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第6章. 絵露井家の崩壊
063. 新料理ワリメ丼
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絵露井家の夕食は毎度のことだが極上の出前飯である。今夜は助夫が家族を喜ばせてやろうと厳選チョイスした超サプライズ神飯と呼ぶに値する〈新料理ワリメ丼〉を注文したが、そのことは秘密だ。
只いつもと違って、指定した配達時刻を30分すぎた今もまだ届かない。そのせいで午後7時半前後から食べ始めて午後8時にはほとんど食べ終える絵露井家のルーチンが超狂ってしまっている。満腹感に浸りつつJHKの歴史ドラマを見ることにしている満子のサンデー習慣も大きく乱れている有り様だ。
そんなこんなでテレビスクリーン上に題字『清盛入道の子どもたち』が表示されてオープニングの曲と映像が流れる。ちなみにこの歴史ドラマの主役は清盛の娘・徳子である。清盛本人は第1話「入道死去」の回でいきなり死んでいるが、それ以降もちょくちょくオープニング直後に甲冑姿で登場して「こんばんは、平清盛です」と云う挨拶をした上で、ちょっとした小噺を披露する役にジョブチェンジしている。
今夜もそのパターンで始まったのだが、なぜか急に映像が切り替わって、ニュース番組の背景とアナウンサーの旭弐入造が映った。
『えー、歴史ドラマ「清盛入道の子どもたち」の途中ですが、ここで先程入ってきましたニュースをお伝えします。俳優の虎化寅男さんが、コカインを所持していたとして逮捕されました。虎化さんは「間違いありません」と容疑を認めていると云うことです。繰り返してお伝えします。今日午後7時半頃、俳優の虎化寅男さん・41歳を、麻薬取締法違反の容疑で東ジャパン厚生局麻薬取締部が逮捕しました。あー、以降は番組の予定が変更となります。引き続き、俳優・虎化寅男さん逮捕のニュースをお伝えします』
旭弐が緊迫感に満ちた表情でアナウンスすると同時に、ニュース速報でも「俳優の虎化寅男さん、コカイン所持と摂取の容疑で逮捕」と表示される。
この突然の事態に対して満子が超憤慨する。
「ちょっとこれ、どう云うことなのよ!!」
「虎化、やっちゃったなあ。さすがに超アウトだよ」
まさに清盛が登場している歴史ドラマの放送時間中に、その役を演じる俳優が麻薬取締法違反で逮捕されたニュースが速報で伝えられたのだから、これはJHK史上最悪の超大ハプニングになってしまった。
栗花がテレビスクリーンを見つめながら、例によって吾郎に聞く。
「コカインでなんなのよ?」
「麻薬の1種だよ」
「え、覚せい剤とか?」
「それは別の薬だよ」
「じゃあシャブとか?」
「いや、それが覚醒剤のことだ。まあコカインなんてのは、姉さんが知らなくてもいいものだよ。使わなくても、いつもそんな状態になってるんだからな」
「ふんだ、バカ吾郎!」
「ねえ吾郎、それよりも、放送はどうなるのよ!?」
満子は麻薬より歴史ドラマのことが気になって仕方ないのだ。
「いやあ、少なくとも今夜は無理だろ。撮り直しするにしても、ちょっと時間がかかるかもよ。まずは代役を選ばないとね。まあそれは、やりたい人なら掃いて捨てるほどいるだろうし、いいと思うけど、問題は清盛が冒頭の小噺だけじゃなく、回想シーンなんかでもよく登場するから、どこまでの回を撮影し直すかによって、放送再開がいつになるか左右されるだろうね。けど、それは一般視聴者には判らないことだ」
「そのまま放送すればいいでしょ?」
「いやいや、そうもいかないよ。コンプライアンス的にな」
「おいこら吾郎、お前はテレビ番組制作評論家になったつもりか?」
「吾郎さん、いつも超ウザいです」
「えっえー、四穂ちゃんまでオレの逆推しなのか!」
なにはともあれ、清盛役が逮捕されたニュースよりも今は『早漏先生が解説する新妖怪ワリメ論、いつ見る? 今でしょ!』を見ようと云うことになって、チャンネルがテレ帝に替えられる。
また今になって、待ちかねていたものの誰もが忘れていた出前飯が届き、家政婦が配膳するために運んできた。
こうして夕食の準備がようやく整ったので、助夫がドヤ顔で説明する。
「1人前で128万9千800ジャパンドルのワリメ丼だ。消費税の20%分とワリメ特別税の30%分を加えると193万4千700ジャパンドルと、通常の大卒初任給の3倍はある。まあワシにとっては端金にすぎぬが、しっかり味わって食え!」
「父さん、ワリメ丼ってなんだよ?」
「ワリメの生肉とワリメの生卵を載せた丼に決まっておる!」
「そんなもの食えるかよっ!!」
吾郎は拒絶したが、他の者たちはスルーして既に食べ始めている。
「あらま、これ美味しいわ~」
「うんうん、結構いける。ねえ四穂?」
「はい、とっても新鮮で、どんな海鮮丼よりも絶品です」
「そうだろう、こんなウマウマの新料理を食わんとは、吾郎は罰当たりな奴だ」
「いやいや、ワリメ神様様の肉を食う方が、よっぽど罰が当たるってもんだよ。て云うか、絶対の絶対に祟られるぞ!」
吾郎は拒絶の態度を貫き通してワリメ丼を口にしない。
