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2章 ヒロゾフへの険しい道のり
カントゥ先生だ!
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学問所が開講する日の朝。
セブルとリルカが緑の小路を通り抜け、並んで林の中を歩いている。
「おいリルカ、もし魔鬼がいても手を出すな。思考的術式も使うなよ」
「どして?」
「リルカはまだ術式を上手く扱えない。昨日の二回目に哲刀を出せたのは偶然だろうし、また失敗したらどうなることか。魔鬼の急所はツノだと判ったことだし、僕が始末する。いいな?」
「うん」
セブルの懸念通り、二人が林を抜けたところに女性魔鬼と少女魔鬼が待ち構えていた。
「おっ出たな、魔鬼たち。今日も負けはしないからな!」
威勢よくセブルが口火を切った。
魔鬼たちも云い返す。
「昨日のお礼をたっぷり返してやるぞ。覚悟しろっ!」
「今日こそ、ぶっ壊して、あ・げ・る」
セブルはすぐさま詠唱だ。
「我思考せむ、哲刀、在らむ」
まずは哲刀を現出させた。
「我思考せむ、ゆゑ、我ら在らむ」
セブル0とセブル1に分身。同時に二匹を相手にするためだ。どちらのセブルも手に哲刀を握っている。
戦いはすぐに始まった。
セブル0の哲刀が何度も女性魔鬼フッゼルをぶった斬りにする。
だが、その度ごとに[ ]が現れる。これでセブル0の攻撃がフッゼルの認識外へとエポケーされてしまうのだ。現象学的魔術による鉄壁の防御。これではキリがない。
セブル1の哲刀は少女魔鬼ミルティのハンマーと激しく打ち合い、緑色と水色の火花を散らしている。
どうにかハンマーを叩き壊しても、「現存在」と唱えたミルティの手には、新しいハンマーが既に存在している。彼女の得意な存在論的魔術だ。こちらも同様に決着がつかない。
少し離れて立つリルカは、何か手がないものかと考えていた。
手出しも、思考的術式を使うことも、しないと約束してある。もしまた失敗したら素っ裸になるかもしれない。
昨日はそれでミルティたちの気を引き、油断させることができたが、今度も通用するとは限らない。それより何より恥ずかし過ぎる。
この時、セブルたちの戦いを見ている者が二人いた。一人は林の中にいるプエルラだ。木の陰から一部始終を眺めている。
そして岩山の洞窟内から見ていたもう一人が、ゆっくりと歩いて姿を現す。
「そこまでぇ~~っ! その二人の一次試験は合格じゃ」
フッゼルとミルティは後ろ跳びをして、それぞれセブル0・セブル1から距離を取り、そして洞窟の方を向いた。険しい顔つきの老人が立っている。
「はっ!!」
「カントゥ先生だ!」
フッゼルとミルティが揃って老人に会釈した。その瞬間、二人の額に伸びていたツノがすっと消える。
セブルたちの前に突然現れた老人は、まずはフッゼルとミルティを一瞥して「うむ」と一言だけ呟いた。続いて、セブルとリルカに近づき、顔を観察するようにじっくりと順番に眺め始める。
(さっき小さい方の魔鬼が、カントゥ先生と云ってたな、所長なのか?)
セブルは昨日見た石版を思い出した。
学問所の所長かもしれない老人がおもむろに口を開く。
「お前さんは、マジョ‐リルカじゃな」
「えっ、どうしてわたしのこと、知ってるの!」
驚くリルカを見ながら、老人は表情を緩める。
「はっはっは、わしはなあ、可愛い子に対しては目がないのじゃ。時々お前さんを見ておる。よくユーリア湖へ行くじゃろう」
「えっ、ええええーっ、目がないの!? じゃあ、どうして見えてるの?」
(いやいや、その意味じゃないだろっ!)
