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【第三部開幕】谷の事件と森の事件
地獄で暴れた握力令嬢ヒクリスの涙
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地獄の七丁目というのは、未婚女性専用の地獄である。ここに落とされてくる者の多くは良家の令嬢だった。生前働いた数々の意地悪行為の咎である。
キュウカンバ伯爵家のヒクリスもここへやってきたのだ。
だがしかし、事情は異なる。ヒクリスの場合、生前の行ないになんら咎められることなど一つもない。
ではなぜ、このような地獄の深くまできたのか――その理由は至極明瞭。天国は退屈だからとのこと。
兎にも角にも地獄でも、ヒクリスの馬鹿力は健在で、握ったもの全てをペチャンコにする。それでもって自らの胸は元々ペチャンコだ。
ボインボインしている他の令嬢を見つけると、即座に握り潰すものだから、いつしか七丁目で「握力令嬢」という悪名を轟かせるようになった。
そのため、自慢の胸を潰された令嬢たちは一致団結して、ヒクリスを地獄谷へ突き落とすことに決めた。
地獄谷というのは、人が一度落ちると這い出ることなど到底叶わない、それはそれは恐ろしい谷、すなわち八丁目なのである。そんな谷底には、超グラマーな冷血鬼がたくさんいるという、男子禁制の最下層である。
そこの冷血鬼たちは、夜な夜な谷底からハイジャンプして七丁目へと上がってくる。令嬢を捕って食らうためにだ。
そのような恐ろしいところにもかかわらず、ヒクリスは怯えることはない。
「おっほほほ。わたくしを地獄谷へ突き落とそうとは、あなた方も、また大それたことを、お考えになりましたわねえ」
そういって、握力自慢、運動神経ピカ一の令嬢は自ら飛び降りたのである。もちろんのこと、谷底へ一直線となった。
着地に成功したヒクリスは、すぐさま叫び始める。
「お――――っほほほほほ。超グラマーな冷血鬼とやらは、おいでなのかしら。どこなのです、おいでではないのかしら」
冷血鬼たちは、ちょうどミーティングの最中だったため、辺りには誰もいなかった。
「おっほほほほほほ。わたくしを恐れてオニげになったのかしら」
あまりに騒がしいので、ミーティングは中断となり、十匹の冷血鬼がヒクリスの前に現れた。全員ボインボインだ。
「やかましぞお前」
「そうよ、どこからきたのよ。地上から?」
「帰れ、早く地上へ帰れ!」
先頭の三匹がヒクリスに向かって文句をいってきた。
「おほほほほほほ。わたくしにそのような悪態を吐いて、さてさてどうなることでしょう」
いうが早いか、ヒクリスの両手が次から次へと繰り出され、合計二十個のボインはパインになってしまった。パインというのは、この地方の方言で「ペチャンコな胸」のことである。
これには冷血鬼たちも立腹し、抗議しないままでは腹の虫が収まらない。
「きゃあナニすんのよアンタ」
「わぁ、アタシのボインがーっ!」
「ちょっとちょっと、どうしてくれんのよぉ!!」
怒鳴り声が谷底中に響き渡る。八丁目においてもヒクリスは、握力令嬢ぶりをフルパワーで発揮する。
このような騒ぎがあまりにも烈し過ぎるものだから、とうとうラスボス格の閻魔女王までもが出張ってくる。
「ナニゴトか、お前たち。余はオチオチ昼寝もできんぞい!」
閻魔女王はピリピリとお怒りのご様子である。
「おっほほほほ。きましたわね閻魔。あなたも握り潰して差し上げますわ」
早速両手を繰り出すヒクリスなのだが、相手は閻魔女王、そう簡単にはボインに触れることすらもできない。
そのうちに、さすがのヒクリスも疲労してくる。
このわずかな隙を閻魔女王が見逃しはしなかった。
「ハイやっ!」
閻魔女王がかけ声を上げた次の瞬間に、握力令嬢は竹の柵でできた檻の中だ。
