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5章 お願いだよ。もう消えてっ、一緒に!
勝利の前祝いパーティー
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プエルラの食事は、学問所での昼食以外ほとんど一人きりだ。
叔父夫妻が大抵は仕事のため屋敷を留守にしていることに加え、プルケ家のしきたりとして、家人は使用人と食事をともにすることがないからだ。
プエルラに剣術を指導していた第二執事は老いを理由に暇を乞い、プエルラの学問所入所を機に屋敷を去った。学問担当の第一執事も、特別演習が始まって少し経った頃、疲れ果てたプエルラが朝晩の修練を怠るようになっていたため、腹を立てて自ら職を辞した。かつては大勢いた使用人も、今では二人のメイドだけになっているのだ。
このため普段は静かで寂しげな屋敷なのだが、今夜はリルカとミルティがいることによって華やいでいる。
夕食後も三人のおしゃべりは続く。話題は死がどのようなものかについて。
「ねえねえミルティ、死ぬのって、どんな感じなの?」
「暗闇かしら。それとも光で満ちていますの?」
他者の死という生々しい光景。数時間前にそれを目の当たりにした二人が、素朴な疑問を口にした。
今日の夕方実際に死を経験したばかりのミルティが即答する。
「それがねえ、憶えてないの」
「そうなの、何も?」
「うん、何も」
「死んでも死んだことが判らない、ということですの?」
「う~ん、そうかもね。斧がセブルのお腹を突き破って、痛そぉ~とか思ってたんだけど、次に目を開けたら近くにセブルの顔があったの」
少女たちの、死についての興味はこれで途絶えた。果たして死は単なる記憶の断絶に過ぎないのだろうか。
健やかな十四歳の彼女たちの日常において死は現実的ではない。しかし、平和な時であればこその現実に過ぎず、数十時間後の彼女たちの面前へ、それが突如現れることになるかもしれない。
それ程過酷な戦いが待ち受けていることと結びつけられるまでには、この夜のおしゃべりにおいては、至ることがなかった。
☆ ☆ ☆
四月の最終日。
セブルはユーリア湖の畔にやってきて、長かったが今となっては数日のようにしか感じられない三十五日間を振り返っている。
「ヒメマスのムニエルか……」
昨夜はまとまった雨が降ったが、水はいつものように澄みきったコバルトブルーのままである。
日輪の輝きを受けて揺れる湖面は、セブルの好きな眺めだ。
「あっ、ここにいたよお!」
セブルの思索行為は、リルカの叫び声によって中断させられた。
「一人で何ぼけっとしてんのよっ!」
――バッシーッン!
「痛っ、何するんだ、いきなり!!」
「そうですわ、野蛮ですわよ!」
背中を叩かれたセブルがミルティに抗議して、プエルラもミルティを咎めるという、このような光景もまた、この三十五日間のうちには幾度もあった。
「セブルぅ、パーティーだよお」
「パーティーだと?」
「そうよ、勝利の前祝いなんだからねっ!」
「はあ?」
「バーベキュー・パーティーをしますのよ、わたくしのお家の庭で」
女の子たちに連れられて、プルケの屋敷へ向かうことになった。
こうして、今日一日は静かに過ごそうと決めていたセブルの計画が、見事に打ち壊されるのだ。
リミエルとロウサもパーティーに呼ばれた。
「お招きありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
屋敷の前を通ることはあっても、敷地内へと入るのは初めてだったため、リルカの姉と妹は緊張している。
「さあ、遠慮なさらずに、おくつろぎになって」
この言葉は二人にとっては意外に思えた。リミエルもロウサも、今までプエルラとは話したことがなく、彼女に対して、人を寄せつけない冷たい印象しか持っていなかったのだ。
実際、学問所へ通うようになってからのプエルラの性格は、このように少しは柔らかく感じられるまでに変化してきている。
「お姉ちゃんとロウサも、もっと楽にしたらいいよ。ねえセブルぅ」
「おっ、そうだな……」
この屋敷はセブルにとっても初めてで、彼もまた緊張気味である。
今朝になってミルティが思いついたバーベキュー・パーティーなのだが、最初のうちは、少しぎこちない雰囲気になっていた。
それでも勝利の前祝いという名目があるので、六人は積極的に振る舞うことにして、プルケの屋敷の庭はすぐに和やかな空気で包まれることになった。
各自で欲しい食材を自由に選び、焼いて食べる。隣の者と会話を楽しむ。バーベキューという催しは、至って単純なことなのだ。
「ポウルさんに兄弟がいたなんて話は、私も聞いたことないわねえ」
「そうですか」
ちょうどよい機会と考えたセブルは、伯父レイヌについて何か知らないか、リミエルに尋ねてみることにした。
だが得られたのは、セブルの父親ポウルは一人っ子だという話を伯母ラウラから聞いた記憶があるという情報だけだった。リミエルはセブルと一年も違わない歳なのだから、知っていることがあってもセブルと大差ないのだ。
「ほらロウサちゃん、こっちの肉、よく焼けてるよ」
「はい、ありがとうございます」
ミルティは、まるで妹ができたかのように傍を離れず、子ヤギの肉や野菜を焼くのと同時に、ロウサの世話も焼いていた。
その一方で、妹をミルティに任せておくことにしたリルカは、プエルラに話しかけている。
「ねえプエルラぁ」
「何ですの?」
「プエルラの叔父さん、どんなお仕事してるの?」
「父の事業を引き継いで、武具類を扱う商売をしていますわ」
「ふうん、そうなんだあ」
