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第5章 ニートでもハートに希望

5.〈 06 〉

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 3月10日、10時に横浜駅でトンコと合流して近くの映画館に入った。
 トンコが前売り券を2枚持ってきていて、アタシが好きなスパイものシリーズの最新作を観た。

 それからトンコに連れられて向かった先はラーメン屋さん。先月オープンしたという、ブタ背脂スープが自慢の〈ブタ満タンらーめん本舗〉だったので、「ここ、この前お父さんと正男が食べにきたお店なんだよ」と教えてやる。すると「正子は初めて?」「うん、トンコは?」「ワタシもよ」となる。この子、以前からこのお店が気になってたけど、1人では入りにくかったんだって。トンコらしいね。ふふふ。
 味は予想よりあっさりしている。これなら評判になるのも当然だわ。今度正男と一緒に、もう1度食べにこよう。
 で、ここのお会計もトンコ持ちだって。やったぁー、アタシ今日まだ電車賃しか使ってないよ!

 お次は喫茶店に入りますの。ここも出してくれるのかしら?

「正子、これあげる」
「なによ?」

 飾り気のない茶色の封筒が、小さく折り畳まれている。薄っぺらい。

「図書カード。千円分だけど」
「ありがとう!」

 この前アタシがメールに書いたことを〈全部返し〉するってか?
 となると最後の1つは?

「もしかして、優しい独身のイケメンを紹介してくれるの?」
「それはムリだよ」
「なんだぁ~、残念!」
「でもその代わりに、ここもワタシが出すから」
「おおサンキュー、3月9日感謝デー!」
「今日は10日です。いつまで経っても大ボケ正子なんだから~、あははは」
「おっと、そうだったわねえ、えへへへ」

 トンコと2人でいると気分もフワフワしてきて、なんだかいいのよね~。

「ねえ正子、猪野さんのことなのだけど――」

 自然と彼の話が持ちあがる。いわば共通のだもんね。
 NY市で始まったばかりのプロジェクトは中断だって。パソコンとかの備品が作業場所もろとも破壊されちゃったし、なによりもメンバーが数人亡くなったから、どう仕様もないわね。
 猪野さんの回復を待つこと、別のビルを探してワークスペースを確保すること、それとメンバー集めで5月中旬くらいの再開を見込んでいるみたい。終了は11月末頃を目標にするんだとか。つまり、冬まで猪野さんは日本に帰ってこられないのよ。

 トンコと話してると気持ちが落ち着くのだけど、それゆえに時間のテンポが速く、3時過ぎに横浜駅でお別れのときを迎える。夕方、トンコはお母さんと一緒に町田市の親戚宅へ行くんだとさ。お見合いの話があるとか。
 こいつも町田市に伯父夫婦がいたとはね。ちょいと驚いたわ。
 ていうか、アタシの方の町田からは、お見合いの〈お〉の字すら出たことないよ。別にそんな期待なんて、0.5%もしてないんだからね。

 アタシは1人電車に乗って帰路につく。
 途中コンビニに寄ったら、正男の事故のとき救急車の手配と我が家への連絡をくれた、例のお兄さんがバイト中だったから、「この前はどうもお世話になりました」「いえいえ、どう致しまして。弟さんはどんな具合ですか?」「あの子は、まだ入院していますの」「そうですかあ、早く元気になられるといいですね」「ええ、ご親切にありがとうございます」とやりとりをする。顔はともかく心根のいいお兄さんね。オールドミス延長保育クソババアとは大違いだよ。

「ただいま~」
「おお正子、合格通知の電子郵便がきたぞ」
「えっ、あっ!? でで、それで正男は、どうだったの!」
「だからといっただろ?」
「あ!!」

 アタシともあろう者が、気を動転させてる。そうよ、合格したから合格通知がきてるのよ! なんとも単純おバカな愚問を発したものだ。マサオちゃんに聞かれてたら、きっと大笑いされたわ。
 で、お父さんと一緒に病院へ行くことになった。アタシが「じゃあ早く正男に知らせてやろうよ!」と叫んだから。

 車を運転しながらお父さんがいう。

「ちゃんと入学式に出られればいいがなあ?」
「うん。リハビリとかあっても、1か月も先だし、きっと間に合うわよ」
「ああ、そうだな」

 待ってろ4月12日、正男が式に出るんだからね!

 我が家に帰り夜を迎え、2人だけの夕食となる。ちょいとばかり冷えてきているので、ブタ入りインポークの〈おでん〉鍋を挟んで向き合う。お父さんのリクエストでね。
 その後アタシはお部屋に戻り、ノートPCでブログのマイページを開きます。
 そしたらどすこい、待望の初コメントついにキターッ!!

《小説ダウンロードを試してみました。でも途中でエラーが出て、全部のファイルをダウンロードできませんでした。これってバグってるの?[ビーナピター]》

 おやおや金木君、まだアタシのブログ見てくれてるんだ。
 ていうか、バグってる!? アタシが試したときエラーはなかったけど、あれじゃあダメなのか?
 取りあえず返信コメントを書いておこう。

《ご連絡ありがとうございます。エラーのこと調べてみます。ただ当方は素人なもので、すぐに解決できるかわかりません。[エムコ]》

 うまいプログラムができたとか、調子に乗って公開するものじゃあないね。まさに後悔先に立たず、そして生兵法はなんとやらだわ。
 そんでもってエラー原因の調査ね……、調べるとかいっても、どうやって?
 どの作品のダウンロードでエラーになるのか、メールに書いて送ってもらうのがいいかな。
 よっし、虎穴に入らずんばなんとやらとは違うけど、それで決まり!

《ビーナピターさん、まだブログ見てくれてるなんて、エムコ嬉しいです。それでエラーのことですが、小説の作品IDを教えてくれませんか? あと困ってることがあるなら、先生いつでも相談に乗るわよ。お便りお待ちしてま~す(笑)》

 送信して「さあて、風呂だな」と立ちあがり、下へおりる。
 そうして入浴を終え、2階に戻るとちゃんと返信ありました。

《大森先生、この前はごめんなさい。姉の婚約者の近衛という人に脅されてやったんです。塾も本当は辞めたくなかった。近衛さんに月謝を取られて、これからもずっと渡さないといけないから、仕方ないんです。そのことを須美に話したら、あいつも辞めるっていい出して。それとエラーになった小説は〈PQR1984〉です。》

 思った通りね。バグ調査は後まわしだ。
 まずは金木君をどう救うか。やっぱ警察かなあ? でも、できれば静かに収めたいところだし。金木君や彼の家族がイヤな思いをしなくてもいいような方法でね。

《おいオキハサム、100万やるから明日(3/11)の午前10時、駅前喫茶店の前までこい。お前1人でだぞ。他の者をこさせたら100万やんないからね~。》

 これで挑むしかないわ。さあて、どう出てくる?
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