魔鬼祓いのグラディウス

紅灯空呼

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1章 学問所の下見

セブルの悲しい過去

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「ところでリルカ」
「何?」
「学問所って、どこにあるんだ?」
「あのねえ、林の向こうにある岩山のところだよお」

 この小屋を出ると左手側に林が見えることはセブルも知っていたが、岩山の存在については初耳だった。

「そこまで遠いのか?」
「湖をぐる~うっと回らないといけないから、三十分はかかるよお。たぶん三十八分くらいかなあ」
(また三十八か……)
「ねえリルカ、後でセブル君を案内してあげたら?」
「そだね」
「おおそうかあ、それじゃあ頼むよリルカ」
「うんっ!」

 元気よく返事をしたリルカは、すっと立ち上がった。
 昼食の準備を手伝わなかったから、自主的に一人で四人分の食器を洗うことにしたのだ。
 セブルも、「僕も皿くらい洗おうか?」と申し出たのだが、お客様だからということで、三人から丁重にお断りされた。

「でもリルカ姉さんは、ヒメマス釣ってきてくれたんだし、お茶の後片づけは私がするわ」
「そう、ありがとねぇ~、ロウサ。わたしあなたが大好きよ!」

 洗い場で背中を向けたまま、そう叫ぶと同時に、拭き終わった皿を高く掲げて、ヒラヒラと振るリルカ。

「…………」
「ふふふふ」

 ロウサは照れながらうつむき、その隣でリミエルが微笑んでいる。

「はぁ~、やっぱりリルカは、リルカのままだな」

 やや呆れ気味のセブル。彼はリルカたち姉妹が住んでいるブルセル村の隣にあるノウェル村で生まれ育った。
 今から八年前、セブルの両親は彼を連れて、フランセ国の西南部に位置するウェセールの街へ移った。そこで作業場のついた家を借りて住み、馬具や木製品などの修理屋を開くことにしたのだ。
 ノウェル村でも同じような仕事をしていたのだが、街へ出ることでそれまでの三倍近い収入を得ることができた。ただし家の賃料も割高だったため、暮らし向き自体は少しましになる程度だった。
 引っ越して丸五年が過ぎた三月の初頭、セブルが近くの公園から戻ると、作業場のあちこちに血が流れていて、父母とも大きな傷を負い息絶えていた。魔鬼化した野犬の仕業だ。

『もう足がすくんじまってな、駆け寄ることすらできなかったよ』
『おぞましい光景でさあ、まだ目に焼きついてるぜ』
『あっという間だったわ』
『話には聞いてたが、鋭いツノが伸びた犬なんて実際に見るのは初めてさ』

 近所の大人たちがセブルに話して聞かせたのだが、どれも他人事のようだった。

『いやあセブル君だけでも無事でよかった。安心したよ』

 両親を同時に亡くして自分一人だけが無事で、それで嬉しいはずもなく、安心していられる場合でもない――セブルの心にはただ怒りだけが湧いていた。

 魔鬼による被害はさらに広がり、街を守る衛兵たちが野犬を見つけ次第、魔鬼に憑かれているかどうかに関わらず、手当たり次第に処分するようにした。
 それでも、犠牲者は三月末まで出続けたのだ。
 両親を失ってから二十日くらいが過ぎた頃、父の兄だと名乗る男がセブルを訪ねてきた。
 伯父に当たるその男が語る父と祖母の話が正確だったので、セブルは男を信用して、すぐに二人で旅へ出ることにした。賃料が払えなくなったという理由で、家主から立ち退きを要求されていたのだ。

 旅をしながら、セブルは伯父から剣術と思考的術式パンセ・メトードを習った。
 二人は街や村を回り、剣術と思考的術式を使った芸を披露して歩いた。見物客から貰う金を日々の糧にしていたのだ。
 街から街、村から村へと渡り歩いて三年が過ぎ、セブルは生まれ故郷のノウェル村に帰ってくることができた。
 かつてセブルが住んでいた家は既になくなっていて、その場所近くに建った貸し家に住むことにした。それが十日前のことだ。
 セブルは、リルカたちのことを思い出して、すぐにでも会いたいと思った。祖父同士が兄弟なので、彼女たちは再従姉妹はとこの関係になる。
 とはいえ、突然訪ねるのも迷惑かもしれない、とセブルは考えた。
 ちょうどノウェル村に、近隣の村を回って行商をしている男がきていたので、村に戻ったことと近いうちに訪問したいという内容の手紙を書いて、その男に託すことにした。もちろん手間賃を払った上でのことだ。
 リミエルからの返信は、いつ訪ねてくれてもいいし、その時には昼食を一緒にどうかというような内容で、それには学問所の開講についても書かれていた。
 伯父に勧められて学問所への入所を決めたセブルは、開講日前日の正午くらいに訪ねる、と書いた手紙を再度行商人に託した。
 そして今日、八年ぶりにリルカたちとの再会を果たすことになったのだ。
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