このささやかな催しは、六人の若者たちの親睦を深めるとともに、明日の出立を控える四人の団結を少なからず強めることになったといえよう。
叔父夫妻が大抵は仕事のため屋敷を留守にしていることに加え、プルケ家のしきたりとして、家人は使用人と食事をともにすることがないからだ。
プエルラに剣術を指導していた第二執事は老いを理由に暇を乞い、プエルラの学問所入所を機に屋敷を去った。学問担当の第一執事も、特別演習が始まって少し経った頃、疲れ果てたプエルラが朝晩の修練を怠るようになっていたため、腹を立てて自ら職を辞した。かつては大勢いた使用人も、今では二人のメイドだけになっているのだ。
このため普段は静かで寂しげな屋敷なのだが、今夜はリルカとミルティがいることによって華やいでいる。
夕食後も三人のおしゃべりは続く。話題は死がどのようなものかについて。
「ねえねえミルティ、死ぬのって、どんな感じなの?」
「暗闇かしら。それとも光で満ちていますの?」
他者の死という生々しい光景。数時間前にそれを目の当たりにした二人が、素朴な疑問を口にした。
今日の夕方実際に死を経験したばかりのミルティが即答する。
「それがねえ、憶えてないの」
「そうなの、何も?」
「うん、何も」
「死んでも死んだことが判らない、ということですの?」
「う~ん、そうかもね。斧がセブルのお腹を突き破って、痛そぉ~とか思ってたんだけど、次に目を開けたら近くにセブルの顔があったの」
少女たちの、死についての興味はこれで途絶えた。果たして死は単なる記憶の断絶に過ぎないのだろうか。
健やかな十四歳の彼女たちの日常において死は現実的ではない。しかし、平和な時であればこその現実に過ぎず、数十時間後の彼女たちの面前へ、それが突如現れることになるかもしれない。
それ程過酷な戦いが待ち受けていることと結びつけられるまでには、この夜のおしゃべりにおいては、至ることがなかった。
☆ ☆ ☆
四月の最終日。
セブルはユーリア湖の畔にやってきて、長かったが今となっては数日のようにしか感じられない三十五日間を振り返っている。
「ヒメマスのムニエルか……」
昨夜はまとまった雨が降ったが、水はいつものように澄みきったコバルトブルーのままである。
日輪の輝きを受けて揺れる湖面は、セブルの好きな眺めだ。
「あっ、ここにいたよお!」
セブルの思索行為は、リルカの叫び声によって中断させられた。
「一人で何ぼけっとしてんのよっ!」
――バッシーッン!
「痛っ、何するんだ、いきなり!!」
「そうですわ、野蛮ですわよ!」
背中を叩かれたセブルがミルティに抗議して、プエルラもミルティを咎めるという、このような光景もまた、この三十五日間のうちには幾度もあった。
「セブルぅ、パーティーだよお」
「パーティーだと?」
「そうよ、勝利の前祝いなんだからねっ!」
「はあ?」
「バーベキュー・パーティーをしますのよ、わたくしのお家の庭で」
女の子たちに連れられて、プルケの屋敷へ向かうことになった。
こうして、今日一日は静かに過ごそうと決めていたセブルの計画が、見事に打ち壊されるのだ。
リミエルとロウサもパーティーに呼ばれた。
「お招きありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
屋敷の前を通ることはあっても、敷地内へと入るのは初めてだったため、リルカの姉と妹は緊張している。
「さあ、遠慮なさらずに、おくつろぎになって」
この言葉は二人にとっては意外に思えた。リミエルもロウサも、今までプエルラとは話したことがなく、彼女に対して、人を寄せつけない冷たい印象しか持っていなかったのだ。
実際、学問所へ通うようになってからのプエルラの性格は、このように少しは柔らかく感じられるまでに変化してきている。
「お姉ちゃんとロウサも、もっと楽にしたらいいよ。ねえセブルぅ」
「おっ、そうだな……」
この屋敷はセブルにとっても初めてで、彼もまた緊張気味である。
今朝になってミルティが思いついたバーベキュー・パーティーなのだが、最初のうちは、少しぎこちない雰囲気になっていた。
それでも勝利の前祝いという名目があるので、六人は積極的に振る舞うことにして、プルケの屋敷の庭はすぐに和やかな空気で包まれることになった。
各自で欲しい食材を自由に選び、焼いて食べる。隣の者と会話を楽しむ。バーベキューという催しは、至って単純なことなのだ。
「ポウルさんに兄弟がいたなんて話は、私も聞いたことないわねえ」
「そうですか」
ちょうどよい機会と考えたセブルは、伯父レイヌについて何か知らないか、リミエルに尋ねてみることにした。
だが得られたのは、セブルの父親ポウルは一人っ子だという話を伯母ラウラから聞いた記憶があるという情報だけだった。リミエルはセブルと一年も違わない歳なのだから、知っていることがあってもセブルと大差ないのだ。
「ほらロウサちゃん、こっちの肉、よく焼けてるよ」
「はい、ありがとうございます」
ミルティは、まるで妹ができたかのように傍を離れず、子ヤギの肉や野菜を焼くのと同時に、ロウサの世話も焼いていた。
その一方で、妹をミルティに任せておくことにしたリルカは、プエルラに話しかけている。
「ねえプエルラぁ」
「何ですの?」
「プエルラの叔父さん、どんなお仕事してるの?」
「父の事業を引き継いで、武具類を扱う商売をしていますわ」
「ふうん、そうなんだあ」
このささやかな催しは、六人の若者たちの親睦を深めるとともに、明日の出立を控える四人の団結を少なからず強めることになったといえよう。
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