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【第十二幕】青春恋愛シミュレーションゲーム

緋紅瑠素と未来のトンジル国

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 ここはアインデイアン大陸のトンジル国。
 広い原っぱが、明るい光で満ち溢れている。ヒマワリの咲き並ぶ丘である。
 見晴らしの良い場所に、白いワンピースを着た少女が一人で立っている。彼女の髪は周囲と同じ輝く鮮やかな黄色。

「ふぅ」

 少女が一つため息をついた。

「夏のお日様は、百年たっても相変わらずなこと。容赦のかけらもないわね」

 今は真夏の昼下がりで、温暖化の影響もあり、百葉箱の中の温度計は四十二度を示している。暑いはず。

「それにしても、揺れる鮮やかな黄色がたくさん。広い青色の一面には、やわらかな白色がいくつも浮かんでて、強い赤色が一つ眩しい。でも、すごい清々しくて、ホント頬に心地いいわねえ♪」

 この丘には風がある。暑さを吹き飛ばしてくれるような大気の流れ。
 辺り一帯には人はおろか、どこへ去ったのか動物も虫もいない。
 とても静か。ヒマワリたちの小さなささやき声が聞こえてきそうだ。

「おおっと、もう一分が経過したわ。残り一分ね」

 少女は、去年の誕生日に祖父から貰ったΨΥΧΗプシュケーというブランドの高級腕時計を見つめながら、凛と通る声で唱えるように発した。
 どうやら時間を気にしているらしい。

 この時、砂を弾きながら地面を蹴っているような音が耳に届く。
 少女は、咄嗟に振り向いた。
 人がこちらに向かって駆け上がってくる。その後方五十メートルくらいに別の二人の姿がある。

 追いかけている方の一人が、「待て止まれ、撃つぞ」と叫んだ。もう一人は既に銃を構えている。
 逃げている人にも、今の叫び声は届いたはず。

「あの人、危ないよ」

 けれども、先行者は走るのをやめようとせず、追っ手との距離を保ったまま、少女の立っている丘の頂に向かってくる。

「みんな同じような服装だわ」

 走っている三人は、揃いの軍服のような衣服を着用している。

「おおっと、まさか戦争なの?」

 そういいながら少女は、時空間移動艇「緋紅瑠素ひくるす二号機」に飛び乗り、急いで扉を閉めた。直後、鈍い銃声が数発続けて大きく響く。
 続いて、砂をこすりながら地面をすべるような音が鳴り伝わってきた。
 メインモニターに、うつむけになって倒れている人の姿が映る。少年のようだ。

「後十秒ね、間に合うかなあ――うん、間に合うわ!」

 腕時計を見ながら、自問自答している。だがそれよりも先に、少女の両手は動き出している。
 追っ手を遮るように回り込み、作業アームを操作して、倒れている少年を緋紅瑠素二号機内に回収した。
 直ちに時空間移動を開始する。

 時空間経路に乗ったことを確認してから、少女は後部スペースに移動した。
 少年はピクリとも動かない。気絶しているのだ。出血も外傷も見当たらない。

「あれれ、銃弾は一発も命中しなかったのかなあ。ずいぶん下手くそな狙撃兵だったんだ。あははは」

 少女は一人で笑いながら、昏睡状態が持続する作用のある電磁波を少年の頭部に照射しておいた。意識が戻って暴れでもされたら大変だから。

「でもあたし、やっちゃったよ。どうしよう……」

 少しだけ深刻な表情をしながら少女は首を傾げた。
 祖父と交わした会話を思い出す。それは出航前のことである。

『いいか緋紅ひくりん、もう一度いっておこう。未来の世界の人間や動物とは絶対に関わってはならんのだぞ』
『分かってるって』
『それから、植物や他のどんな物質でも持ち帰ってはならん。情報収集だけが目的なのだからな。分かってるか?』
『うんうん、分かってまーす!』
『そうか、成功を祈ってるぞ』
『うん。そんじゃ、行ってくるね』
『うむ。しっかりとな』

 少女の名前は黄瓜きうり緋紅瑠素ひくるす。祖父を超える科学者を目指している。
 しかし約束すら守れずに、関わるどころか未来の人を乗せてしまった。
 それでも緋紅瑠素二号機は予定通り、さらなる未来へと向かい時空間移動を続けている。

「おおっと、そろそろ二千二百二十二年に到達する頃ね」

 特定の時空間ポイントに停止する前には、その近傍をあらかじめ調べておく必要があるのだ。二分間以内ならステルスの効果が働くため、緋紅瑠素二号機も少女の姿も、その時代の人間たちに見られることはない。ただそれでも、なるべくなら穏やかな場所に停止したい。
 先ほどの時代では、到達前に調べて平和そのものだった。近くに人間や動物がいない丘を見つけて停止した。にもかかわらず、たった二分間の滞在時間内に想定外のハプニングが発生した。次は、もう少し慎重にしなければならない。

 メインモニターに映った景色を見て、緋紅瑠素はとても驚く。
 辺り一面に瓦礫の山々。映像をより高い位置からの表示に切り替えて見ると、かなり広く瓦礫が続いているのが分かる。かつて都心だったはずの地帯で再び高度を下げて見ると、高さで有名なヘブンツリーの上半分くらいが瓦礫から斜めに突き出ているのが見えた。そして地上の様子が分かるくらいまで高度を下げて見たけど人の姿は全く映らない。ここまで荒れ果てていれば当然かもしれない。

「どうしちゃったのよ、あたしたちのトンジル国は!」

 サイドモニターには周辺状況の様々な分析結果が表示されている。
 大気は、成分・濃度ともに二十一世紀のものと大差なしで、気温三十二度、湿度六十八パーセントの曇り空。ただし、強い放射能の存在を検知している点が大きく異なっている。当然の帰結と考えられる通り、周辺には人間の生命反応がない。

「停止予定時間まで後もう一分ね。あきらめてこの辺りで停止しようか。外へは出られないけど」

 時空間移動が可能な超強化改造型である緋紅瑠素二号機は、たとえ宇宙空間であろうとも、深海四万メートルであろうとも、実に良く耐えるよう設計されている。これだけ強い放射能が存在していようとも、機内にいる限りは安全である。
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