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エピローグ
6.〈 02 〉
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晴天の11月28日だよ、本日は。
あたりまえの冬がくる。日本の冬、緊張の冬、なんてね。
思えば15歳の夏から9年以上、ずっとアタシは自分をだまし続けてきた。
でも昨日、横浜の結婚式場〈姫玉ホール〉でトンコのウェディングドレス姿を見て、アタシは「こんな偽りの心は、もう終わりにしなきゃ」と思った。そうしてコンプレックスから卒業することに決めたのよ!
とても美男美女とはいえない両親から生まれたアタシなんだから、やっぱりこういう顔してるのは当然だからね。
$
それは中学3年の7月1日のこと。すべてのきっかけはトンコから始まった。
これで4回目になる2人だけの誕生日パーティー。
「ねえトンコ、アタシってそんなにブス?」
「正子、自分を貶めちゃダメよ」
トンコ、否定はしてくれないのね?
「アタシもトンコみたいに可愛らしい顔だったらな……」
「顔なんて人それぞれよ」
やっぱり否定はしないのね?
「正子は思い込みが激しいから、それを逆に利用すればいいと思うよ」
「どういうこと?」
「ほら、小皇女ベッキーのように、自分は清く美しい女性だという自覚を持つの」
「そうかあ、気持ちからかえて行くってことね。わかった。アタシはスタイルと声だけでなく、顔も超絶美しいの。アタシは絶世の美女なの。だからアタシは世界4大美女の代表者として君臨するわ。さあ男どもよ、アタシの足元にひざまずけ! へっへへへ~」
「それは盛り過ぎですよ、大森さん」
「てへへ」
ともかく大森正子は今日から15歳。そして今日から誰にも負けない美人。
$
お化粧するようになってからは、かろうじて少しは見られるレベルの仮面を作れてはいる、つもりだった。
それでも「お前って、スタイルと声だけはいいけど、顔がイマイチなんだよな。しかも性格はブスだし」なんてこと、ずっと思われ続けてきた。ストレートにはいわれないにしても、相手がそう思ってるんだってわかるの。
アタシの顔のことを綺麗だとか美しいだとかいってくれた人なんて、今まで誰もいなかった。――でもそれがなによ? そんなことは、もう気にしない!
このアタシの体だけがお目あてで、このアタシを弄んでくれた男ども。許そう。ていうか、弄ばれてることをわかっていながらも、健気にお相手していたおバカな女、このアタシ自身を許そう。
でも、あの猪野さんだけは、そんな男たちとは根本的に違う。そうだと思う。
だから来月、彼がアメリカから戻ってきたら最初に会ったときに告白する。
生まれてこの方24年と5か月、初めて男の人に「アタシ、あなたのことが好きです」と伝えるよ。そう決めてるの。返答なんてどうだっていい。そうしないことにはアタシの気持ちが許さないから。
そんなアタシは今日もまた、正男が入院している中原総合病院までテクテクと歩いてきた。ほとんど毎日くることにしている。お父さんと2人でくることもあるのだけど、1人でも必ずくる。
ときどき萩乃さんもお見舞いにきてくれる。
彼女はね、背筋がピンと伸びているアタシの姿勢を見て「とても美しい」と絶賛してくれた人なの。そんでもってアンタの元クラスメイト。
「今でもまだ正男のことが好きみたいよ。いつか告白されたら、アンタちゃんと返答しなきゃだよ。そうそう萩乃さんね、来年の春、アメリカの大手システム開発会社に転職するのよ。勤務先は東京支社だけどね。彼女はお兄さんを見習って、あの獅子郎さんのような立派なパワーショベルの達人を目指すんだって。すこぶる頑張ってるんだよ。だからアンタもね」
たとえ雨が降ろうと雷が鳴ろうと、そして風が強かろうと、アタシはここにきて、こうして手足をさすってやったり声をかけてやったりするの。こうして好きだった食べ物の匂いを嗅がせてやるの。
この子は今日、晴れの20歳を迎えた。ホントなら大学1年の充実した生活を日々謳歌しているのに。
講義室、図書館、我が家の2階のお勉強部屋、そういうどこかで航空宇宙工学を学んでいるはずなのに!
誰かアタシの知らない彼女と学食でご飯食べたり、もしかしたら萩乃さんを恋人にして遊園地で遊んだり、友だちグループで焼肉食べに行ったりカラオケで楽しんだり、そういうことをしているはずなのに……。
「正男、マシュマロ味のカラメルコーン買ってきたよ。起きて食べなよ。グズグズしてたら、お姉ちゃんが1人で全部食べちゃうよ。あのねマサオちゃん、今日ここにお母さんがきてくれるんだって。11年ぶりになるね。アンタ、お母さんの顔ちゃんと覚えてる? さあほら立ちあがって、アンタの大きくなった姿を見せてあげなきゃ、ねえ正男、正男ってば……、くっ、うぅぅ……」
この子はきっと意識を取り戻す。
たとえお医者さんや看護師の人たちの誰もがそう信じなくても、少なくともアタシら家族と萩乃さんは、毎日それを願っているのだからね。
アタシの涙が、ぽたぽたと正男の頬に落ちてしまった。拭いてあげないとね。
「ううっく……」
「えっ!?」
ずっと閉じていたはずの正男が、両のまぶたを開いている!
