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第四章 異世界の秘密を打ち明けるときだ!
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音も眠りついたように静かな真夜中。
『花実さん、元気そうだね』
『えっ遷君!?』
『違うよ、僕は僧人、もう忘れちゃった?』
『僧人、……はっ、酢雀君なの?』
『そうだよ、酢雀僧人なんだよ』
『でもでも、どうして女の子の姿なの?』
顔は複腹遷人に違いないのだが、なぜか増鏡高等学校の女子の制服姿。スカートを穿いている。膝上二十五センチくらい。
『それはね、花実ちゃんが奪ったから。無理に引っ張ったから』
『へえっ!?』
『返してよ、僕の男根』
『えっ、わ私、そんなあ、そんなの奪ってないよおっ!』
花実自身の叫び声によって、不意に景色が途切れた。
うっすらと汗を掻いていて、むず痒い。
「私、そんなエッチなこと……」
夢の中とはいえ、男子の大切な部分を奪うなど、夢にも思いつかない。
仰向けの体勢のまま上を見る。天井に貼りついている時計の表示は二時。目を閉じて、背中に受ける抗力が薄らいで行くのを心地よく感じた。
何の脈絡もなく、白夜の家の一室にいた。文字部の精鋭五人が集まり、横一列に並んで立っているのだ。
部屋は畳敷きで広さが十二畳。小さめの広間という感じだ。
長方形の座卓が二つ並んでいて、そのうちの一つに、昨日購入したヘルメットと懐中電灯が五組、そしてアラーム時計が一つ置いてある。
もう一方の座卓には、トランシーバー二台・ダイナマイト十数本・ライター・缶入りのビスケット、さらにペットボトル入りの飲料品がたくさん揃っている。
時刻が、午前十時ちょうどになった。
『これより、文字部で初となる一泊研修を始める。まずは中央指揮官を務めてくださる増鏡高等学校理事長からのお言葉。理事長、お願いします』
ふすまがシュススーと音を立てて開き、軍服姿の女性が入ってきた。
『はいはい。文字部の皆さん、おっはよぉ!』
『おはようございます』
『ちわ~す』
『おはよう、ございます』
『おはようございますぅ』
『おはようございます……ふぅ』
五人が返した。ちょっとバラバラ感のある朝の挨拶だった。
『今紹介して貰った理事長の葛埼墳子でぇす。実は私が白夜を産み、ここまで育て上げた実の母なのよ。白夜とは名字が違っているけど、それは夫が逃げたからなの。全くもう、あのクソ男ときたら――』
『ごほん、理事長!』
白夜が苦い顔をして、墳子さんをきつく睨む。
『ああら、ごめんなさい、開始の言葉だったわね。さあ皆さん、一泊研修、しっかりたっぷり頑張ってね。あっそれと、敵前逃亡はその場で射殺、以上!』
『はっ!』
『おす!』
俗人と遷人は気合いの入った返事をした。
一方、女子三人は愕然としている。
『はぁい?』
『へえ?』
『射殺って……』
理事長は小広間から出た。
開いていたふすまがシュススー・ピシッと鳴った。
『……ええ、ごほん。四人とも、まずはそこの座布団にでも座ってくれ』
花実・遷人・俗人・僧子は座卓を囲んで座った。その近くには既に各自の鞄が置いてある。筆記具や辞書類を持ってきているのだ。
四人が座った後、白夜も空いている座布団に腰を下ろす。
『――では、研修の説明をする。午前中は、敵本営周辺の偵察を行う』
『うん』
『分かるっす!』
『はあぁーい』
『分かります』
白夜が目覚まし時計のアラーム時刻を十時四十五分にセットした。
『よし、では出発』
鹿狩りが始まるところで、アラームが鳴った。午前六時。
花実はゆっくり起き上がる。
「いよいよ、一泊研修……」
・
最寄り駅の増鏡三丁目で、八時五十四分発の各駅停車に乗り込んだ。満員ではないが、乗客は多かった。これがいつも通りなのか、今日に限ってのことなのか、土曜日のこの時間帯に電車を利用することが初めてなので、花実には知る由もないことである。
増鏡中央駅に着いても、まだ九時を少し過ぎたところだった。改札口を通過しつつ周囲を見回すのだが、当然俗人たちの姿はない。
「ちょっと早過ぎたかなあ」
家を出るときも、早いとは思いながら、それでも何かが背中を押した。
胸の躍るようなイベントが、果たしてあるのだろうか?
