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第四章 異世界の秘密を打ち明けるときだ!

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 午前十一時半。文字部の四人と墳子さんが小広間に整列した。

「文字部初となった一泊研修もこれで終了だ。締めくくりの言葉を理事長から」
「はーい、どうも! ええっと、みんなが作ってくれた食事は、とっても美味しかったわよぉ。また研修しましょうね~」

 白夜以外の三人からの拍手に送られて理事長が立ち去り、ふすまがシュススー・ピシッと閉じる。
 みんなまた研修をやりたいと思っている。白夜も研修はやりたいのだが、次からは別の場所にしようと強く誓った。

「さあ、打ち上げだぞ」
「よく晴れてよかったです」
「そうだね」
「うん、お兄ちゃん」

 庭でバーベキュー・パーティーが始まった。
 最初の肉がほどよく焼けた頃、ひょっこり現れたのは、やはり墳子さん。

「白夜、電話よ」
「え、あ、分かった」

 白夜は急いで家の中へ向かう。

「あらあ美味しそう~。青春とは、やっぱり肉よね、お肉。さあどんどん焼いて、たくさん食べましょう。私たちみたいに若いうちは肉なのよ、お肉、お肉、どどぉーんとお肉なのよっ!」
「は~い」
「……」
「……」
「ねえねえ俗人君、男根は元気?」
「ぶはっ!!」

 俗人はオレンジジュースを噴き出した。

「冗談よ。それより、白夜のこと末永くよろしくねぇ」
「え、あ、はい」
(末永くって、でも高校生活はあと二年足らずだし、もしかして大学も一緒になればいいとか思ってるのかな?)

 俗人には、「末永く」が何を意味するのか判然としていなかった。

「花実ちゃん、白夜のことどう思う?」
「えっ?」
「ライバル意識とか、敵だとか」
「あ、あのう、そのう……」

 ちょうどこのとき白夜が戻ってきて、今の墳子さんの発言が耳に入っていた。

「母さん! 何を言っているのだ!」
「あらあ、あんたの幸せのことよ」
「ああああ、もう、酔っぱらっているな。ダメじゃないかビールなんて。一泊研修なのだぞ! まがりなりにも監督者だろっ!」

 空き缶が二本転がっていて、監督者の手には三本目がある。

「研修はもう終わったでしょ。だから、休日の自宅で何を飲んだっていいのよぉ、違うかしら? ほら、あんたも飲みなさい」

 白夜に缶が差し出されたけれど、もちろん受け取らない。

「母さん、私を誰だと思っているのだ!」
「誰なの?」
「こ、これでも文字部の部長だ!」
「あらそう。それでも、ねえ」
「くっ……」

 抗議を軽く受け流されて苦渋の表情をする白夜。

「花実ちゃん、さあ、あなたも飲んで。さあ」

 墳子さんが別の缶を開けて、新しいグラスになみなみと注ぐ。
 グラスの縁に白い泡がフンワリと盛り上がった。

「こらっ、母さん!」
「は~い、頂きまっす」

 花実はグラスを受け取り、すぐにごくりと飲んだ。

「ああっ、こら花実! ダメだぞアルコールは!」
「えっ、先輩。これお酒じゃないですよ」
「ふぅ、まだまだね。この文字をよくごらんなさい」

 墳子さんが、缶の側面を白夜の目の前に突き出した。

 ●原材料 麦芽・ホップ・香料
 ●アルコール分 0%
 ●内容量 500ml

「あっ、ノンアルコール!?」

 墳子さんは白夜をからかうためだけに酔っぱらったフリをしていたのだ。
 恐るべき女・葛埼墳子――その実体は私立・増鏡高等学校の敏腕理事長。

「あははは。あんた、その程度でよく文字部の部長が務まるわねえ。何が文字を愛するよ」
「……」
「え、どうなの。誰かに代わって貰えば?」
「……」
「ほらほら、何とか言ったら?」
「鬼バ、っぐは!」

 墳子さんの握り拳が、容赦なく白夜の腹に入った。

        ・

「こうして終わってみると、短い間だったな」
「そうだね。まあ二日間でも、正味は二十八時間くらいだし」

 四人は今バーベキューの後片づけをしている。理事長は、いつの間にかいなくなってしまっている。

「楽しかったね、僧子さん」
「うん」

 後片づけも済み、ようやく落ち着いた。
 各自で好きな飲み物を持ち寄って、庭の丸テーブルに集まった。綺麗に掃除されたテーブルの表面が、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。

(異世界の秘密を打ち明けるときがきた!)