「ちょっとアンタ!」
「は、姉ちゃん??」
「やっと目を覚ましたのね! 奇跡が起きたわ! ああ神様仏様、ありがとうございます感謝します、ずっと崇め奉ります!」
アタシは叫ぶしかなかった。大粒の涙が溢れ出て、とまらない。
〈 完結 〉
あたりまえの冬がくる。日本の冬、緊張の冬、なんてね。
思えば15歳の夏から9年以上、ずっとアタシは自分をだまし続けてきた。
でも昨日、横浜の結婚式場〈姫玉ホール〉でトンコのウェディングドレス姿を見て、アタシは「こんな偽りの心は、もう終わりにしなきゃ」と思った。そうしてコンプレックスから卒業することに決めたのよ!
とても美男美女とはいえない両親から生まれたアタシなんだから、やっぱりこういう顔してるのは当然だからね。
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それは中学3年の7月1日のこと。すべてのきっかけはトンコから始まった。
これで4回目になる2人だけの誕生日パーティー。
「ねえトンコ、アタシってそんなにブス?」
「正子、自分を貶めちゃダメよ」
トンコ、否定はしてくれないのね?
「アタシもトンコみたいに可愛らしい顔だったらな……」
「顔なんて人それぞれよ」
やっぱり否定はしないのね?
「正子は思い込みが激しいから、それを逆に利用すればいいと思うよ」
「どういうこと?」
「ほら、小皇女ベッキーのように、自分は清く美しい女性だという自覚を持つの」
「そうかあ、気持ちからかえて行くってことね。わかった。アタシはスタイルと声だけでなく、顔も超絶美しいの。アタシは絶世の美女なの。だからアタシは世界4大美女の代表者として君臨するわ。さあ男どもよ、アタシの足元にひざまずけ! へっへへへ~」
「それは盛り過ぎですよ、大森さん」
「てへへ」
ともかく大森正子は今日から15歳。そして今日から誰にも負けない美人。
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お化粧するようになってからは、かろうじて少しは見られるレベルの仮面を作れてはいる、つもりだった。
それでも「お前って、スタイルと声だけはいいけど、顔がイマイチなんだよな。しかも性格はブスだし」なんてこと、ずっと思われ続けてきた。ストレートにはいわれないにしても、相手がそう思ってるんだってわかるの。
アタシの顔のことを綺麗だとか美しいだとかいってくれた人なんて、今まで誰もいなかった。――でもそれがなによ? そんなことは、もう気にしない!
このアタシの体だけがお目あてで、このアタシを弄んでくれた男ども。許そう。ていうか、弄ばれてることをわかっていながらも、健気にお相手していたおバカな女、このアタシ自身を許そう。
でも、あの猪野さんだけは、そんな男たちとは根本的に違う。そうだと思う。
だから来月、彼がアメリカから戻ってきたら最初に会ったときに告白する。
生まれてこの方24年と5か月、初めて男の人に「アタシ、あなたのことが好きです」と伝えるよ。そう決めてるの。返答なんてどうだっていい。そうしないことにはアタシの気持ちが許さないから。
そんなアタシは今日もまた、正男が入院している中原総合病院までテクテクと歩いてきた。ほとんど毎日くることにしている。お父さんと2人でくることもあるのだけど、1人でも必ずくる。
ときどき萩乃さんもお見舞いにきてくれる。
彼女はね、背筋がピンと伸びているアタシの姿勢を見て「とても美しい」と絶賛してくれた人なの。そんでもってアンタの元クラスメイト。
「今でもまだ正男のことが好きみたいよ。いつか告白されたら、アンタちゃんと返答しなきゃだよ。そうそう萩乃さんね、来年の春、アメリカの大手システム開発会社に転職するのよ。勤務先は東京支社だけどね。彼女はお兄さんを見習って、あの獅子郎さんのような立派なパワーショベルの達人を目指すんだって。すこぶる頑張ってるんだよ。だからアンタもね」
たとえ雨が降ろうと雷が鳴ろうと、そして風が強かろうと、アタシはここにきて、こうして手足をさすってやったり声をかけてやったりするの。こうして好きだった食べ物の匂いを嗅がせてやるの。
この子は今日、晴れの20歳を迎えた。ホントなら大学1年の充実した生活を日々謳歌しているのに。
講義室、図書館、我が家の2階のお勉強部屋、そういうどこかで航空宇宙工学を学んでいるはずなのに!
誰かアタシの知らない彼女と学食でご飯食べたり、もしかしたら萩乃さんを恋人にして遊園地で遊んだり、友だちグループで焼肉食べに行ったりカラオケで楽しんだり、そういうことをしているはずなのに……。
「正男、マシュマロ味のカラメルコーン買ってきたよ。起きて食べなよ。グズグズしてたら、お姉ちゃんが1人で全部食べちゃうよ。あのねマサオちゃん、今日ここにお母さんがきてくれるんだって。11年ぶりになるね。アンタ、お母さんの顔ちゃんと覚えてる? さあほら立ちあがって、アンタの大きくなった姿を見せてあげなきゃ、ねえ正男、正男ってば……、くっ、うぅぅ……」
この子はきっと意識を取り戻す。
たとえお医者さんや看護師の人たちの誰もがそう信じなくても、少なくともアタシら家族と萩乃さんは、毎日それを願っているのだからね。
アタシの涙が、ぽたぽたと正男の頬に落ちてしまった。拭いてあげないとね。
「ううっく……」
「えっ!?」
ずっと閉じていたはずの正男が、両のまぶたを開いている!
「ちょっとアンタ!」
「は、姉ちゃん??」
「やっと目を覚ましたのね! 奇跡が起きたわ! ああ神様仏様、ありがとうございます感謝します、ずっと崇め奉ります!」
アタシは叫ぶしかなかった。大粒の涙が溢れ出て、とまらない。
〈 完結 〉
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