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第5章 ニートでもハートに希望

5.〈 08 〉

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 3月12日の午後、スマホにWEBメールの転送あり。
 お、これは〈omorimko2〉の方からだね。まさかヘンな野郎とか少年とかじゃあないよねえ?

《エムコ様、突然メールをお送りします失礼をお許しください。私は雨林院出版編集部の田山小花と申します。先ほど貴方のブログページ〈虚史詩さんの1ファンのお勉強部屋〉を拝見致しました。それでお尋ねしますが、貴方は、以前〈小説家になるわ〉で活動されていたユーザー〈虚史詩〉様のお知り合いの方なのでしょうか。実は〈虚史詩〉様の作品『転生して異世界行ったら女の子になっちゃって人気だす草なぎ君!』に関しまして、弊社から直接ご本人様にお伝えしたいことがあります。もし貴方から〈虚史詩〉様にご連絡頂けるのでしたら幸いです。》

「えっえぇ~、書籍化打診!? マジきちゃってますよ虚史詩さん!」

 あ、そういえば、雨林院って猪野さんの本の出版社だわ。
 虚史詩さんの正体が、あの人だってことは知られてないでしょうけど、そうとわかれば話も早いと思う。
 でも猪野さん受けるかなあ? 今はそれどころじゃない状況なんだけど、アタシとしては書籍版『人気だす草なぎ君!』をどうしても読みたい。
 ともかく、このメールを転送しよう。なにか背中を押してあげられるような言葉を添えてね。普通に「期待してる」とか「絶対買う」とか書いとけばいい?

《猪野さんニュースですよ、『人気だす草なぎ君!』書籍化のお話かもです。アタシ期待してます! 発売日に絶対買います! だからなんでも協力しますから。あそれと、イノ@NY市さんは猪野さんですよね? あのアドバイスすこぶる助かりました。マサコちゃん感謝感激、感動した!(笑)》

 よっし、トンコにも知らせてやらなきゃだ。あの子だって虚史詩さんの大ファンだからね。

《おいトンコ、読んで驚け。なんと猪野さんの『人気だす草なぎ君!』が、とある出版社で書籍化されるかもしれないのだ! どうだあ、読みたいだろ?》

《きゃあ~~、ワタシ読みたい読みたい、虚史詩さんの本読み鯛焼き!!》

「早っ!!」

 ものの15秒で返信きたよ。
 ていうか、トンコ完全に砕けちゃってます……。

 夜10時過ぎ、猪野さんからメールがきた。向こうは朝の9時過ぎかな。

《大森さん、メールの転送ありがとうございます。僕が青春のすべてを注ぎ込んで書いた『人気だす草なぎ君!』の書籍化を検討してくださっていることに正直驚いています。同時に迷ってもいます。かつて僕は規約違反という重大な過ちを3度も繰り返したのですから。多くの方に多大なご迷惑をおかけしておきながら、厚かましくも小説を出版して頂くなどということが許されるものでしょうか。【追伸】ご推測の通りイノ@NY市は僕です(笑)》

 アタシは「あいかわらず厳格なんだなあ」と感心します。

《価値観は人それぞれですけれど、猪野さんはもう十分反省されたと、アタシは思っています。WEB小説を投稿するしないと、小説を出版するしないは別のこととして考えた方がいいとも思います。猪野さんが決められることにアタシが口を挟むつもりはありません。けれど迷っておられるなら、アタシはただ「応援したいです」とだけお伝えしておきます。ていうか、もう寝ます(笑)》

 猪野さんの決心次第だけど、アタシの好きな作品が本になるかも。
 すこぶる楽しみ! この気分を胸に抱いてお布団に潜ろう。いい夢見ようぜマサコちゃん!

 3月13日の朝、スマホにWEBメールの転送あり。

《大森さん、激励のお言葉ありがとうございます。あなたが応援してくださるのであれば、僕は全力で書籍化に挑もうと思います。京極さんからも同様にメールでエールを頂いています。もし大森さんがよろしければ、(まだ先のことになりますが)改稿版に目を通してくださらないでしょうか? お仕事などでお忙しいようでしたら、ムリにとは申しませんが。》

 ノートPCを起動して、WEBメールで返信しておく。

《猪野さんが決断してくれて嬉しいです。改稿版の下読みですか? もちろん喜んでお引き受けしますよ。ええ、ぜひともウルトラ読み専マサコちゃんにお任せあれ!》

 午後、郵便受けにアタシ宛ての封筒あり。お、合格通知か? あいや違う、この厚みでわかるわ。あー残念!
 中身は思った通り、紙1枚とアタシの履歴書。

《選考の結果、誠に勝手ではございますが、大森様の今回の採用は見送らせて頂きます。あしからずご了承願います。大森様におかれましては今後増々のご活躍を心よりお祈り致しております。なお、またのご縁がございましたら、よろしくお願い申しあげます。(満開サクラ進学教室 桜木花枝)》

 アタシのサクラ、開かなかったね。また次があるさ……。
 そして今度は金木君からのメール。

《近衛さんが塾の月謝を返してくれました。それで「もう金取らねえから、大森正子にチクんのはやめてくれ」だって。先生なにしたの? それで、また塾に行けるようになったけど、大森先生が辞めたことを知ってガッカリしています。先生の授業好きだったのに。》

 なにしたのってか? ――軽く蹴りをね。
 授業好きだったのにってか? ――あらまあ、可愛いこといってくれるじゃん!
 と、ここへトンコからメール。ニートなのに、アタシなんだか忙しいね。

《正子、急だけど話があるの。明日あいてる? 菊名まで出てこられる?》

《もしかして、お仕事キターッ!! てこと? 無業者だからいつでもあいてるし、ていうか場所と時間は? 菊名でも新横浜でも出て行けるヨーグルトシフォン!》

《それじゃ明日、駅前の相模博物舘で午後1時にね。》

 パワーショベルの達人さんと〈対面の儀〉をした喫茶店だね。
 しっかし、矢庭に慌ただしくなってきたわ。いつになくこう、なんだか胸にワクワク感もある。ニートでもハートに希望があれば結構楽しい日常。でへへ。
 と、ここへ家の電話が鳴った。

「もしもし」
『大森さん、お願い戻ってきて!』
「はい?」

 延長保育ババアが泣きついてきやがったよ。
 黒縁メガネ女のコネでアタシの後釜をゲットした国文科卒がまったくもって使えず、ダメダメなんだって。家庭教師とは違うのだよ!
 塾生たちが、「もし大森先生が戻ってきてくれないなら、4月からは別の塾へ行きます!」とかいってるらしい。

「でもアタシ、他の進学教室で面接受けたんです。そこ1コマ6千円ですよ?」

 90分授業だとか選考落ちたとか、そこんとこは内緒。

『わかったわ。1コマあたり200円増しにするから』
「800円!」
『仕方ないわね、中点を取って500円増しよ。4月からお願いね?』
「わかりました」

 あっけなくニート卒業します! 今月末にね。
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