「おーっほほほほほ。このような檻など握り潰して差し上げますわ」
再び両手を繰り出すヒクリスだが、どうしてどうして、たかが細い竹の柵のはずなのに、それは一向に潰れる気配を示さない。
やっきになったヒクリスは、プライドは傷つくのだが、それでも竹を握り潰すのを諦めて、今度は折ろうとした。
「このお、このお、早く折れなさい! 折れなさいってば!!」
と、この時、聞き覚えのある二人の叫び声が聞こえてきた。
「ひぃー痛い痛い、やめてくれっ!」
「堪忍して、堪忍してよぉー」
なんとそれは年老いた両親の悲鳴だ。ハッとなったヒクリスは、折るのをすぐに止めた。
「どどどど、どぉーいうことですの、これは!?」
「驚いたか、その竹はお前の親たちの骨だ」
「えっえええ、えぇーっ! なんということでしょう。それは卑怯ですわよ!」
今回の騒動とは無関係な両親の骨を柵にするとは、極悪非道もいいところ――そういう正論を、握力令嬢は述べる一方で、危うく父と母の骨を折ってしまうところだった、と反省もした。
その気持ちは、涙となってヒクリスの目から溢れ出る。
「わわわ、わたくしは……とっても悪い娘でしたわ。お許しになって、お父様、お母様。ぐすん、うぅぅぅぅ……」
それを見ていた冷血鬼たちは、自分たちが血も涙もない冷血鬼であることをすっかり忘れて、貰い泣きした。
さらに閻魔女王も泣き出して地獄谷は涙の池となり、その水面が七丁目へと達するほどの凄まじさだった。
泳ぎも得意なヒクリスは無事に陸地へと這い出ることができた。
一方、閻魔女王も冷血鬼たちも皆溺れ死んだ。
地獄谷の冷血鬼を退治したといって、ヒクリスは一躍時の人となった。この武勇伝は一丁目まで伝わり、そこの王子が是非とも嫁にと申し込んでくる。もちろんヒクリスは喜んで受け、二人は結ばれることに決まる。
だが夜中に悲劇が起きた。凄まじい握力のために王子の大切な身体に大怪我を負わせてしまったのである。
翌朝、息子の身体に起きた惨状を知り、王と王妃は烈火の如く怒り狂った。結論として即刻ヒクリスを一丁目から追い出すことにしたのだ。
生還したヒクリスは婿養子を迎え入れ、男子を産む。その名はピスタッチオ。
キュウカンバ伯爵家のヒクリスもここへやってきたのだ。
だがしかし、事情は異なる。ヒクリスの場合、生前の行ないになんら咎められることなど一つもない。
ではなぜ、このような地獄の深くまできたのか――その理由は至極明瞭。天国は退屈だからとのこと。
兎にも角にも地獄でも、ヒクリスの馬鹿力は健在で、握ったもの全てをペチャンコにする。それでもって自らの胸は元々ペチャンコだ。
ボインボインしている他の令嬢を見つけると、即座に握り潰すものだから、いつしか七丁目で「握力令嬢」という悪名を轟かせるようになった。
そのため、自慢の胸を潰された令嬢たちは一致団結して、ヒクリスを地獄谷へ突き落とすことに決めた。
地獄谷というのは、人が一度落ちると這い出ることなど到底叶わない、それはそれは恐ろしい谷、すなわち八丁目なのである。そんな谷底には、超グラマーな冷血鬼がたくさんいるという、男子禁制の最下層である。
そこの冷血鬼たちは、夜な夜な谷底からハイジャンプして七丁目へと上がってくる。令嬢を捕って食らうためにだ。
そのような恐ろしいところにもかかわらず、ヒクリスは怯えることはない。
「おっほほほ。わたくしを地獄谷へ突き落とそうとは、あなた方も、また大それたことを、お考えになりましたわねえ」
そういって、握力自慢、運動神経ピカ一の令嬢は自ら飛び降りたのである。もちろんのこと、谷底へ一直線となった。
着地に成功したヒクリスは、すぐさま叫び始める。
「お――――っほほほほほ。超グラマーな冷血鬼とやらは、おいでなのかしら。どこなのです、おいでではないのかしら」
冷血鬼たちは、ちょうどミーティングの最中だったため、辺りには誰もいなかった。