近くのビルの液晶画面には太陽のマークと、デジタルで大きな20℃の表示。胸の内とは裏腹に、空は澄んでいる。心地よい日差しを浴びて、その明るさが、そして眩しさが、新しい予感の兆しを投げかけてくるようだ。心は、半分の期待と残りの不安との間で揺れながら、俗人たちを見送った昨日の道の先を、花実は真っ直ぐに見つめている。
「やあ、牡椋さん、待ち合わせか?」
背後から声をかけられたものだから、花実の肩がビクリと震えた。
「えっ遷君、じゃあなくてグレゴリラ君!?」
「遷君でもいいぜ。けどオレって、グレゴリラがしっくりするんだよなあ」
珍しく名前の方で呼んで貰えたことが嬉しくもあり、すぐにあだ名で言い直されたことが残念、というような表情を見せる彼のフルネームは複腹遷人。
「ごめんなさい」
「別に謝らなくていいけど……あ、やばっ、模試に遅れそうだし」
「あ、うん。模試、頑張って」
「おう!」
力強く答えて、改札口に向かって走る姿が凛々しく、爽やかさもある。
「グレゴリラ君……、あでも遷君、あれれ!?」
・
白夜の家の一室に文字部の四人が集まり、横一列に並んで立っている。
広さ十二畳の畳敷きの部屋には長方形の座卓が二つあり、そのうち一つの上に昨日購入した文庫本四冊と目覚まし時計が置いてある。その周囲には、四人分の座布団が用意されている。
もう一方の座卓には、ノートパソコン二台・辞書数冊・筆記具・メモ用紙の束、さらに電子辞書・電子書籍端末まで揃っている。こちらには座布団が二枚ある。
「これより文字部初の一泊研修を始める。まずは監督を務めてくださる増鏡高等学校理事長からのお言葉。理事長、お願いします」
ふすまがシュススーと音を立てて開き、一人の中年女性が入ってきた。
「はいはい。文字部の皆さん、おっはよぉ!」
「おはようございます」
「おはよう、ございます」
「おはようございますぅ」
「おはようございます……ふぅ」
四人が返した。ちょっとバラバラ感のある朝の挨拶だった。
「今紹介して貰った葛埼墳子、理事長の葛埼墳子でぇす。実は、私が白夜の実の、実の母なのよ。白夜とは名字が違っているけど、それは夫と別れたから。全くもう、あのダメダメ亭主ときたら――」
「ごっほん、理事長!」
「ああら、ごめんなさい。開始の言葉だったわね。さあ皆さん、一泊研修、頑張ってね。美味しいご馳走、期待してるわよ! 以上でぇす」
「えっ!?」
「ご馳走?」
「へ?」
「…………」
絶句したまま少し苦い顔をしている白夜を除く三人からの拍手。
理事長は小広間から立ち去り、ふすまがシュススー・ピシッと閉じる。
「……ええっと、三人とも、まずはそこの座布団にでも座ってくれ」
花実・僧子・俗人の三人は座卓を囲んで座った。その近くには既に彼女たちの鞄が置いてある。それぞれ筆記具や辞書類を持ってきているのだ。
三人が座った後、白夜も空いている座布団に腰を下ろす。
「ではまず研修1と2の説明をしておく。研修1では、最初の三十五分間を使って、昨日購入しておいた文庫本『深山の鹿狩り物語』を各自で読む。どこから読み始めても構わない。必要なら辞書やネットなどで気になる点を調べてもよい。だがあまり細かく調べずに、できるだけ読み進めること。三十五分が経過したら、自分の読んだ範囲からどんなことでもよいので、一番気になった箇所を発表して貰う。そして残りの時間を使い、各自が気になった事柄を『お題』として、別の人が調査する。ここまでで研修1が終わることになる。研修2では、研修1の調査結果を順番に発表して貰いながら、みんなで発表内容について感想や意見を述べ合う。分かるか?」
「うん、分かったよ」
「はい」
「分かりました」
白夜が目覚まし時計のアラーム時刻を十時四十五分にセットした。
「よし、では読書開始」
こうして、形の上では予定通りに、文字部の研修が始まった。
花実は、胸にまとわりつく違和感と悪寒を早く拭い去りたかった。とにかく、『深山の鹿狩り物語』の文章だけに、気持ちの全てを集中させようとした。
