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(エピローグ)

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 話は四日前に遡る。ゴールデンウィークに入り、その真ん中の五月二日。夕方、葛埼かつらぎ家に再び四人が集まった。
 あのパワフルな理事長・墳子ふんこさんの姿は見えない。まだ私立・増鏡ますかがみ高等学校の理事長室で仕事中だ。ああ見えて結構忙しいのである。
 俗人と花実と僧子が白夜に連れられて、以前一泊研修で使った小広間に入ると、男根エキスウォーターの二十四本入りケースが五箱ずつ積まれて八列に並んでいた。四十箱で合計九百六十本にもなる。

「こんなにたくさん!?」
「わあぁ~おぉ!」
「凄いです」

 当然のことながら三人は驚いている。

「これらは昨日父の勤めている会社から届けられた。父は飲料メーカーの営業部長なのだが、旅行先でお世話になる大勢の方々へのお土産にしたいと話したところ、喜んで提供してくれた」

 試飲品のように配って宣伝効果を狙う、つまり営業戦略だ。それらが異世界で配られることなど、彼は夢にも思っていないだろうが……。

 そして、いよいよその異世界へ旅立つことになった。

「花実ちゃんと白夜は乗り物酔い、特に船酔いは大丈夫?」
「は~い、全然平気でっす」
「私は、電車やバスなどはほとんど問題ないのだが、船は苦手だ……」

 白夜の返答に、俗人が少し困った様子を見せる。

「それだとテレポーテーションはきついかもしれないかなあ。これは先に確認しておくべきだったね。うっかりしてたよ」
「もしかして酔うのか?」
「体質によってはかなりね。どうする白夜、やめとく?」

 白夜はしばらく考えていた。酔うかもしれないことに不安を感じているのだ。

「……う~ん。ここへきて私一人残るのもなあ」

 白夜の返答は歯切れの悪いものになった。

「僕たちのことなら心配ないよ。白夜の体調を崩させてまで、一緒に行って貰うのも悪いからね」
「……あ、いや、やっぱり私も行こう」

 まだ少し歯切れは悪いが、何とか決心したようだ。

「うん分かった。じゃあ出発だね。みんな僧子につかまって」
「は~い」
「よし、よいぞ」
「行きます」

 音もなくテレポーテーションが完了した。

「ううぅぅぅ~、だ、ダメだこりゃ。おおうぅえぇぇぇ~~」

 見ると、白夜だけは地べたに這いつくばって、見るに忍びないほど苦しみもがいている。何時間もの船酔いの苦しみを一瞬でまとめて受けてしまうと、こんなふうになるのだろう。
 他の三人は何ともない。四十箱の男根エキスウォーターも無事だ。

「天里部長!」
「大丈夫ですかぁ、天里先輩!」
「白夜、白夜!」

 俗人たちにとって、こんなにも参っている白夜を見るのは初めのこと。

「うぇぇ……わ、悪い、僧子、げほっ」
「は、はい」
「わ、私だけ……戻して、くれっ」
「白夜、少し回復してからの方がいいんじゃないかなあ?」
「い、や、二度と……こ、この、苦し……げほ、くっ」

 一度回復してからまた同じ苦しみを味わうよりは、いっそのこと今すぐにテレポーテーションして帰ってしまう方がましだと考えたのだ。
 俗人もそのことに気づいた。

「そうだね。それがいいかもね。僧子、今すぐ白夜を」
「うん、お兄ちゃん」

 ヘたり込んでいる白夜の背中に、僧子がそっと手をあてる。その瞬間には、もう二人は消えていた。
 しばらく待っていると、僧子が一人で戻ってきた。

「どうだった?」
「ベッドに横になって貰った。もうよいから異世界へ戻るようにって。それと、お兄ちゃんたちに、すまないと伝えてと」
「分かったよ。ありがとう僧子」
「うん」
「天里先輩の具合、すぐに直るといいなぁ」
「そうだね。こうなったからには、僕たち三人で白夜の分も頑張ろう!」
「はーい!」
「うん」

 俗人は、不本意にも到着そうそう帰ることになった白夜のためにも、自分が然るべき結果を出さねばと思った。

「あ、でもここって、凄く涼しいですね?」
「そうだね」
「うん、晩秋だから」

 こちらの世界は少し冷たい風が吹いている。何とも心地よい昼下がりだ。
 花実たちの世界は五月が始まったばかりなのだが、こちらは九月下旬。それと暦に違いがあって、この世界ではもう秋が深まる季節になっている。

「俗人さんも僧子も、元気そうね?」
「あ、こんにちは。お久しぶりです」
「こんにちは、お母さん……」

 三人の近くにやってきたのは黄鬼の女性。額に小さいツノがある。
 この女性こそ僧子の母親・清原きよはら辛子からこだ。

「それから、あなたが花実さんかしら?」

 俗人と僧子の後方に立っている花実に、辛子の鋭い視線を向けられた。

「は、はい。こんにちはですぅ」
「ふふふ。よくきたわね。覚悟はいい?」

 辛子は懐から真紅の手裏剣を取り出して振り上げた。
 花実は何事か分からずに立ちすくんでしまう。

「へっ!?」
「僧人の仇め、覚悟なさい!」

 辛子の細い指先から手裏剣が放たれた。

「きゃあー!」
「花実ちゃん!!」

 俗人が跳びかかって花実を庇おうとしたが、もう遅かった。
 仰向けになって倒れた花実の左胸には、紅葉のような手裏剣が刺さっていた。赤い血が流れて地面を濡らしている。