 俗人は決意した。

「あの白夜、花実ちゃん。ちょっと聞いて欲しい話があるんだ」

 白夜と花実が同時に俗人の方を見る。

「聞いて欲しい話?」
「何ですかぁ?」
「白夜が昨日話してくれた常世の国に似た世界のこと、僕と僧子は知ってるんだ」
「え?」
「へ?」
「あっ、驚かせてしまって、ごめん」
「ああ、いや。でもそうなのか?」
「へぇ~、常世の国はあるんだぁ」

 僧子だけは、黙って俗人たちの会話を聞いている。

「うん。これから順序立てて話すから」
「分かった。話してくれ」
「お願いしまっす」

 俗人は、少し緊張気味に語り始める。

「世界は一つではなく、同時にいくつも存在するんだ。でも、同時というのは、あまり厳密な概念じゃない。世界ごとに存在する空間が異なるからね。だから、空間とは切っても切り離せない時間軸も異なっていて、それで同時性ということの意味が分からなくなるんだよ。
 実はね、僕と僧子が知ってる異世界は、どうやら千年くらい昔なんだ。といっても、そもそも時間軸が異なるのに、なぜ比較できるのかと思うかもしれないね。その根拠は時間そのものの絶対性にある。つまり全ての始まりから測った経過時間で、約千年の差があるということなんだよ。
 その世界は、今の僕たちの世界の約千年前の世界そのものではなくて、へいあん時代には似ているものの、むしろ違うことの方が多い、そんな不思議な世界なんだ。そこでは、白夜が話したように人間と鬼が一緒に暮らしているし、女性が強い権力を握っている。その頂点がみかどだ。遠い昔に天界から降りてきて、その世界を治めたとされている者の子孫なんだ。
 帝には不思議な力がある。三種の天器てんぎと呼ばれる道具を使って、天界に向かってお願いごとができることだ。だから三種の天器を受け継いだ人間の女性、つまり帝は一番身分が高いんだ」
「三種の天器? 三種の神器とは違うものなのか?」
「うん。実はその世界にはかみの概念はなくて、それに近い概念として、あまがあるんだよ。天界には天人あまひとと呼ばれる種族が住んでいてね、大昔にその一人が気まぐれで地上に舞い降り、とある人間の男性と暮らし始めた。やがて二人の間に女子が生まれ、天界から持ってきた三種の天器を与えることで、その女子が最初の帝になったんだ。以後、帝を引き継いでいるのは、天人の血を引く女子ばかりなんだよ」
「じゃあ、男子はどうなるのかなあ」

 花実が呟いた。

「天人の子孫の男子は、十五歳になると男根を引き抜かれて、みんな宦官として生きてゆくことになるんだ」
「ええっ!?」
「おい俗人、それ本当なのか?」

 花実だけでなく、白夜も驚いている。

「うん。先日も、牡椋おぐらていが、僧人そうとという男子の男根を引き抜いたばかりだ」
「それは酷い話だ。しかし、私がたまに見ている常世の国は、やはり実在していたのだな……」
「うん。たぶん僕が今話した世界を、白夜は見てるんだと思うよ」
「お兄ちゃん」

 今まで黙って話を聞いていた僧子が、俗人に小さな袋を手渡そうとする。

「うん僧子。ありがとう」

 俗人は袋を受け取り、中から桃色の粒を一つつまみ出した。

「白夜、これを食べてくれないかな。それから常世の国を見て欲しい」
「錠剤だな」

 白夜はためらいもせずに粒を口の中に入れて、数回噛んでから飲み込んだ。

「おお見えるぞ。はっきりとな。あの世界は、こんなにも美しかったのか! いやあ不思議なことだ。以前は、もっとぼんやりとしか見えなかったのだが……、これは、今の錠剤の影響なのか?」
「うんそうだよ。この粒は、異世界を鮮明に見ることだけでなく、異世界にいる人と心で会話ができる。交信のようなものかな。僕もこれを食べて、ときどき異世界と連絡を取り合っているんだ」
「そうだったのか。それなら僧子も見ることができるのか?」
「いや、僧子にはもう無理なんだ……あ、そうだ、たくさんあるから、その袋の分は白夜にあげるよ」
「ああ、貰っておくことにしよう」

 今度もためらわず、白夜は袋ごと受け取った。

「白夜に試して貰ったことから考えると、白夜の見る常世の国は、僕が知っている異世界と同一だと証明できたことになると思うよ」
「なるほどな。だが、常世の国を見ることができる者とできない者とがいるのは、一体どういうことなのだ?」

 実際これまで白夜は、自分以外にその世界が見える人を知らなかったし、自分は少し異常なのだろうかと考えたこともあったのだ。

「うん。それはたぶん感性の違いだね。それと見え方の違いは、どれだけアニメを見たりゲームをしたりしてきたかに左右されるらしいよ」
「アニメやゲームか。確かに私は小さい頃から、そして今でもよくアニメを見ているし、ゲームも好きだ」
「それで見える世界が少しデフォルメされているんだろうね」
「そうだな。鬼がどことなくBLゲームのキャラっぽく見えていたからな」
「あのう、さっきの粒って、美味しいんですかぁ?」

 錠剤の味が気になっていたのだ。食いしん坊の花実らしい。

「食べたいのか?」
「えへへ。ちょっと食べてみたいかも、ですぅ」
「それには毒も害もないから、花実ちゃんも食べてみたら?」

 それはそうだ。毒や害があるのなら、白夜に食べさせたりしない。
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