『花実さん、元気そうだね』
『えっ遷君!?』
『違うよ、僕は僧人、もう忘れちゃった?』
『僧人、……はっ、酢雀君なの?』
『そうだよ、酢雀僧人なんだよ』
『でもでも、どうして女の子の姿なの?』
顔は複腹遷人に違いないのだが、なぜか増鏡高等学校の女子の制服姿。スカートを穿いている。膝上二十五センチくらい。
『それはね、花実ちゃんが奪ったから。無理に引っ張ったから』
『へえっ!?』
『返してよ、僕の男根』
『えっ、わ私、そんなあ、そんなの奪ってないよおっ!』
花実自身の叫び声によって、不意に景色が途切れた。
うっすらと汗を掻いていて、むず痒い。
「私、そんなエッチなこと……」
夢の中とはいえ、男子の大切な部分を奪うなど、夢にも思いつかない。
仰向けの体勢のまま上を見る。天井に貼りついている時計の表示は二時。目を閉じて、背中に受ける抗力が薄らいで行くのを心地よく感じた。
何の脈絡もなく、白夜の家の一室にいた。文字部の精鋭五人が集まり、横一列に並んで立っているのだ。
部屋は畳敷きで広さが十二畳。小さめの広間という感じだ。
長方形の座卓が二つ並んでいて、そのうちの一つに、昨日購入したヘルメットと懐中電灯が五組、そしてアラーム時計が一つ置いてある。
もう一方の座卓には、トランシーバー二台・ダイナマイト十数本・ライター・缶入りのビスケット、さらにペットボトル入りの飲料品がたくさん揃っている。
時刻が、午前十時ちょうどになった。
『これより、文字部で初となる一泊研修を始める。まずは中央指揮官を務めてくださる増鏡高等学校理事長からのお言葉。理事長、お願いします』
ふすまがシュススーと音を立てて開き、軍服姿の女性が入ってきた。
『はいはい。文字部の皆さん、おっはよぉ!』
『おはようございます』
『ちわ~す』
『おはよう、ございます』
『おはようございますぅ』
『おはようございます……ふぅ』
五人が返した。ちょっとバラバラ感のある朝の挨拶だった。
『今紹介して貰った理事長の葛埼墳子でぇす。実は私が白夜を産み、ここまで育て上げた実の母なのよ。白夜とは名字が違っているけど、それは夫が逃げたからなの。全くもう、あのクソ男ときたら――』
『ごほん、理事長!』
白夜が苦い顔をして、墳子さんをきつく睨む。
『ああら、ごめんなさい、開始の言葉だったわね。さあ皆さん、一泊研修、しっかりたっぷり頑張ってね。あっそれと、敵前逃亡はその場で射殺、以上!』
『はっ!』
『おす!』
俗人と遷人は気合いの入った返事をした。
一方、女子三人は愕然としている。
『はぁい?』
『へえ?』
『射殺って……』
理事長は小広間から出た。
開いていたふすまがシュススー・ピシッと鳴った。
『……ええ、ごほん。四人とも、まずはそこの座布団にでも座ってくれ』
花実・遷人・俗人・僧子は座卓を囲んで座った。その近くには既に各自の鞄が置いてある。筆記具や辞書類を持ってきているのだ。
四人が座った後、白夜も空いている座布団に腰を下ろす。
『――では、研修の説明をする。午前中は、敵本営周辺の偵察を行う』
『うん』
『分かるっす!』
『はあぁーい』
『分かります』
白夜が目覚まし時計のアラーム時刻を十時四十五分にセットした。
『よし、では出発』
鹿狩りが始まるところで、アラームが鳴った。午前六時。
花実はゆっくり起き上がる。
「いよいよ、一泊研修……」
・
最寄り駅の増鏡三丁目で、八時五十四分発の各駅停車に乗り込んだ。満員ではないが、乗客は多かった。これがいつも通りなのか、今日に限ってのことなのか、土曜日のこの時間帯に電車を利用することが初めてなので、花実には知る由もないことである。
増鏡中央駅に着いても、まだ九時を少し過ぎたところだった。改札口を通過しつつ周囲を見回すのだが、当然俗人たちの姿はない。
「ちょっと早過ぎたかなあ」
家を出るときも、早いとは思いながら、それでも何かが背中を押した。
胸の躍るようなイベントが、果たしてあるのだろうか?
