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下拵えA⑫

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 年が明け、ララスティの傷も化粧で隠すことが可能になった。
 それでも念のためと、親しい友人ばかりいるお茶会にまず参加したララスティは、遅れて登場した意外な人物に驚き、慌てて立ち上がるとカーテシーをして挨拶をする。

「ごきげんよう、セレンティア様」

 お茶会に遅れて登場したのは前王妃のセレンティアで、ララスティは本日彼女が参加するとは知らされていなかった。
 教えてくれなかったシルフォーネを拗ねた目でチラ見したが、シルフォーネは視線で「ごめんヨ」と謝ってくる。
 ララスティはセレンティアの許可を得た後に着席し、なんと話を切り出せばいいのか悩んでしまう。
 そうしていると、セレンティアが先に口を開いた。

「驚かせてごめんなさいね」
「いえ」

 ルドルフの実母であるセレンティアはグレンジャーの退位に合わせて引退し、今は王宮にある離宮で静かに暮らしているはずだが、なぜここに居るのだろうかとララスティは内心で首をかしげてしまう。
 二十代の子供がいるとは思えないほど若々しいセレンティアは、花のようだと湛えられる淡い薄紅色の髪をきちんと結い上げ、宝石のような紫色の瞳を優しく細めてララスティを見てくる。

「怪我をしたと聞いて、心配していたのだけれど……痕は残らなさそうで安心しました」
「ええ、内出血の痕が消えるまで時間がかかりましたが、痛みもなく過ごしておりました」
「それはなによりです」

 ふんわりと微笑んだセレンティアは色味こそルドルフに似ていないが、顔立ちや雰囲気は似ている。
 視線でシルフォーネにどうしてセレンティアがいるのか尋ねるも、困ったように視線を返されるだけ。
 どうしたものかと考えていると、くすりというセレンティアの笑い声が聞こえてきた。

「そんなに警戒しないで頂戴な。ちょっとね、うちの人たちが暴走しそうだったから、原因を見に来たの」
「暴走ですの?」

 首をかしげるララスティにシルフォーネとマリーカは「ああ」と頷いた。

「二人は何か知っておりますの?」
「最近お茶会で話題になってますヨ」

 シルフォーネが言うには、ララスティがお茶会に参加できなくなったのは家庭の事情であり、それに関して王家がアーノルトに正式に抗議をしたと噂が出回っているそうだ。
 元々今日のお茶会はその噂の真偽ついて確認するためのものであり、お茶会の情報を聞きつけたセレンティアが参加したいと横やりを入れてきたのだ。

「貴女が怪我をしたことでカイルが随分怒ってしまって……ハルトに貴女を王宮に匿うべきだ、なんて言いだしてもいるのよ」
「まあ! そこまでしていただかなくても大丈夫ですわ」
「そうね。私もルドルフも止めたわ。ハルトとグレンジャー様は悩んでいるようだったけど、様子見ということで納得してもらえたの」

 困ったように言うセレンティアだが、目はどこか楽しんでいるように細められたままで、ララスティを隠すことなくじっくりと観察している。
 ララスティは知らない事だが、グレンジャーやハルトが求めているのはララスティ自身であり、いつか生む子供だ。
 もしランバルト公爵家に居ることで不都合があるのなら、王宮に住まわせるぐらいはたやすくしてしまう。
 本来ならそれを止めるはずのカイルも義憤に駆られ、むしろ駆り立てた側なので、慌てて止めに入ったのがセレンティアとルドルフだった。
 今後の生活に支障が出るのなら、王宮ではなく、ランバルト公爵家に籍を残したまま、アインバッハ公爵家に匿ってもらう方が先だとセレンティアは主張し、ルドルフもそれに賛成した。
 その時のルドルフの様子に、セレンティアは女と母親としての勘で、ララスティに対し息子が特別な感情を持っていると気づいた。

(大人っぽい子ではあるけど、ルドが特別な感情を持つほどなのかしら?)

 確かに個人的に親しくしているアマリアスからも、ララスティを気にかけるように言われているが、それとはまた別だ。
 セレンティアならまだしも、アマリアスがルドルフに同じことを要求しているとは思えない。

(家族の愛情を受けられず、新しい母親と妹からも虐げられる可哀相な公爵令嬢。それでも家族を立てようと努力している健気な公爵令嬢。カイルの婚約者として真面目に授業を受ける公爵令嬢。評価は様々だけれど……)

