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第2章 お友だちから始めるのでも

2.〈 09 〉

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 自分の部屋に入ってベッドに座る。やはり猪野さんのことが気になる。
 そういえば、月曜の件もあの男はトンコに知らせたのよね。それでその後すぐトンコがアタシに謝罪の電話をかけてきたんだった。
 アタシの知らないところで、猪野さんがトンコと話してるのもなんだかイヤだし、トンコに電話してみよう。
 あ、もしかして、あの2人つき合ってる? ――いや、さすがにないよなあ。

「もしもしトンコ、アタシよ」
『うん。どうしたの?』
「さっき喫茶店で猪野さんと会って話してたのよ。もう聞いた?」
『いいえ』

 今日はアタシが先手を取れた。
 それで猪野さんとのことを、かいつまんで話した。

「サポートつきで16万だとか20万だとかってのも、それなりの意味があるんだなあって、今日やっとわかったよ。なんで詳しく話してくれなかったのよ?」
『話そうとしたら、正子が怒り出したからよ。それとワタシ、居眠りした後だったから、頭がうまく働かなくて……』
「じゃあ今話してよ」
『え正子、契約してくれるってこと?』
「ああいや、そういうことじゃあなくて、猪野さんがアタシにどういうサポートをしてくれようとしてたのか、そこんとこをチョッピリ知りたいのよ」
『それはねえ、1言でいうと〈ウルトラ読み専アプリ〉の開発よ』
「ええっ!? なにそれ?」

 この後トンコが教えてくれた〈ウルトラ読み専アプリ〉なるものの機能は、自称〈ウルトラ読み専〉であるアタシを震撼させた。
 それはどのようなものかというと、連載作品のファイル結合なんぞ序の口で、作品の自動ダウンロード、小説本文の変更箇所表示、はたまたAIを駆使して、アタシが好む傾向の新作を自動で見つけてお勧めしてくれる機能まであるのだ。
 しかも〈なるわ作品〉に限らず、満天文庫、エベレスト、ブーメラン、アクロポリス、カケヨメといったWEB小説投稿サイトの作品に加えて、電子図書館の晴天文庫にも対応しており、さらには新刊書籍のお勧め作品通知機能もついてくる!

 でもそんな魅力的なアプリをアタシが手にするためには、あと15万2千円もの大金をトンコに払わないといけないのです。
 超ほしい! でもお金ない! どうしよ? やっぱりムリか……。

「ダメよ、悩んでいたって仕様がないわ。現実を見るのよアタシ。そうよ、まずはお買い物だよマサコちゃん。えっと白菜と人参はまだあったし、ブタばら肉とうずら卵と、あとそれから――」

 アタシは立ちあがって1階へおり、キッチンに置いてあるエコバッグを手に取り、玄関へと進む。もちろん向かう先はスーパーです。

 食材調達をすませて帰り、冷蔵庫への収納も終えたアタシはリビングへ行く。
 お父さんがいて、テレビは麻婆豆腐のCMをやっている。

「おお正子、買い物してきたのか?」
「うん。それよりお父さんお願い、なにも聞かずに15万2千円出して!」
「なっ、お前、やっぱり妊娠してたのか!? 人生最大の失敗か?」
「だから違うって!」
「本当に大丈夫なんだな?」
「ホントよ。それにお父さん、妊娠はなことなんだよ。大人の女性が好きでつき合ってる人の子ども身ごもったら、ちょっと予定のタイミングじゃないとしても『人生最大の失敗』なわけないでしょ! それともお父さん、お母さんが妊娠したとき、そういう認識だったの?」
「いや違うぞ!! お父さんはだなあ、お前が生まれて、感謝感激だった」

 父と母は、いわゆる〈できちゃった婚〉だったの。

「わかったわよ。15万2千円てのは冗談。あと大声出したりしてごめん」
「ああ」
「アタシ、やっぱ焼肉よりお寿司がいいなあ。まわってなくて、オジサンが出してくれるようなお店」
「そういえば、お前たちをまともな寿司屋に連れて行ったことなかったな」
「でしょ? じゃあ、お寿司に決まり!」

 もう少ししたら中華丼作って、それからお父さんとお出かけ。うふふ。

「それなら正男も誘ってやるか?」
「正男は今夜中華丼が食べたいのよ。ほらアタシもう材料買ってきたから。それにお勉強の時間1秒でもロスしたくないみたいだし」

 正男のやつは先週連れて行ってもらったんだから、今日はお留守番なの。
 しかも既に200秒くらいのロスをしちゃってるからね。誰のせい? ――て、アタシだわ。へっへへへ~。

「そうかあ、それなら2人で行くか。正男は合格祝いで連れて行ってやろう」
「じゃあ7時過ぎに出発よ? 行きがけに食品ディスカウントのお店に寄ってほしいの。お米とか重たいもの補充しときたいし」
「了解」

 テレビの方は囲碁の公開対局が始まっている。

「このJC棋士、すごいんだってね?」
「そうみたいだな」

 この子は15歳でもう夢を叶えてるんだね。ていうか、もっと強くなって名人とかになる夢の途中なのかな。頑張れ少女!

「5段なんだね?」
「この前は4段だったのに、もう昇段してるんだな。たいした中学生だ」
「うん」

 ツルツル頭の解説者さんが「布石は黒の3連星に対して白は中国流」とか説明している。
 碁盤の目には、真ん中に1個と周囲に8個の点があるんだけど、そやつらを〈ほし〉と呼ぶみたいだね。だから碁盤は宇宙なんだよ。

「ねえお父さん、黒の3連星って囲碁用語だったんだね?」
「そうだな。よくは知らないけど」

 なんだ、お父さんも囲碁それほど詳しくないのか。

「でもそういう言葉、アニメとかに使っていいの?」
「普通そこは問題にならないだろ? 気になるなら原作者にでも聞くんだな」
「原作者さんって、まだ生きてんの?」
「おいおい、お前怒られるぞ!」
「アタシの知らない人だもん」
「知らないのなら気をつけて発言することだ」
「……」

 だってお父さんが子どものときに観た作品を作った人なんだし、それで今もまだ生きてるのかどうか聞いただけじゃん。

「正子が知らなくてもなあ、ほとんど神様並みの巨匠なんだぞ」
「へえ~」

 アタシも知ってるアニメ監督さんも巨匠だよね?
 巨匠も結構おられるみたいだ。それだけ日本のアニメはすごいってことかな。

「そもそも創作でだな、有名な固有名詞とかは別として、一般的な単語レベルで使用禁止なんてことになったら、それこそ誰も小説やマンガなんて書けやしないぞ」
「それもそうだね」
「ともかく俺は中学のとき、あのアニメを観て人生の道が決まるほどの巨大な影響を受けたんだ。そうして今、父さんは機械工学をやっている」
「ふうん」

 ある意味お父さんも夢を叶えることができたんだね。そういう少年少女たちって、この日本にどれほどいるんだろ?

「そのアニメの主題歌とか、お父さん歌える?」
「もちろんだとも!」

 そんじゃあ、しかと聴かせてもらおうかしら。ふふふ。
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