩の手羽先を食べながら行ってしまった。女の子は貝が手に入ったら交番かなんかに張り出して知らせてくださいと言っていたが、タニシなんかでも良いのだろうか。


 場所を変える。
 時間帯は、昼だ。量売るならまとめ売りで単価をわからなくさせるのがいいと考えた。
 駅近デパートの御手洗いの一室を借りることにした。
 ここは、最近よく開店する場所で、常連はバレないようにトイレをとりわけ大を催してる真似をしながら、並んでいてくれる。
 「長さん、調子はどう」と言いながら、田中君が現れた。ぼちぼちでんなぁと関東人が言ってみる。
 「今日はゲストを連れてきたんですよ」
 「やぁ長さん」
 「あれ、二人は知り合いだったのかぁ」
 保田さんは十八禁の神様で、保田さんの紹介してくれた保母さん物を越えるさくひんはまだ見つかっていない。
 「長さん、保母さんシリーズ続編でたよ」
 パッケージだけで、失神しそうになった。よろめいて、手をつくと温水洗浄便座のボタンがあった。ズボンを履いたまま座って売っていたため着物のお尻がびしょびしょになった。
 「とりあえず、今日のメニューは」田中君が流れを断ち切る。
 「鯉のあらいを寿司にしてるんだなぁ。酢味噌も用意してるんだ。後は、鯉コクは常連さんにサービスしるんだぁ」
 保田さんと田中君はその場で一口食べ、
「いやぁ、度肝抜かれた。度肝抜かれたよ、長さん」その後、保田さんは度肝抜かれたとしか言わずに、ぺろりと平らげ横の個室に入って用を足してから帰っていった。田中君はそれまでの間、団地妻がどうしたとか、クーラーボックスをどうとか個室の外から保田さんに説明していた。
 ここでは、鯉のあらい寿司がそこそこ売れた。


 夜になると、お酒も売れる為、そこで一日の収入も盛り上がる。

 駅から少し歩くが大きな橋の根本に来た。
 何線路も通る上を渡る大きな橋だ。
 終電を逃した人を捕まえて一緒にちびちびやったりもする。
 橋から空を見上げると、朧気な月が浮かんでいた。



 ホームレスシ「ヒーロー」のクーラーボックスの前で スーツを着た男が立ち止まる。口にはタバコを加え、左手にはラッキーストライクとライターを握っていた。
 「これは店……ですか」
 何も言わずにビールを渡す。酒の肴は、鳩の焼き鳥にした。男はうつむきながらその場に座った。少し戸惑いながらも焼き鳥を口にし、ビールを飲んだ。
 
 スーツの男は引き継ぎをする様にタバコを吸う。その様子を見ていたのに気づかれた様で、
 「普段は吸ってなくて、久々に今日だけ喫煙です」と苦笑いしながら説明した。
スーツの男は、「これ、拾ったんです」そう言うと、長さんにラッキーストライクを勧めた。
 長さんは一本タバコをもらい一息つく。

 「ヒーローっていうのはなぁ……」とネズミを思い出しながら、話を切り出した。
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