「何もそんなに急いで始末しなくても!」
「甘いわよ、俗人さん」
「お兄ちゃん、甘いよ」
「えっ、僧子まで……」

 辛子だけでなく妹からも責められた俗人。僧子が男根を取り戻すためには、花実を殺さなければならない。やむを得ないことだと彼は割り切ることにした。
 花実の死体は、僧子がテレポーテーションを使って、たぬき山まで運ばれて捨てられた。
 その後、俗人と僧子は中宮なかみや定子さだこ様のお邸まで、辛子に連れられて向かった。
 四十箱の男根エキスウォーターは、後で牛車を使って運ぶことになり、今はここに放置されている。それらが持ち込まれたために、この世界が少しばかり変わることになったのだ。

        ◎

 ここは棟享とうきょう医科大学付属病院にある研究病棟の一室。

「はっ!?」

 花実がおよそ百時間ぶりに目を開いた。
 芳香が鼻をくすぐった。最初に見えたのは山百合の白い花弁だった。

「やっとお目覚めのようだね。僕のお姫様」
「え! お姫様?」
「そうだよ。すっかり忘れちゃってるのかな、僕のこと」

 目の前に現れたのは、忘れるどころかずっと見たかった複腹ふくはら遷人せんとの顔だった。

「遷君だ! ああ遷君、会いたかったよ!」
「それは僕だって同じだよ、花実さん」
「あっ、でもでも私、死んだんじゃなかったの?」

 四日前、初デートということで遷人と並んで街を歩いているとき、通り魔が出没して出刃包丁で花実の心臓を刺したのだ。

「確かに花実さんは死んだよ」
「やっぱり……それじゃあ、ここは死後の世界?」
「病院だよ。それと、死後の世界に病院があるかどうかはともかくとして、ここは花実さんの生まれ育った世界。もちろん僕も一緒にいる世界だから」
「えっ、じゃあ私、生き返ったってこと!?」
「そうだよ」
「わぁ、やっぱりそうなんだあ!!」

 花実は、心臓が破れそうになるくらい驚いた。この世界では、死人を生き返らせることができるほど、蘇生医学が極めて高度なのだ。
 だが実際ここは、がかつて存在していた世界ではなく、似ている別の世界である。そのことに花実はまだ気づかない。

「でもね、花実さんの心臓は破れちゃって、もう使えなかったから、僕の身体の一部分を移植して貰ったんだよ。具合はどうかな?」
「うん、いい感じ。でも遷君の身体の一部部って、どこ?」
「ちょっと恥ずかしいけれど、実は僕の男根なんだよ」
「へ!?」

 このとき、花実の脳裏にゲーム内の世界で見た夢の中の会話が蘇ってきた。

『返してよ、僕の男根』
『えっ、わ私、そんなあ、そんなの奪ってないよおっ!』

 そして次の瞬間、花実は思わず口走った。

「私の身体の中、遷君の男根が入ってるのね!」
「そうだよ」

 花実の頬が熱くなってきた。大好きな遷人の男根を胸に嵌めた状態で、これから生きてゆくのだという大きな喜びと温かみを感じている。
 だが、その花実の胸に一つだけ疑問が残った。

「そうすると、遷君にはもう男の子のシンボル、なくなってるんだね……」

 いい知れない懺悔の気持ちが花実の胸をえぐるように打ってきた。
 女の子なので当然男根のない花実には、それを失うことの辛さがどのようなものかは実感できないものの、身体の一部分を失うのだから、どれほどの苦痛なのかは想像できるのだ。
 そんな花実の心配をよそに、遷人は涼しげな表情を見せている。

「そのことだけど、大丈夫なんだよ。僕には元々男根が二本も備わっていたんだ」
「えっ、それホントなの!?」

 花実が驚くのも無理はないが、実はあらゆる世界の総体――パラレル・ワールドという複数の平行世界全体において、男根の総本数は「男根数保存の法則」に従うため常に一定なのだ。つまり、どこかの世界の誰かが男根を得た場合、必ずどこかの世界の誰かがそれを失うのである。

「うん。むしろ邪魔なくらいだったから、普通の男子と同じように、一本になった今は至って快適なんだ」

 確かに二本もあると、小用の際に制御が難しいのかもしれない。

「そ、それじゃあ遷君は、まだまだ男の子のままなのね?」
「そうだよ。僕自身は、男根も含めて花実さんだけの男子だよ」
「よかった。ぐすん」
「泣かなくてもいいんだよ」
「うん」

 花実の顔に、山百合にも負けないくらいの輝きが戻った。

「それからね、花実さん、入学式までには退院できるみたいだよ」
「ホント?」
「うん。だから高校へは一緒に行ける」
「そうだね」

 今日は四月一日だ。数日後に、この二人は同じ高等学校へ入学することが決まっている。
 いよいよ高校生になるんだという期待で明るく輝いた花実の顔に、遷人が無言のまま近づく。
 少しの間をおいて、花実の桜色の口唇に遷人のそれが重なった。花実にとって初めてとなった感触と感動が、この先も遷人と一緒に生きられるという喜びに、さらなる拍車をかけるのであった。

     〔完@世界D〕
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