 セレンティアはそれだけではなく、ララスティの中に隠れているほの暗い部分を見抜く。
 もっとも、現在のララスティの家庭環境で純真に育つわけがないと納得も出来る。
 ハルトという血の繋がらない子供を育てたセレンティアだ。
 子供がどれほど幼少期に愛を与えられることに飢えているかを、体と行動で分からさせられた。
 無意識に甘えても許される絶対的な存在がいるいない。その違いが子供の人格形成において大きく関係してしまう。
 ミリアリスが亡くなる前は必死にミリアリスに愛情を求める子供だった。
 だがミリアリスが亡くなり、社交界が再開して久しぶりに見たララスティは、急に大人っぽさを持つ、どこか感情の読めない子供になっていた。
 それが母親を亡くし、実父にも新しい家族にも虐げられた結果かとも思ったが、これは違う・・・・・と今確信した。

「アマリアス様もララスティ嬢を心配しているわ。それをいくらカイルが婚約者だからって、いきなり王宮に住まわせるのはやりすぎよね」

 くすくす笑うセレンティアは「籠の鳥じゃあるまいし」と言う。

「セレンティア様、お言葉ですがララスティ様はそのような矮小な方ではございません」

 マリーカがムッとしたように言うと、セレンティアは「まったくね」と頷く。
 カイルの婚約者となったことで、家庭環境に恵まれていないララスティはカイルに拠り所を求めると思った。
 だがそうはならず、報告では一定の距離感を保ったいい友人関係・・・・・・らしい。
 グレンジャーは目論見が外れたと機嫌を悪くしたが、セレンティアはアマリアスに個人的に連絡を取り、ララスティに何か変化があったのか確認したが、返答は「ルティの望むようにさせる」というものだった。
 愛情を求める事を諦めたのかとも思ったが、マリーカやシルフォーネとの親しさを考えるとそれも違うように思える。
 なによりも、基本的に女性が苦手なルドルフが興味、いや、好意を抱いている。
 その時点で母親としてララスティの思惑を把握しておきたい。
 もしシングウッド公爵家や国に不利益をもたらすようなことを企んでいるのなら、ルドルフには申し訳ないが手を打つ必要がある。

「でも、ララスティ嬢はこのままランバルト公爵家で暮らし続けるつもりなの? 使用人がいるとはいえ、別邸では一人で暮らしているのでしょう?」
「あ……はい。ですが、あそこはわたくしの家ですもの」

 寂しそうに言うララスティだが、内心では家に居なければ都合が悪いと考えているだけだ。
 そもそも現時点で別邸で実際に過ごす日数は少なく、ほとんどをアインバッハ公爵家ですごしている。
 ルドルフやコールストが今回のことも含め、別邸に誰かが行くときは必ず・・前日までに事前連絡をするようにと念押しした。
 クロエやエミリアが先触れなしに訪問しても、別邸の建物内に入れないよう警備に伝えている。
 中庭には侵入するかもしれないが、用事もないのにうろついていたとなれば、それこそ不審者として攻撃材料になる。

「そうなのね。でもアマリアス様はいつでもララスティ嬢を歓迎しているとおっしゃっていたし、遠慮せずに甘えるといいわ」
「そうですわね。おばあ様やおじい様、伯父様はとてもよくしてくださいますわ」

 微笑むララスティの言葉は本心のようだが、まだどこか遠慮を感じる。

「甘えではありますが、ランバルト公爵家の人より、アインバッハ公爵家の皆さまと一緒に居る方が呼吸が楽になりますの」

 どこか悲し気に言うララスティに、マリーカとシルフォーネは同情の視線を向ける。
 だが、セレンテアは内心でララスティの目的を掴んだ気がした。

(この子は、実の家族に復讐をしようとしているのね)

 愛してくれない家族を捨て、愛してくれる伯父の家に救いを求める子供。
 だが、どこかで本当の家族への希望を捨てきれず、苦しんでいる。
 そんな姿を見せられれば同年代の子女も年上の貴族も、誰もがララスティに同情するだろう。
 元々貴族の中でも家庭環境がよくないと噂のランバルト公爵家だ。
 その同情の目はララスティを見るだけではなく、その家族へも向けられる。
 義憤という名目を得た同情心は、じわじわとランバルト公爵家をしめつけ、時に大きく爆発させる可能性がある。
 そしてもし爆発したとしても、それまで冷遇されていたララスティが巻き込まれる可能性は少ない。
 むしろこれ幸いと救いの手が差し伸べられるかもしれない。

(本当の目的まではわからないけれど、家族に復讐したい気持ちはわからないでもないわ)

 きっかけは父親なのだろうとセレンティアは考える。
 誰もがそう考えて当たり前なのだ。
 だがララスティはあくまでも前回はしかたがない・・・・・・と思いたいだけ。
 真実の愛の前に、ララスティはどうしようもなかったのだと納得できればそれでいいのだ。
 アーノルトたちへの報復は、そのおまけにすぎない。
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