残った1杯は他の4人で分け合う。すっかり不貞腐れてしまった吾郎は1人で牛丼チェーン〈大好き吉屋〉に行って、田舎から都会に出てきたばかりの若者、特に生娘の間でジャスト・ナウに超流行っている最新メニュー〈しゃぶしゃぶ牛丼〉を食べることにする。
只いつもと違って、指定した配達時刻を30分すぎた今もまだ届かない。そのせいで午後7時半前後から食べ始めて午後8時にはほとんど食べ終える絵露井家のルーチンが超狂ってしまっている。満腹感に浸りつつJHKの歴史ドラマを見ることにしている満子のサンデー習慣も大きく乱れている有り様だ。
そんなこんなでテレビスクリーン上に題字『清盛入道の子どもたち』が表示されてオープニングの曲と映像が流れる。ちなみにこの歴史ドラマの主役は清盛の娘・徳子である。清盛本人は第1話「入道死去」の回でいきなり死んでいるが、それ以降もちょくちょくオープニング直後に甲冑姿で登場して「こんばんは、平清盛です」と云う挨拶をした上で、ちょっとした小噺を披露する役にジョブチェンジしている。
今夜もそのパターンで始まったのだが、なぜか急に映像が切り替わって、ニュース番組の背景とアナウンサーの旭弐入造が映った。
『えー、歴史ドラマ「清盛入道の子どもたち」の途中ですが、ここで先程入ってきましたニュースをお伝えします。俳優の虎化寅男さんが、コカインを所持していたとして逮捕されました。虎化さんは「間違いありません」と容疑を認めていると云うことです。繰り返してお伝えします。今日午後7時半頃、俳優の虎化寅男さん・41歳を、麻薬取締法違反の容疑で東ジャパン厚生局麻薬取締部が逮捕しました。あー、以降は番組の予定が変更となります。引き続き、俳優・虎化寅男さん逮捕のニュースをお伝えします』
旭弐が緊迫感に満ちた表情でアナウンスすると同時に、ニュース速報でも「俳優の虎化寅男さん、コカイン所持と摂取の容疑で逮捕」と表示される。
この突然の事態に対して満子が超憤慨する。
「ちょっとこれ、どう云うことなのよ!!」
「虎化、やっちゃったなあ。さすがに超アウトだよ」
まさに清盛が登場している歴史ドラマの放送時間中に、その役を演じる俳優が麻薬取締法違反で逮捕されたニュースが速報で伝えられたのだから、これはJHK史上最悪の超大ハプニングになってしまった。
栗花がテレビスクリーンを見つめながら、例によって吾郎に聞く。
「コカインでなんなのよ?」
「麻薬の1種だよ」
「え、覚せい剤とか?」
「それは別の薬だよ」
「じゃあシャブとか?」
「いや、それが覚醒剤のことだ。まあコカインなんてのは、姉さんが知らなくてもいいものだよ。使わなくても、いつもそんな状態になってるんだからな」
「ふんだ、バカ吾郎!」
「ねえ吾郎、それよりも、放送はどうなるのよ!?」
満子は麻薬より歴史ドラマのことが気になって仕方ないのだ。
「いやあ、少なくとも今夜は無理だろ。撮り直しするにしても、ちょっと時間がかかるかもよ。まずは代役を選ばないとね。まあそれは、やりたい人なら掃いて捨てるほどいるだろうし、いいと思うけど、問題は清盛が冒頭の小噺だけじゃなく、回想シーンなんかでもよく登場するから、どこまでの回を撮影し直すかによって、放送再開がいつになるか左右されるだろうね。けど、それは一般視聴者には判らないことだ」
「そのまま放送すればいいでしょ?」
「いやいや、そうもいかないよ。コンプライアンス的にな」
「おいこら吾郎、お前はテレビ番組制作評論家になったつもりか?」
「吾郎さん、いつも超ウザいです」
「えっえー、四穂ちゃんまでオレの逆推しなのか!」
なにはともあれ、清盛役が逮捕されたニュースよりも今は『早漏先生が解説する新妖怪ワリメ論、いつ見る? 今でしょ!』を見ようと云うことになって、チャンネルがテレ帝に替えられる。
また今になって、待ちかねていたものの誰もが忘れていた出前飯が届き、家政婦が配膳するために運んできた。
こうして夕食の準備がようやく整ったので、助夫がドヤ顔で説明する。
「1人前で128万9千800ジャパンドルのワリメ丼だ。消費税の20%分とワリメ特別税の30%分を加えると193万4千700ジャパンドルと、通常の大卒初任給の3倍はある。まあワシにとっては端金にすぎぬが、しっかり味わって食え!」
「父さん、ワリメ丼ってなんだよ?」
「ワリメの生肉とワリメの生卵を載せた丼に決まっておる!」
「そんなもの食えるかよっ!!」
吾郎は拒絶したが、他の者たちはスルーして既に食べ始めている。
「あらま、これ美味しいわ~」
「うんうん、結構いける。ねえ四穂?」
「はい、とっても新鮮で、どんな海鮮丼よりも絶品です」
「そうだろう、こんなウマウマの新料理を食わんとは、吾郎は罰当たりな奴だ」
「いやいや、ワリメ神様様の肉を食う方が、よっぽど罰が当たるってもんだよ。て云うか、絶対の絶対に祟られるぞ!」
吾郎は拒絶の態度を貫き通してワリメ丼を口にしない。
残った1杯は他の4人で分け合う。すっかり不貞腐れてしまった吾郎は1人で牛丼チェーン〈大好き吉屋〉に行って、田舎から都会に出てきたばかりの若者、特に生娘の間でジャスト・ナウに超流行っている最新メニュー〈しゃぶしゃぶ牛丼〉を食べることにする。
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