近くのビルの液晶画面には太陽のマークと、デジタルで大きな20℃の表示。胸の内とは裏腹に、空は澄んでいる。心地よい日差しを浴びて、その明るさが、そして眩しさが、新しい予感の兆しを投げかけてくるようだ。心は、半分の期待と残りの不安との間で揺れながら、俗人たちを見送った昨日の道の先を、花実は真っ直ぐに見つめている。
「やあ、牡椋さん、待ち合わせか?」
背後から声をかけられたものだから、花実の肩がビクリと震えた。
「えっ遷君、じゃあなくてグレゴリラ君!?」
「遷君でもいいぜ。けどオレって、グレゴリラがしっくりするんだよなあ」
珍しく名前の方で呼んで貰えたことが嬉しくもあり、すぐにあだ名で言い直されたことが残念、というような表情を見せる彼のフルネームは複腹遷人。
「ごめんなさい」
「別に謝らなくていいけど……あ、やばっ、模試に遅れそうだし」
「あ、うん。模試、頑張って」
「おう!」
力強く答えて、改札口に向かって走る姿が凛々しく、爽やかさもある。
「グレゴリラ君……、あでも遷君、あれれ!?」
・
白夜の家の一室に文字部の四人が集まり、横一列に並んで立っている。
広さ十二畳の畳敷きの部屋には長方形の座卓が二つあり、そのうち一つの上に昨日購入した文庫本四冊と目覚まし時計が置いてある。その周囲には、四人分の座布団が用意されている。
もう一方の座卓には、ノートパソコン二台・辞書数冊・筆記具・メモ用紙の束、さらに電子辞書・電子書籍端末まで揃っている。こちらには座布団が二枚ある。
「これより文字部初の一泊研修を始める。まずは監督を務めてくださる増鏡高等学校理事長からのお言葉。理事長、お願いします」
ふすまがシュススーと音を立てて開き、一人の中年女性が入ってきた。
「はいはい。文字部の皆さん、おっはよぉ!」
「おはようございます」
「おはよう、ございます」
「おはようございますぅ」
「おはようございます……ふぅ」
四人が返した。ちょっとバラバラ感のある朝の挨拶だった。
「今紹介して貰った葛埼墳子、理事長の葛埼墳子でぇす。実は、私が白夜の実の、実の母なのよ。白夜とは名字が違っているけど、それは夫と別れたから。全くもう、あのダメダメ亭主ときたら――」
「ごっほん、理事長!」
「ああら、ごめんなさい。開始の言葉だったわね。さあ皆さん、一泊研修、頑張ってね。美味しいご馳走、期待してるわよ! 以上でぇす」
「えっ!?」
「ご馳走?」
「へ?」
「…………」
絶句したまま少し苦い顔をしている白夜を除く三人からの拍手。
理事長は小広間から立ち去り、ふすまがシュススー・ピシッと閉じる。
「……ええっと、三人とも、まずはそこの座布団にでも座ってくれ」
花実・僧子・俗人の三人は座卓を囲んで座った。その近くには既に彼女たちの鞄が置いてある。それぞれ筆記具や辞書類を持ってきているのだ。
三人が座った後、白夜も空いている座布団に腰を下ろす。
「ではまず研修1と2の説明をしておく。研修1では、最初の三十五分間を使って、昨日購入しておいた文庫本『深山の鹿狩り物語』を各自で読む。どこから読み始めても構わない。必要なら辞書やネットなどで気になる点を調べてもよい。だがあまり細かく調べずに、できるだけ読み進めること。三十五分が経過したら、自分の読んだ範囲からどんなことでもよいので、一番気になった箇所を発表して貰う。そして残りの時間を使い、各自が気になった事柄を『お題』として、別の人が調査する。ここまでで研修1が終わることになる。研修2では、研修1の調査結果を順番に発表して貰いながら、みんなで発表内容について感想や意見を述べ合う。分かるか?」
「うん、分かったよ」
「はい」
「分かりました」
白夜が目覚まし時計のアラーム時刻を十時四十五分にセットした。
「よし、では読書開始」
こうして、形の上では予定通りに、文字部の研修が始まった。
花実は、胸にまとわりつく違和感と悪寒を早く拭い去りたかった。とにかく、『深山の鹿狩り物語』の文章だけに、気持ちの全てを集中させようとした。
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