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第6章. 絵露井家の崩壊

066. 早すぎる埋葬

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 ジャパンの各地において、中年以降の男性が口から銀色の卵を吐き出すと云う不可解極まりない現象が多発している。卵はその場ですぐに割れて、中から赤いフンドシ1丁のみを身につけた破廉恥な姿の新妖怪が生まれてくる。その衝撃的な産卵から孵化までを撮影した動画の数々がネット上に超拡散されて、キーワード〈オッサンのキモい産卵シーン〉がトレンド入りするまでに、さほど時間を要することもなく、身長40センチメートル前後、体は女性的な丸みを帯びて、黒ずんだピンク色の肌色、長い首に大きな頭、ペチャンコな胸、丸見え状態の小さい臍と云う特徴を持つ怪しげな生物がジャパン中に知れ渡る有り様だ。
 この話題に対して、現在も大中華国だいちゅうかこくに滞在したまま、ピョンヤン市を拠点として研究や執筆の活動を続けている奇病珍病研究の第1人者・独田どくた楠枝くすえ医学博士が有料の会員制・駄文投稿サイト〈自慰じい倶楽部くらぶ〉に新たな手記を投稿したことで、海外に超大きな波紋を広げている。

【ワリメ食がもたらした人類史上最悪の奇病について】投稿者:ドクターくすえ
 全世界の善良なる一般ピープル、略称〈全善パンピー〉、特に1億2千万のジャパニーズに向けて、再び警鐘を鳴らさなければならない状況を、独田は知ることになりました。それは他でもなく非道徳的行為である〈ワリメ食〉がもたらす人類史上最悪と呼ぶに値する奇病〈ワリメ雄化誘発チンコ病〉なのです。基礎代謝の低下し始めている中年以降の男性が新妖怪ワリメの生肉や臓物を食べることによって、その奇病を発症するのだと独田は突きとめています。
 ワリメ雄化誘発チンコ病が発症すると、ネット上に超拡散されている動画で見られる通り、通常の鶏の卵の3倍はある大きさの銀玉を吐き出して、それから先は乱心状態に陥ります。一方、産み落とされた卵はすぐに孵化して、見るからに破廉恥な、新妖怪ワリメに似て非なる別の新妖怪が誕生します。その新妖怪を独田は〈新妖怪ワリメ亜種チンコ〉と命名しました。首が男性の勃起した状態の陰茎そのものであり、頭部が膨らんだ亀頭にそっくりであることから、名称の1部に男性器の俗称であるをつけた次第です。
 ですがネーミングは、この際どうでもよいのです。問題の所在は、その新妖怪が人類存亡の危機を招く可能性を孕んでいるところにあります。ワリメ亜種チンコの生命力と繁殖能力は3億年を生き続けるコックローチの800倍に及ぶと考えられます。この亜種チンコがワリメと交尾することで、ワリメやチンコが指数関数的超ビッグバン級の速さで超急激に繁殖することは、もはや疑う余地などありません。これを放置してしまうと、全世界がワリメやチンコに埋め尽くされてしまって、遅くとも1年以内に人類は滅亡します。
 独田はジャパンの指導者に強く要求します。ジャパンを除く他のすべての国を救うために、ジャパンは進んで犠牲になるべきです。いやらしいチンコがジャパンの外へ出てしまう前に、責任を持って葬り去るのです。それにはワリメ反超子力爆弾を使って、今まさに増殖しつつあるチンコもろともジャパンを消滅させることでしか手立てがありません。筋好総理、勇気を持って決断なさい! 幸いにしてジャパンの外にもジャパニーズは多くいます。彼ら彼女ら180万のジャパニーズが他の人類とともに存続できるですから。

 超厳しい言論統制下にあるジャパンでは、このように堂々と〈ワリメ食〉についての発言はできないが、大中華国ではそれが可能だった。
 独田から名指しされた筋好が、この要求を素直に受け入れるかどうかは、その可能性が超低いと考えられている。そればかりかジャパン政府は海外から入る情報のすべてを遮蔽している。ほとんどのジャパニーズは、独田が警鐘を鳴らす文章を読むことができず、存亡の危機が目前に迫っていることを知らない。
 そんな今日、帝京都内の上空は黒い。カミナリ雲が青空に重くのしかかった蒸し暑くてウザったるい午後である。
 絵露井えろい宅1階の北東部分にある性交専用寝室では、助夫が満子に馬乗りになるようにして〈後背位〉と呼ばれる性交を行っている。乱心していようとも、助夫は日々のエッチを欠かさないのだ。

「ぶっは~~~~ん!!」

 絶頂を迎えた満子が叫び、そのまま動かなくなった。

「んごんご! チンコチンコ、うひゃひゃ、うひゃうひゃ」

 助夫は意味不明な言葉を発しつつ、裸体の満子を背負って庭へ飛び出し、地面に置いてから素手で深く穴を掘り、昇天的仮死状態にある妻を埋める。
 精神の異常をきたしている助夫は、気絶状態の満子が死んでしまったと思ったに違いない。死体は埋めるものと云う断片的な知識だけは頭に残っている。よかれと思って、そのようにしたのだ。まさに早すぎる埋葬である。
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