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下拵えC⑦

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 ララスティが社交界に復帰し一ヶ月が過ぎた頃、さすがにエミリアを社交界に正式デビューさせなければいけなくなった。
 プレ社交デビューはララスティのおかげで大きな問題が起きなかったのに、その後二ヶ月以上も社交行事に参加させなかったため、やはり本人の素養に問題があると言われ始めてしまったのだ。
 シシルジアはその通りだと思うのだが、かろうじて社交デビューをしているクロエが、参加したお茶会で他の夫人に馬鹿にされたとアーノルトに訴えた。
 先日の家族三人での外出以来、クロエはアーノルトに涙ながら訴えれば要望が通りやすいと理解し、今回も使用してエミリアの社交デビューを決めさせたのだ。
 家人の社交デビューをどうするか決めるのは女主人の役割なので、女主人の証をアーノルト経由で再び手にしたクロエが決めればいいだけなのだが、クロエは自分が何かを決定して責任を負いたくないようで、あくまでもアーノルトの決断だということにしたかったらしい。
 クロエの目論見通り、アーノルトはシシルジアが管理していたクロエとエミリアの社交管理権を取り上げた。
 そもそもこの社交管理も本来なら女主人の証を持つクロエの仕事だが、「あたしには荷が重いですから、お義母様がしてくださいな」とクロエが嫌がったため、しかたなくシシルジアがしていたのだ。
 それをアーノルトは「クロエの仕事を取り上げていたんですね」と言い、シシルジアの話を聞かずに部屋を出て行ってしまった。
 そのことも腹が立ったシシルジアだが、アーノルトはよりにもよって四月に王家主催で行われる、立食形式のパーティーでエミリアを正式に社交デビューさせると言い出したのだ。

「母上はそれまでにエミリアに改めてマナーの復習をさせて下さい。あと、当日はよろしくお願いしますね」
「何を言っているのです。そのパーティーに私は行きませんよ」
「なぜですか!」

 シシルジアのそっけない態度にアーノルトは驚きを隠せない。
 エミリアの正式な社交デビューだというのに、保護者・・・が同席しないなどありえない。
 アーノルトはそう主張したが、その言葉に逆にシシルジアが呆れてしまう。

「そのパーティーには貴方たちも参加するのよ」
「だからなんですか?」
「なぜ、本来の保護者である貴方たちが参加するのに、祖母である私がわざわざ参加するのですか」

 指摘されてアーノルトはやっと気づいたらしく「あっ」と小さく声を漏らした。
 クロエが社交デビューをしていなかったからシシルジアが代理となっていただけで、本来ならクロエが社交デビューを終えた時点で役目を終えているはずだった。
 それをクロエがのらりくらりと避け、エミリアが正式に社交デビューをしていないのもあって今まで続けていたにすぎない。

「エミリアにマナーの復習はさせます。けれど、今後エミリアの行動の責任を取るのは貴方たちですよ」

 シシルジアはそう言ってアーノルトに何枚かの羊皮紙を渡す。
 受け取ったアーノルトは羊皮紙に書かれた内容を確認して眉を寄せた。

「こんな子供が習うようなことを復習させるんですか?」
「基本はいつだって大切ですし、エミリアは子供で間違いありません。よければクロエさんも一緒に復習を受けさせたら、お互いのためになるのではない?」

 シシルジアの突き放したような言葉に、アーノルトは不機嫌な顔を隠さずに立ち上がると、「失礼します」といって部屋を出ていった。
 その背中を見送り、シシルジアは深くため息をつく。
 社交界でエミリアに問題があるという噂が出ているのは、もちろんシシルジアも把握しているし、その通りだと思っている。
 一応シシルジアが対応できる時はフォローしているが、本来フォローしなければいけないクロエが何もしない。
 だからこそ余計に噂が加速しているのだが、アーノルトはその事実を把握していない。
 クロエは嘘こそ言わないが、自分に都合のいい事しか伝えなかったり、大げさに伝えたりしているだけ。
 それをアーノルトがまた大げさに受け取り、思い込みで行動して事を大きくしているのだ。
 子供のころからそういう傾向があったが、ミリアリスとの婚約を境にその傾向がひどくなっているように感じる。
 シシルジアはもう一度ため息をつくと、パーティーに参加するのはエミリアたちだけでなく、ララスティもだ。
 だが、ララスティは後見人となっているアインバッハ公爵と共に出るらしい。
 その時点で親としておかしいと思われていると理解すべきなのに、それができていない。

(領地の立て直しだけでも大変なのに、家庭内でも問題だらけなんて……どうすればいいのかしら)