「おっほほほほほほ。わたくしを恐れてオニげになったのかしら」
あまりに騒がしいので、ミーティングは中断となり、十匹の冷血鬼がヒクリスの前に現れた。全員ボインボインだ。
「やかましぞお前」
「そうよ、どこからきたのよ。地上から?」
「帰れ、早く地上へ帰れ!」
先頭の三匹がヒクリスに向かって文句をいってきた。
「おほほほほほほ。わたくしにそのような悪態を吐いて、さてさてどうなることでしょう」
いうが早いか、ヒクリスの両手が次から次へと繰り出され、合計二十個のボインはパインになってしまった。パインというのは、この地方の方言で「ペチャンコな胸」のことである。
これには冷血鬼たちも立腹し、抗議しないままでは腹の虫が収まらない。
「きゃあナニすんのよアンタ」
「わぁ、アタシのボインがーっ!」
「ちょっとちょっと、どうしてくれんのよぉ!!」
怒鳴り声が谷底中に響き渡る。八丁目においてもヒクリスは、握力令嬢ぶりをフルパワーで発揮する。
このような騒ぎがあまりにも烈し過ぎるものだから、とうとうラスボス格の閻魔女王までもが出張ってくる。
「ナニゴトか、お前たち。余はオチオチ昼寝もできんぞい!」
閻魔女王はピリピリとお怒りのご様子である。
「おっほほほほ。きましたわね閻魔。あなたも握り潰して差し上げますわ」
早速両手を繰り出すヒクリスなのだが、相手は閻魔女王、そう簡単にはボインに触れることすらもできない。
そのうちに、さすがのヒクリスも疲労してくる。
このわずかな隙を閻魔女王が見逃しはしなかった。
「ハイやっ!」
閻魔女王がかけ声を上げた次の瞬間に、握力令嬢は竹の柵でできた檻の中だ。
「おーっほほほほほ。このような檻など握り潰して差し上げますわ」
再び両手を繰り出すヒクリスだが、どうしてどうして、たかが細い竹の柵のはずなのに、それは一向に潰れる気配を示さない。
やっきになったヒクリスは、プライドは傷つくのだが、それでも竹を握り潰すのを諦めて、今度は折ろうとした。
「このお、このお、早く折れなさい! 折れなさいってば!!」
と、この時、聞き覚えのある二人の叫び声が聞こえてきた。
「ひぃー痛い痛い、やめてくれっ!」
「堪忍して、堪忍してよぉー」
なんとそれは年老いた両親の悲鳴だ。ハッとなったヒクリスは、折るのをすぐに止めた。
「どどどど、どぉーいうことですの、これは!?」
「驚いたか、その竹はお前の親たちの骨だ」
「えっえええ、えぇーっ! なんということでしょう。それは卑怯ですわよ!」
今回の騒動とは無関係な両親の骨を柵にするとは、極悪非道もいいところ――そういう正論を、握力令嬢は述べる一方で、危うく父と母の骨を折ってしまうところだった、と反省もした。
その気持ちは、涙となってヒクリスの目から溢れ出る。
「わわわ、わたくしは……とっても悪い娘でしたわ。お許しになって、お父様、お母様。ぐすん、うぅぅぅぅ……」
それを見ていた冷血鬼たちは、自分たちが血も涙もない冷血鬼であることをすっかり忘れて、貰い泣きした。
さらに閻魔女王も泣き出して地獄谷は涙の池となり、その水面が七丁目へと達するほどの凄まじさだった。
泳ぎも得意なヒクリスは無事に陸地へと這い出ることができた。
一方、閻魔女王も冷血鬼たちも皆溺れ死んだ。
地獄谷の冷血鬼を退治したといって、ヒクリスは一躍時の人となった。この武勇伝は一丁目まで伝わり、そこの王子が是非とも嫁にと申し込んでくる。もちろんヒクリスは喜んで受け、二人は結ばれることに決まる。
だが夜中に悲劇が起きた。凄まじい握力のために王子の大切な身体に大怪我を負わせてしまったのである。
翌朝、息子の身体に起きた惨状を知り、王と王妃は烈火の如く怒り狂った。結論として即刻ヒクリスを一丁目から追い出すことにしたのだ。
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