魔鬼祓いのグラディウス

紅灯空呼

文字の大きさ
上 下
15 / 55
2章 ヒロゾフへの険しい道のり

カントゥ先生だ!

しおりを挟む
 学問所が開講する日の朝。
 セブルとリルカが緑の小路を通り抜け、並んで林の中を歩いている。

「おいリルカ、もし魔鬼がいても手を出すな。思考的術式パンセ・メトードも使うなよ」
「どして?」
「リルカはまだ術式を上手く扱えない。昨日の二回目に哲刀グラディウスを出せたのは偶然だろうし、また失敗したらどうなることか。魔鬼の急所はツノだと判ったことだし、僕が始末する。いいな?」
「うん」

 セブルの懸念通り、二人が林を抜けたところに女性魔鬼と少女魔鬼が待ち構えていた。

「おっ出たな、魔鬼たち。今日も負けはしないからな!」

 威勢よくセブルが口火を切った。
 魔鬼たちも云い返す。

「昨日のお礼をたっぷり返してやるぞ。覚悟しろっ!」
「今日こそ、ぶっ壊して、あ・げ・る」

 セブルはすぐさま詠唱だ。

我思考せむコーギトォ哲刀グラディウス在らむエスト

 まずは哲刀を現出させた。

我思考せむコーギトォゆゑエルゴォ我ら在らむスムス

 セブル0とセブル1に分身。同時に二匹を相手にするためだ。どちらのセブルも手に哲刀を握っている。
 戦いはすぐに始まった。
 セブル0の哲刀が何度も女性魔鬼フッゼルをぶった斬りにする。
 だが、その度ごとに[ ]クラマーンが現れる。これでセブル0の攻撃がフッゼルの認識外へとエポケーされてしまうのだ。現象学的フェノメノン・魔術マギィによる鉄壁の防御。これではキリがない。
 セブル1の哲刀は少女魔鬼ミルティのハンマーと激しく打ち合い、緑色と水色の火花を散らしている。
 どうにかハンマーを叩き壊しても、「現存在ダーザイン」と唱えたミルティの手には、新しいハンマーが既に存在している。彼女の得意な存在論的エクシステンシル・魔術マギィだ。こちらも同様に決着がつかない。

 少し離れて立つリルカは、何か手がないものかと考えていた。
 手出しも、思考的術式を使うことも、しないと約束してある。もしまた失敗したら素っ裸になるかもしれない。
 昨日はそれでミルティたちの気を引き、油断させることができたが、今度も通用するとは限らない。それより何より恥ずかし過ぎる。
 この時、セブルたちの戦いを見ている者が二人いた。一人は林の中にいるプエルラだ。木の陰から一部始終を眺めている。
 そして岩山の洞窟内から見ていたもう一人が、ゆっくりと歩いて姿を現す。

「そこまでぇ~~っ! その二人の一次試験は合格じゃ」

 フッゼルとミルティは後ろ跳びをして、それぞれセブル0・セブル1から距離を取り、そして洞窟の方を向いた。険しい顔つきの老人が立っている。

「はっ!!」
「カントゥ先生だ!」

 フッゼルとミルティが揃って老人に会釈した。その瞬間、二人の額に伸びていたツノがすっと消える。
 セブルたちの前に突然現れた老人は、まずはフッゼルとミルティを一瞥して「うむ」と一言だけ呟いた。続いて、セブルとリルカに近づき、顔を観察するようにじっくりと順番に眺め始める。

(さっき小さい方の魔鬼が、カントゥ先生と云ってたな、所長なのか?)

 セブルは昨日見た石版を思い出した。
 学問所の所長かもしれない老人がおもむろに口を開く。

「お前さんは、マジョ‐リルカじゃな」
「えっ、どうしてわたしのこと、知ってるの!」

 驚くリルカを見ながら、老人は表情を緩める。

「はっはっは、わしはなあ、可愛い子に対しては目がないのじゃ。時々お前さんを見ておる。よくユーリア湖へ行くじゃろう」
「えっ、ええええーっ、目がないの!? じゃあ、どうして見えてるの?」
(いやいや、その意味じゃないだろっ!)
「はっはっは、面白い子じゃ、ナチュラの幼い頃にそっくりじゃのう」
「えっ、お母さんのことも知ってるの?」

 リルカの目が驚く度に丸みを増す。一方、それまで優しそうな目をして笑っていた老人の表情が少し曇る。

「ああ済まぬ済まぬ。リルカはナチュラのことを、ほとんど憶えては、おらぬのであろうて。ちと悲しい思いを、させてしまったかのう」
「ううん、平気だよお。ねえねえ、お母さんのこと、話して話して!」
「ああ、また今度ゆっくりとな。おお、それより、そっちのボウズじゃが――」
(ちっ、僕はボウズ扱いかよ)

 セブルが老人を睨みつけた。
 だが先方には臆する様子など少しも見られない。

「この辺りでは見かけぬ顔じゃ。むむ、いや待て八年程前じゃったか――あいやいや、それはよい。それよりも先程の技は、よおく知っておるぞ。わしの目に狂いはないはず。あれは――」

 老人の眼光が、今度は強さを増した。

思考的術式パンセ・メトードだ!」

 老人の言葉を途中で遮って、セブルが鋭く云い放った。
 それには少しばかりの「気圧された感」を漂わせながら、老人はゆっくりと言葉を継ぐ。

「……そう、その通り。してボウズ、誰から学んだ?」

 林からヒンヤリとする風が流れてきて、セブルたちの頬を撫でている。
 木の陰に隠れて彼らの様子を眺めていたプエルラが、今一人無言のまま村の方へと去って行く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...