「はっはっは、面白い子じゃ、ナチュラの幼い頃にそっくりじゃのう」
「えっ、お母さんのことも知ってるの?」
リルカの目が驚く度に丸みを増す。一方、それまで優しそうな目をして笑っていた老人の表情が少し曇る。
「ああ済まぬ済まぬ。リルカはナチュラのことを、ほとんど憶えては、おらぬのであろうて。ちと悲しい思いを、させてしまったかのう」
「ううん、平気だよお。ねえねえ、お母さんのこと、話して話して!」
「ああ、また今度ゆっくりとな。おお、それより、そっちのボウズじゃが――」
(ちっ、僕はボウズ扱いかよ)
セブルが老人を睨みつけた。
だが先方には臆する様子など少しも見られない。
「この辺りでは見かけぬ顔じゃ。むむ、いや待て八年程前じゃったか――あいやいや、それはよい。それよりも先程の技は、よおく知っておるぞ。わしの目に狂いはないはず。あれは――」
老人の眼光が、今度は強さを増した。
「思考的術式だ!」
老人の言葉を途中で遮って、セブルが鋭く云い放った。
それには少しばかりの「気圧された感」を漂わせながら、老人はゆっくりと言葉を継ぐ。
「……そう、その通り。してボウズ、誰から学んだ?」
林からヒンヤリとする風が流れてきて、セブルたちの頬を撫でている。
木の陰に隠れて彼らの様子を眺めていたプエルラが、今一人無言のまま村の方へと去って行く。
セブルとリルカが緑の小路を通り抜け、並んで林の中を歩いている。
「おいリルカ、もし魔鬼がいても手を出すな。思考的術式も使うなよ」
「どして?」
「リルカはまだ術式を上手く扱えない。昨日の二回目に哲刀を出せたのは偶然だろうし、また失敗したらどうなることか。魔鬼の急所はツノだと判ったことだし、僕が始末する。いいな?」
「うん」
セブルの懸念通り、二人が林を抜けたところに女性魔鬼と少女魔鬼が待ち構えていた。
「おっ出たな、魔鬼たち。今日も負けはしないからな!」
威勢よくセブルが口火を切った。
魔鬼たちも云い返す。
「昨日のお礼をたっぷり返してやるぞ。覚悟しろっ!」
「今日こそ、ぶっ壊して、あ・げ・る」
セブルはすぐさま詠唱だ。
「我思考せむ、哲刀、在らむ」
まずは哲刀を現出させた。
「我思考せむ、ゆゑ、我ら在らむ」
セブル0とセブル1に分身。同時に二匹を相手にするためだ。どちらのセブルも手に哲刀を握っている。
戦いはすぐに始まった。
セブル0の哲刀が何度も女性魔鬼フッゼルをぶった斬りにする。
だが、その度ごとに[ ]が現れる。これでセブル0の攻撃がフッゼルの認識外へとエポケーされてしまうのだ。現象学的魔術による鉄壁の防御。これではキリがない。
セブル1の哲刀は少女魔鬼ミルティのハンマーと激しく打ち合い、緑色と水色の火花を散らしている。
どうにかハンマーを叩き壊しても、「現存在」と唱えたミルティの手には、新しいハンマーが既に存在している。彼女の得意な存在論的魔術だ。こちらも同様に決着がつかない。
少し離れて立つリルカは、何か手がないものかと考えていた。
手出しも、思考的術式を使うことも、しないと約束してある。もしまた失敗したら素っ裸になるかもしれない。
昨日はそれでミルティたちの気を引き、油断させることができたが、今度も通用するとは限らない。それより何より恥ずかし過ぎる。
この時、セブルたちの戦いを見ている者が二人いた。一人は林の中にいるプエルラだ。木の陰から一部始終を眺めている。
そして岩山の洞窟内から見ていたもう一人が、ゆっくりと歩いて姿を現す。
「そこまでぇ~~っ! その二人の一次試験は合格じゃ」
フッゼルとミルティは後ろ跳びをして、それぞれセブル0・セブル1から距離を取り、そして洞窟の方を向いた。険しい顔つきの老人が立っている。
「はっ!!」
「カントゥ先生だ!」
フッゼルとミルティが揃って老人に会釈した。その瞬間、二人の額に伸びていたツノがすっと消える。
セブルたちの前に突然現れた老人は、まずはフッゼルとミルティを一瞥して「うむ」と一言だけ呟いた。続いて、セブルとリルカに近づき、顔を観察するようにじっくりと順番に眺め始める。
(さっき小さい方の魔鬼が、カントゥ先生と云ってたな、所長なのか?)
セブルは昨日見た石版を思い出した。
学問所の所長かもしれない老人がおもむろに口を開く。
「お前さんは、マジョ‐リルカじゃな」
「えっ、どうしてわたしのこと、知ってるの!」
驚くリルカを見ながら、老人は表情を緩める。
「はっはっは、わしはなあ、可愛い子に対しては目がないのじゃ。時々お前さんを見ておる。よくユーリア湖へ行くじゃろう」
「えっ、ええええーっ、目がないの!? じゃあ、どうして見えてるの?」
(いやいや、その意味じゃないだろっ!)
「はっはっは、面白い子じゃ、ナチュラの幼い頃にそっくりじゃのう」
「えっ、お母さんのことも知ってるの?」
リルカの目が驚く度に丸みを増す。一方、それまで優しそうな目をして笑っていた老人の表情が少し曇る。
「ああ済まぬ済まぬ。リルカはナチュラのことを、ほとんど憶えては、おらぬのであろうて。ちと悲しい思いを、させてしまったかのう」
「ううん、平気だよお。ねえねえ、お母さんのこと、話して話して!」
「ああ、また今度ゆっくりとな。おお、それより、そっちのボウズじゃが――」
(ちっ、僕はボウズ扱いかよ)
セブルが老人を睨みつけた。
だが先方には臆する様子など少しも見られない。
「この辺りでは見かけぬ顔じゃ。むむ、いや待て八年程前じゃったか――あいやいや、それはよい。それよりも先程の技は、よおく知っておるぞ。わしの目に狂いはないはず。あれは――」
老人の眼光が、今度は強さを増した。
「思考的術式だ!」
老人の言葉を途中で遮って、セブルが鋭く云い放った。
それには少しばかりの「気圧された感」を漂わせながら、老人はゆっくりと言葉を継ぐ。
「……そう、その通り。してボウズ、誰から学んだ?」
林からヒンヤリとする風が流れてきて、セブルたちの頬を撫でている。
木の陰に隠れて彼らの様子を眺めていたプエルラが、今一人無言のまま村の方へと去って行く。
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