キュウカンバ伯爵家のピクルス大佐ですわよ!

紅灯空呼

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【第十幕】RPGのエンディング

グラハム‐チョリソール五十年の恋

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 電話回線を隔てた会話でも笑顔を絶やさないが、口元は歪みそうになった。ただそれでも、この場に人がいて見ていたとしても、恐らく読み取れないくらいに微かな変化だった。
 彼はこの商売のプロフェッショナルだけあって、口調に至っては一切の乱れを生じさせていない。

『後ほど暗号通信を送る』
「へえへえ、そらもう承知してまっさ。ほんなら早速」
『頼んだ』
「毎度おおきにっ!」

 老男性グラハム‐チョリソールは頭を下げ、相手の切断を確認してから受話器を置き、すぐさま階段を駆ける。若い頃に較べると、腱の強靭さが落ちていることは仕方ないとしても、まだまだ現役を通せる。

 屋上のポートには、配達用ヘリコプターのPICKLEピックルが、日輪の光を浴びて待っている。メンテナンスは毎日欠かされることはなく、砂粒の一つすらも付着させていない。
 五十年前、朱書きラベル「割れもの・危険物」を貼り、機体内の金庫に保管しておいた深緑色の小瓶――ポセイドンから預かっていた「輪廻転生の精n」を届ける時がいよいよ訪れたのである。

 Ω Ω Ω

 静寂という状態さえも冷気で凍てつくような、マイナス250℃の世界。
 無敵・無敗のヒロインだったピクルスが、囚われの身となっている。

 〉レバニイラ様
 》なんだ?

 RT通信アプリを介して対話を始めたのは5thステージ「ビタミンD」の番人(ボス)を務めている牛千で、通信相手は、ヒスを起こすと手をつけられないことで世界中の番人たちから恐れられている超魔王レバニイラだ。

 〉5thステージ敗退者君に対する処罰が決定しました
 》名前は?
 〉お忘れでしょうか,牛千です.かつてレバニイラ様と
 》お前の名前ではない.敗退者のだ!
 〉失っ弄しました,キュウカンバ‐ピクルスです
 》こらこら、慌てずゆっくり正しくタイプしろ!
 〉あっ,失礼しました(笑)
 》イラっ#
 〉ギョいぃ
 》閑話休題.それで,刑の種類は?
 〉粉砕刑,という死刑です
 》分かった.明日,執行人を遣わそう
 〉御意
 》.$DONE

 報告を終えた牛千は、赤ペンを握って別の内職を始める。送られてくる答案は下手くそな字のものが多いので、とても疲れるそうだ。
 彼は自営業のため、次の挑戦者が現れなければ高報酬の仕事を得られない。今回にしても、ヒロインとの戦闘には至らなかったため収入額が少ない。
 セロリ城のローンが、まだ二百二十五年間も残こっていて、しかも身を削り製造して売っている餃子もさほど売れず、心中穏やかでない。
 ここへ、そういった彼の心の隙を狙い、謎の戦士が潜入して、煌めくハート型の氷塊に末期の水を一滴垂らし、音も風も熱も発せず去った。これには、側近たちも気づかなかった。

 Ω Ω Ω

 レバニイラは、RT通信アプリを終了させて、複写通信アプリを立ち上げる。

 》.$DONE
 》.$START=FACS

 慣れたキーボード捌きで、事務的に淡々と文書を打つ。

 》.$SENDTO=天帝ラアユー様
 》.$SUBJECT=死刑執行の件{至急}
 》.$CONTENTS=
 》罪人キュウカンバ‐ピクルスは死刑です
 》つきましては,死刑執行人を派遣願います
 》{住所地}
 》オニク‐オトト‐ナシゴレン10010系
 》ニクコロ星 ウムラジアン大陸 セロリ城
 》*以上.**************
 》*{ゲーム運営部第四課長レバニイラ}
 》.$SEND

 超魔王といえども、現実世界では一介の万年課長なのだ。地方公務員である彼女は、基本的に定時で退社している。
 今日もこれで勤務を終え、寄り道せず通勤電車で真っすぐ帰宅する。家族も恋人もいない。

 翌日の正午、死刑執行人が予定通りセロリ城の第一チルド室に現れ、プラチナ製ハンマーでハート型の氷塊を打った。ピクルスの凍てつく心のレプリカが粉砕されたのだ。
 ゲームの敗退者君などを弔う者は一人もいなかった。

 》.$TITLE=ピクルス@奪われた聖剣を取り戻せ!
 》.$GAMEOVER=【FREEZE END】
 》.$ROUTE=謎の戦士G.C.

 Ω Ω Ω

 ポセイドンは今日も配達を依頼した。
 これで最後となるグラハム便は、「天地無用・高貴・特急便」の扱いだった。運ばれるのは他でもなく、半世紀もの長い眠りから覚めた乙女の魂である。
 操縦席の隣席に置かれている古びた雑誌が気になって、心が騒がしい。

「週刊少年プディング?」
「ああこれな、密かに心を寄せてた人が、買ってくれましてなあ。若い頃や。今はもう、お守りみたいなもんでんなあ」

 最初はフェイクのつもりだったが、今の彼の口調は、この五十年間ですっかり定着してしまった。

「そう……それで、そのお方は?」
「せやなあ、ずうっと若うて元気で、別嬪さん……やろなあ、あははは」

 さも嬉しげに笑うものの、どことなく寂しそうな陰影が見て取れる。
 乙女の魂は、これ以上を尋ねなかった。彼も穏やかな表情に戻り、黙って熟練の操縦を続けている。二人には、快晴の空とプロペラの旋律が心地良い。



【第二部閉幕】
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