 頭が痛いとシシルジアは思い、とにかくこれ以上ララスティに迷惑が掛からなければいいと願うしかない。

 そして日が過ぎ、四月初旬。王家主催のパーティーが開かれた。
 前日からララスティはアインバッハ公爵家に出向いているため、共に行くこともない。
 クロエとエミリアは新調した春用のドレスに身を包み、緊張など一切感じさせない笑顔を浮かべている。

「はぁー、あたしもやっと社交デビューかあ。しかも王家主催のパーティーでなんて、すっごいことなんでしょ?」
「そうだな」

 アーノルトの言葉にエミリアは嬉しそうに笑い、クロエに「もっと前にデビューしたかったわ」と文句を言う。

「しかたないわ、お義母様がエミーをデビューさせなかったんだから」
「ふーん。プレ社交デビューからずーっと待ってた身にもなって欲しいわよね。社交デビューしないとカイル様に会えないし」

 エミリアは後半部分は小声で言ったつもりだが、それは本人はそう思っているだけで、アーノルトたちの耳にはしっかり入ってしまう。

「なによエミーってば王子様狙いなの?」
「えっいやっ……ちょっといいなーって。ほら! 王子様ってやっぱり憧れるじゃない!」

 エミリアは顔を赤くしながら否定の言葉を口にするが、クロエは面白いものを見つけたと言わんばかりにニヤリと笑う。

「いいじゃないー。王子様! うんうん、憧れるわよねー。ほら、お姫様と王子様の恋物語とか好きだったでしょ? 今じゃエミーも立派なお姫様なんだから、チャンスなんじゃない?」
「何言ってんのよお母さん! カイル様はお姉様の婚約者じゃない。まあ、愛情がないとか言ってたし、政治的な婚約とか酷いって思うけど」

 そう言ってエミリアはスカートの上からポケットを押さえる。
 そこにはカイルに渡すためのハンカチを入れている。
 ララスティのところから持って来た刺繍糸はどれも高級品で、エミリアは使ったことがない刺繍糸に四苦八苦したがなんとか完成した。
 刺繍を教えてくれる教師にも見せたが、今までの中ではマシな出来栄えだと言われたため、カイルにも褒めてもらえると信じている。

「あー、お貴族様の政略結婚ね。あれってひどいわよね。貴方もひどい目にあったものね」

 クロエはそう言って隣に座るアーノルトを見る。
 アーノルトは「まったくだ」と頷いた。

「政略結婚のために一生を捧げさせられるなんて、本当にひどい話だよ。子供を愛している親ならまず考えないだろう」

 アーノルトの言葉にクロエは「そうよね」と笑う。

「エミーには好きな人と結婚して欲しいわ。ほら、ララスティさんは王太子妃になって家から出ていくし、ランバルト公爵家の跡取りはエミーなんだから、それこそ選び放題じゃない」

 すごいと喜ぶクロエにエミリアは「選び放題かぁ」と満更でもない顔をする。

「でもさぁ、お姉様はなんでカイル様と婚約したの? 愛情がないのに婚約ってやっぱり家の都合ってやつ?」
「ああ、あいつの婚約は王命だ。前国王陛下が指名して父上が受け取ったから、俺も理由まではよく知らないな。興味もないし」

 アーノルトのそっけない言葉に、エミリアは「ふーん」と何かを考えるように首をかしげる。

「それって、ランバルト公爵家の娘と結婚させたいってこと?」
「そうなんじゃないか?」

 王家は我が家を大切にしているからな、と自慢気に言うアーノルトに「そっかぁ」とエミリアはにんまり笑う。

「王家はうちを大切にしてるんだ。立て直しとか言うのも王命なんだっけ。そこまで大切にされるのは何でなの?」
「俺の曾祖父まで忠臣として側仕えをしてたんだ。悪漢から身を挺して庇った傷が原因で引退してから領地の問題もあって、王家と直接かかわりはないが長年仕えてたからな、あっちも無下にできないんだろう」
「ふーん? お父さんの曾祖父ってあたしからしたら、すっごいおじいちゃんよね。そんな昔のことにこだわってるんだ」

 面倒くさいと言いながら、エミリアはそれなら同じランバルト公爵家の娘である自分が婚約者になるチャンスがあると考えた。

「でもさ、それって大切なランバルト公爵家の娘ならお姉様じゃなくてもいいってことよね?」
「ん? どういうことだ?」

 エミリアの言葉にアーノルトは首をかしげる。

「ううん、なんでもない!」

 上機嫌のエミリアはアーノルトに、今日開かれるパーティーはどんなものなのかを尋ねる。
 アーノルトは「つまらない貴族の顔合わせみたいなものだ」と言いながらも、クロエとエミリアに「気分が悪くなったらすぐ帰ればいい」と肩をすくめる。

「俺たちは公爵家の人間だからな。いつ退席したって怒られないさ」
「へえ! さっすが公爵家ね!」

 楽し気な会話が続く中、馬車は王宮へと向かっていった。
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